閑話 その頃の他の人々
どおおおん、と響き渡る音と衝撃。
もうもうと立ち上がる煙と火の粉の中に、それはいた。
「……今のところ動きはなし、か」
望遠鏡で『それ』を観察しつつ、やじろべえは呟いた。
城塞都市サイリュートから北に1日歩いた距離にあるこの地には、多くの火山が横たわっていた。その中でもひときわ大きな火山であるその山は今、小さな噴火を起こしていた。小さいとは言っても溶岩は流れるし、灰も降る。ただ、風向きなどの影響もあって、今回のはサイリュートの町まで届かないだろう。
カリンが2人分の飲み物を持ってやじろべえの傍に立ち、1つを彼に手渡した。
「どうですか、やじろべえさん。あれの動きは」
「まだないな。きっとご機嫌宜しく溶岩風呂にでも浸かってるんだぜ」
そこには2人の他にも人間がいて、彼等は全員『極星騎士団』に属するプレイヤーであった。
彼等が現在監視しているのは、火山の噴火ではなく、その噴火口の中に住まう者であった。
溶岩竜。
数種類確認されている炎竜の中でも、溶岩の中に住まう類の竜だ。
溶岩竜は普段は活火山の噴火口や溶岩の中を好み、その周辺に住んでいるが、時折溶岩の流れに伴って人里に下りてきてしまうことがあった。その燃えるマグマの様な外殻を有する体は存在するだけで周囲を焼き、移動した跡は焦土と化してしまう、とても危険な竜である。そのため、火山の噴火の際には噴火が収まるまで、溶岩竜が人里に下りてくるかどうかを監視し、下りてきてしまった場合は迎撃するか避難するかを決めなくてはならなかった。
「行きたかったなあ、お化け屋敷……」
しぱしぱする目を擦りながら、やじろべえはぼやいた。
「『極星騎士団』は炎竜の監視のために今回の調査隊には参加不可能だそうです」
「そうかい、あっちもか……」
エルフィンからの報告を受けつつ、カガセはリンデンロウにある『明けの明星』本拠地の自室で書類の山と取っ組み合っていた。
「全く、何でこんな時に嫌なことが重なるんだろうね……」
書類はいずれもリンデンロウの近くにあるダンジョン数個からダンジョン内のモンスターが溢れだしてきた、と言う報告と、その被害状況である。
「仕方ないですよ。NPCの町に拠点を構える条件が『その町への高い貢献度』なんですから」
そう、プレイヤーが自分の拠点を持とうとする時、《始まりの町》以外の町では、その町の住民NPCとどれだけ親密か、その町に関するクエストをどれだけこなし、町の活性化に貢献しているかなどが考慮され、その可否が決まるのであった。
ちなみに、『極星騎士団』の溶岩竜監視もサイリュートへの貢献として課されるクエストの一環である。
「だからって、何もうちにばかりモンスター退治を押し付けてこなくてもね……」
全くやる気の感じられない態度で、カガセは書類に目を通す。
このリンデンロウを牛耳る魔術学院からは学院の生徒十数人に安全にモンスターとの戦闘経験を積ませてくれと依頼が来ているし、町の議会からはダンジョンのモンスター討伐とある程度の階層までの制圧が依頼されていた。大人数で大規模な拠点を経営している弊害だ。依頼の規模が相応に大きくなっている。
「これじゃ、一人も調査隊に参加させてる余裕がないじゃないか」
「でも、『黒狼旅団』の他にも『漁協』と『白猫料理店』が調査に入るって言ってますし」
「ギルドマスターが賢い『白猫料理店』ならともかく、後の2ギルドに学術都市の調査なんてできるわけないでしょ。やっぱりうちからも人員をだしたかったなあ……。これじゃあいつまでたってもアンデッドへの対処の目途がつかないよ」
カガセはがしがしと頭をかいた。相当イライラしている様子だ。
「……お茶でも入れますか?」
「……そうしてほしいな」
「ミカちゃん、どうしよう! 囲まれちゃったよ!」
「落ち着いて、アカネちゃん。相手はまだ攻撃してきてないよ」
『月夜の森』は、リアルで学友である数人の少女たちが立ち上げた、生産系のギルドであった。彼女らは今、とある岩場で巨人と呼ばれる、文字通り平均身長3メートル以上の巨躯と全身を覆う強力な筋肉を誇る巨人種族に取り囲まれていた。
『~~~~~~~~! ~~~!?』
『~~~~! ~~~~~~!』
青い肌の巨人達は彼ら独自の言語で持って話し合い、『月夜の森』の面々を包囲している。
「あの、私達はあなた達と戦いに来たんじゃないの、これが欲しいだけなの!」
ミカはどうにか意思疎通をしようと、腰に差した武器を指してから腕でバツ印をつくってみたり、その手に持った草と自分を順に指差してみたり、ボディランゲージを試みた。
彼女たちはこの岩場で採れる染料となる草を採取している途中に巨人と接触してしまったのである。
彼女らが武器に手をつけず、どうにかして会話しようと試み、それを巨人達が取り囲んでやいのやいのと騒いでいるうちに、巨人達の作る壁が割れ、一際背の高い巨人が現れた。そいつは他の巨人よりも身に着けている飾りが豪華で、一目で特別な立場にいるであろうということが容易に知れた。
「ニンゲン! ナゼ、ココキタ!」
彼――恐らく男だろう――は片言ではあるが、プレイヤーにも通じる言葉が喋れるようだった。
「私達は、この草を取りに来ただけなの! あなた達と戦いたいわけじゃないわ!」
ギルドマスターであるミカは大声で、できるだけわかりやすい発音で答えた。
「ココ、ゼンブ、ワレラノ、モノ! ニンゲン、ココクルナ!」
結局彼女達は染料の草を全部置いていくことで、やっと解放された。
「うう~、せっかく新しい染料を見つけたと思ったのに……」
『月夜の森』は服飾系の生産ギルドであった。そんな彼女達にとって、染料と布材はその活動の動力とも言える。
「何とか意志疎通の方法が見つかれば……」
その日の苦労が丸々無駄になってしまった彼女達は、ぐったりして拠点に戻るしかなかった。
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そのせいでツアーに参加できない人もちらほら。




