閑話 ハロウィン①
その日、ヤヒコ達は白猫料理店本店で昼食をとっていた。
ヤヒコと鯛子はミートドリア、白銀は日替わりランチのチキンステーキセット、そして福助は秋の新作デザートだというカボチャプリンをそれぞれ食していた。この頃は福助も、デザートスプーンくらいなら器用にも自分で使用することができるようになり、1匹でも色々食べられるようになったので、ヤヒコは自分の分を食べるのと鯛子に食べさせてやるのに集中することができるようになった。
ヤヒコのテーブルの隣には槐の姿もある。海底神殿に引きこもった原因であるところの例の吸血鬼が捕縛されたため、一度《始まりの町》にある元々の工房に戻って来たのだ。ヤヒコ達は彼の荷物整理などを手伝い、その流れで一緒に遅めの昼食をとりに来たのである。
カランカランとドアベルが鳴り、店の扉が開く。入ってきたのは6人。黒地に金の刺繍の入ったローブを纏った灰色の髪の美中年、赤い髪と髭の海賊っぽい衣装の男、フード付きコートを纏いフードを深く被った恐らくメイド服らしき女性と鎧を着た男性3名、という少し怪しげな風体の集団であった。
まだランチタイム内とはいえ、昼のピーク時を過ぎているため、店内はすいている。だというのに、その一団はまっすぐヤヒコ達のテーブルに向かってくる。そしてその一団の先頭に立つ美中年はヤヒコを見てにっこり笑い、こう言った。
「やあ、久しぶりですね、ヤヒコ君」
「…………へ?」
ヤヒコの食事の手が止まる。こんな美中年なんぞに知り合いがいる覚えが全くないためだ。しかし、どこか既視感をぬぐえない。ヤヒコが固まっている間に、その集団はヤヒコ達の隣のテーブルに陣取った。
ヤヒコは集団をまじまじと見る。奇妙な既視感の元は、彼等の服装であった。どこかで見たことあるその服装は、よくよく思い返してみれば本来此処にいるはずのない者達のものであった。
「……そのローブ……まさか、クレインさん……!? でも、まさかそんなわけ――」
「ふふふ、そのまさかです。……びっくりしました?」
フードを被っていた者達はフードをとり、6名は一斉にお揃いの首飾りを外した。すると、そこにいるのはクレイン、バシリオ、サリー、ビリーにピエールにグラウの3人組の、ジェイレット島のメンバーだった。
注文を取ろうと近づいて来ていたサーシャと、偶々店の奥から出てきたエリンが悲鳴を上げた。
「……びっくりしたわ……いらっしゃいませ、ジェイレット島の方々」
エリンはジェイレット島のメンバーのテーブルにお冷を置いていく。相手が相手なのでエリンが直々にもてなすことにしたのだ。
「この前のツアーにいらした御嬢さんですね、お久しぶりです」
クレインはにこにこしている。先程の彼女達の驚き具合が大層お気に召したようだ。
「クレインさん、その首飾りは?」
「これはですね、装備している間、生きていたころの姿に戻ることができるジョークアイテムなんですよ」
ヤヒコが尋ねると、クレイン達は再び首飾りをつける。と、その姿は再び生きた人間の姿になった。
「今日は前回のツアーの結果を踏まえて、次回のツアー計画のための調査に来たんですが……何だかこの町、ゴーストだのコウモリだのカボチャだのの飾り付けがやけに多いですね。特産品か何かですか?」
クレインが不思議そうな顔をする。いつもの骸骨顔とは違って、表情がとても分かりやすいのは新鮮だとヤヒコは思った。
「ああ、それはハロウィンが近いからです」
「はろうぃん、ですか?」
ハロウィン。
日本でも認知度が高い、カボチャとオバケの例のお祭りである。
ここ《始まりの町》でもハロウィンが近づいてきたことからそれにちなんだ催しや飾りつけなどが行われているのだ。
ヤヒコとエリンがハロウィンについて説明すると、クレイン達はにわかに盛り上がった。
「良い時期に来ましたねえ」
「脅かし放題じゃないか?」
「元の姿に戻って混じっても平気そうだな」
わいわい楽しそうである。すでに祭りに参加する気満々のようだ。ヤヒコ達は苦笑するしかなかった。
その時であった。
店の奥から複数の悲鳴が聞こえたのは。
「! 厨房のほうからだわ!」
エリンが言うのと同時に、サーシャが奥から駆け出してきた。
「大変です、ギルマス! カボチャが暴れ出しました!」
「「「「「ええ!?」」」」」
その場にいた全員の声が見事に重なる。
「カボチャが……?? 一体どういうこと!?」
訳が分からない、という顔のエリンが駆け出し、ヤヒコもそれに続く。
厨房の入り口からは緑色の植物の蔓と思われる細長い物体が無数に這い出していた。エリンはどこからか片手剣サイズの包丁を抜き、それを伐りつつ厨房に入っていく。
「!! 皆、大丈夫!?」
エリンに続いてヤヒコが入った厨房の中では、料理人達が蔓に絡め取られたり吊し上げられたりしていた。その蔓の大本は――厨房の片隅に積まれたカボチャであった。
エリンは包丁を振るい、次々に捕らわれた者達を開放していく。ヤヒコもナイフでそれを手伝うが、何とも切りにくい。さすが高レベル料理人、エリンの包丁の切れ味は凄かった。燃やしてしまえば、とも思ったが、店内で火魔術は拙いだろうと思い、やめておいた。
エリンは料理人達を全員救い出すと、カボチャに向かっていく。カボチャ達は伐られた蔓を再び伸ばし、エリンを捕まえようとするが、避けられ、次々に真っ二つにされていく。見事綺麗に二つにされたカボチャ達は、それ以上動くことはなかった。
「……これで全部かしら?」
「「「「「おおーー!」」」」」
エリンが瞬く間に全てのカボチャを切り終えると同時に、パチパチと拍手の音がする。見れば厨房の入り口からクレイン達が顔を覗かせている。見学していたらしい。
「お騒がせしてすみませんでした、お客様方」
一同がテーブルに戻った後、エリンが頭を下げるが、
「いえいえ、いいものが見れました」
「かっこよかったです」
などと、クレイン達は楽しそうな顔をしていた。
そんな中、槐は厳しい顔をして窓の外を見ていた。
「……どうしたんですか?」
ヤヒコもつられて窓の外を見る。
無数のカボチャが行進していた。
器用に自身の蔓を使い、歩いている。
「ちょ えええええええ!?」
思わずヤヒコは声を上げる。
それに追い打ちをかけるように、ドシンドシンという地響きまで聞こえてきた。
ヤヒコは思わず店の外に走り出た。
そこにあったのは、見上げるほどに巨大なカボチャが町の大通りを蹂躙する姿であった。
皆様お久しぶりでございます。
ご心配お掛けして申し訳ありませんでした。




