魔竜との会談③ 3度目の襲撃
魔竜達との交渉はスムーズに進んでいる、らしい。らしいというのは、ヤヒコは直接それに関われる立場にいないからだ。プレイヤー達の噂や時折息抜きに現れるエリン、そして会議の合間にやって来てはトランプ勝負の再戦に挑んでくるランネレースの様子から察するに、特にひどく揉めることもなく交渉は進んでいると思われた。
ヤヒコはその間、鍛冶スキルを上げるために鍛冶場と地竜鉱山とを往復していた。大鯉が食べられなくなったせいで一時は落ち込んでいた地竜の機嫌も今ではすっかり直り、ヤヒコが土産に持ち込む果物を美味そうにぺろりと平らげていた。
ヤヒコが《始まりの町》に魔竜が現れた話をすると、
「あの引きこもり共が自らやって来るとは。珍しいこともあったものだな」
などと感心していた。彼の話によると、魔竜は元々自分達の縄張りから進んで出ようとはせず、また、他人に縄張りに踏み込まれるのを嫌がるため、他の種族との交流もあまりないらしい。今回の交渉も、縄張りに入られないように先手を打ってのことだろう、と言っていた。
ヤヒコが今日も今日とて鍛冶場でハンマーを振るっていると、外の様子が騒がしい。一体どうしたのかと外の様子を覗いてみると、プレイヤー達が血相を変えている。皆武器を持ち、町の西門のほうへ走っていくようだ。
「何だ? またキュイラースさんでも来たのか……?」
目を凝らして西門の方角を見てみるが、巨大な鎧は見えない。
「一体何が起こったのでござるかなあ」
白銀は気になっているようでそわそわしている。ヤヒコも気になるので、とりあえず事情通のエリンに何があったのか問おうとフレンドメッセージを飛ばす。しばらくして戻って来たメッセージには
『吸血鬼が西門を襲撃中』
とだけ書いてあった。対応に忙しく、詳しく書く暇がなかったのであろう。
「まじかよ、何でこんな時にって、こんな時だからか? ……ん?」
ぼやくヤヒコの目の端に、空を飛ぶ何かが見えた。
コウモリだ。
「……こんな真昼間にコウモリ、か」
コウモリはまっすぐ魔竜との会談場所のある方角へ飛んでいく。
「殿、どうするでござるか?」
「あれを追うぞ!」
ヤヒコはコウモリを指さし、駆け出した。
所変わって魔竜との会談場所である、白猫料理店本店の2階、会議室。
何故このタイミングで吸血鬼が攻めてきたかに関しては、恐らくこの会談の邪魔をするためであろう、ということで各方面の認識は一致した。
とにかく魔竜からの使者である2人は守らなくてはならない、ということで、彼等をより安全であろう場所へと非難させようとしていたその時だった。
「御機嫌よう、諸君」
そいつは会議室の空いた窓からひらりと乗り込んできた。
洒落た貴族のような装備の白髪赤眼の青年――吸血鬼ランドルは、その場にいた者達に軽くお辞儀をして見せる。
「吸血鬼……! 一体何をしに来た!」
会談出席者の一人が武器を構えてランドルを睨みつける。
「戦いに来たんだろ? そうだよな!」
魔竜の護衛としてそこにいた黒狼は目をぎらぎらと輝かせて武器を抜く。他の者達もそれに倣い、各々臨戦態勢に入った。
「全く、野蛮な連中だね、僕は少し話をしに来ただけだよ、そこの魔竜とね」
きざったらしい仕草で首をすくめ、ランドルは魔竜を見る。
「我等に一体何の用だ!」
ランネレースがいらいらしたようにランドルに叫ぶ。
「我々吸血鬼と組まずに、人間共と組むなんて正気かと思ってね、ちょっと確認に来たんだよ」
ランドルがそう言うと、ランネレースの兄ドルクレフトが返事をする。
「この前の要件なら断ったはずだろう。大体、貴様等吸血鬼は人間に負けっぱなしと聞く。貴様等の側について何か良いことでもあるのか?」
それを聞いたランドルの顔が恥辱に歪む。彼にとって先回の失敗は屈辱の極みだったのだ。
「……それについてはこの先たっぷりと取り返させてもらうよ。では、僕等との協約はなし、と言うことでいいのかな?」
「我々には双方の争いに加担する気はない」
「そうかい。……残念だね、僕はこれで帰らせてもらおう」
ランドルは身を翻す。と、その姿は一瞬にしてコウモリに変わった。
「あ! 待ちやがれ!」
黒狼が逃がすまいと飛び出すが、コウモリはひらりと窓の外へ飛び出し――横から伸びてきた手に、ひょい、と首根っこを捕まえられた。
「「「「「!?」」」」」
その場の誰もがあっけにとられた。コウモリ、というかランドル自身も何が起こったのかわかっていないようで、しきりとじたばたしている。
「よっこいせっと」
窓から部屋に乗り込んできたのはヤヒコであった。彼は白銀に肩車してもらって、ランドルが飛び出してくるのを今か今かと待ち構えていたのだ。
『なっ、君は! はなしたまえ!』
手の中のランドルは必死に逃れようとじたばたともがく。
「えーっと、捕まえましたけど、こいつどうします?」
ヤヒコが手の内のコウモリをぶらぶらさせると、会談参加者達は揃って顔を見合わせた。こんな事態は想定していなかったのだ。
『はなせ! はなせ! その汚い手で僕に触るなんて千年早いんだよ!』
色々と失礼な事ばかりをわめいているコウモリの腹を、ヤヒコはくすぐる。
『~~~~~~!?』
処遇についてはまだ結論が出ないらしいので、暇に飽かせてヤヒコはコウモリ型ランドルをくすぐった。コウモリの触り方ならもう慣れたものだ。万一のために、噛まれないように注意しながら慎重に全身をくすぐっていく。
後から皆の話を聞くと、その時のヤヒコはとてもとても悪い顔をしていたらしい。
とにもかくにも、くすぐりはランドルがぐったりして抵抗する気力がなくなるまで続けられ、魔族の一頭目である『吸血鬼ランドル伯』はプレイヤーの手によって身柄を確保されたのであった。




