二泊三日、恐怖の島体験ツアー⑤ 1日目夜
ハヤトは本当はこんな不気味な島には来たくなかった。
元々彼は、このゲームでは漁師として色々なフィールドでファンタジー的な生物を釣って楽しむのが好きで『漁協』を立ち上げたのである。新しい獲物と釣り場の話ならともかく、ストーリー攻略の話なんてこれっぽちも興味はなかった。そんなものは攻略組を自任する連中がやればいいのだ。それなのにこんな用事を押し付けられ、彼は不満でいっぱいだった。せめて、この島に良い釣りスポットがあればいいのだが。
領主の館14階にあるその客室に入ってひとりになると、彼は荷物を床に放り出し、溜息をついた。
あてがわれた部屋は広々として、部屋の中にまた部屋がある造りになっているようだ。
ハヤトはドアのひとつを開ける。洗面所のようだ。中にはさらに2つ扉があって、それぞれトイレと浴室だった。どちらも綺麗で広い。何とも使いやすそうな仕様である。
「となると、もう1つの部屋は寝室か?」
そんなことを呟きながら洗面所を出ると、居間のテーブルの上に生首が乗っていた。
エリンは館の14階の客室に案内されていた。まさかいきなり領主の館に招待されるとは思わなかった。しかも、客室はひとり一部屋という高待遇である。部屋の明かりが青白いという点はいただけなかったが、それ以外は何とも素晴らしい歓迎をされているようだった。
「こんな豪華な部屋、リアルじゃ泊まったことないわね……」
荷物を居間に置き部屋を見回す。部屋は一つだけではないらしい。晩餐の予定時刻まではまだ結構な余裕がある。ゆっくりこの宿を堪能し、行きの船で消耗した神経を休めたかった。
その時、どこからか悲鳴が聞こえた。
「え!?」
思わず身構えるエリンの背後で、ゴトッという音がする。振り返ると、奥の部屋の扉がかすかに開いていた。
「……あそこ、空いてたかしら……?」
エリンは不審に思い、その部屋を覗く。寝室のようだ。大きなベッドとサイドボードがある。よく見ると、ベッドの掛布団がめくられておらず、ぽっこりと真ん中が膨らんでいる、。
まるで、中で誰かが丸くなっているかのように。
「だ、誰!? 脅かさないでよね!」
エリンは勇気を振り絞り、声を掛けるが何の返事もない。
背中を嫌な汗が伝う。
思い切ってベッドに近づき、掛布団を勢いよくめくる。何もなかった。
「…………この館のひとの悪戯かしら……?」
気味が悪くなったエリンが寝室から出ると、どこからか水音が聞こえる。もうひとつの扉のほうからだ。
エリンは恐る恐るその扉に近づき、ゆっくりと開く。洗面所のようだ。中にはもう2つ扉があり、片方の磨りガラスの扉からその音はするようだ。
「っ、一体何なのよ!」
半ばやけっぱちになったエリンがその扉を開けると、そこはシャワーと浴槽がある浴室だった。
そして、シャワーからは赤い水が
ツアー客達より少し遅れて館に入ると、この前の滞在中に色々と世話になったメイドのサリーが待っていた。彼女は完全にヤヒコ担当らしい。サリーに再び導かれ、ヤヒコはまた館の15階の同じ部屋に滞在することになった。
他の客室は14階に用意されたという。道理で、階下から階段を通していくつもの悲鳴が響いてくるはずである。この前のヤヒコと同じように、手厚い歓迎を受けているのだろう。ヤヒコは遠い目をした。
部屋の居間に荷物を置くと、一度廊下に出る。バタバタという音が聞こえてくる。音のする方を向くと、階段から黒狼が駆け登ってくるところだった。
「おお! ヤヒコじゃん! ヤヒコも来てたのか!」
彼は満面の笑顔でヤヒコに駆け寄ってくる。
「何やってんだお前……もっと静かに階段上がれよ、他人様の家だろーが」
「あーごめんごめん。いやー、オレの部屋すごくてさ、他にどんな部屋があるか探検しに来たんだ」
「すごいって何が?」
「蛇口からな、赤い水が出るんだよ、すげーじゃん? しかも勝手にシャワーから水でるし! ドアも勝手に開くんだぜ!」
非常に興奮した様子で説明された内容は、どう聞いても館の者が仕掛けたびっくりポイントである。別に他人に自慢するようなことではない。
「すっげーお化け屋敷っぽいんだよ、ヤヒコもちょっと見に来いよ!」
「え、ちょ、おい!」
ヤヒコはそのまま黒狼に引っ張られて14階に降りた。
廊下に座り込んでいる者がいる。ハヤトだ。
「ハヤト、どうしたんだ?」
黒狼が不思議そうに問うと、ハヤトがぎぎぎと音がしそうな感じに首をこちらに向ける。
「……が」
「は?」
「首が……生首が!」
震えながら指差すその先には開け放たれた部屋の扉。恐らく彼の部屋だろう。
「マジで!? 生首どこよ!」
黒狼が目を輝かせて部屋に飛び込んでいくが、しばらくすると憤慨した様子で外に出てきた。
「ないじゃん! 生首どこやったんだよ!」
「そ、そんなわけあるか! 俺はこの目で見たんだぞ!」
ハヤトが慌てた様子で部屋の中に入っていく。
「な、ない! 首が……なくなってる!」
そんな震え声が中から聞こえてきた。
「逃げる首か、おもしれーな!」
黒狼は実に生き生きとしている。
そうしているうちにも次々に悲鳴が聞こえ、部屋から飛び出してくる者が幾人もいた。
「よっしゃ、首探してくる!」
黒狼はそう言って元気よく走り出して行ってしまう。部屋から飛び出して恐慌状態に陥っている者達に、
「首は? 首出たのか!?」
などと聞いて回っているのは、相手にとっては相当な追い打ちではないだろうか。
ヤヒコは溜息をついて15階の部屋に戻る。そして、丁度自分の首を設置しようとしていたピエールと鉢合わせて大変気まずい思いをした。
結局、ツアー客達のほとんどは、晩餐の時には本当にぐったりした様子であった。晩餐中も何か起きないか常に身構えている様子で、その様子を笑いをこらえて見ているこの館の連中は、本当にドSなんだな、とヤヒコは確信した。




