表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/94

騒動のあと

 イリーンベルグでの騒動の後。

 ヤヒコは鯛子の背に揺られていた。

 あのあと、女神や女神の加護や人魚姫や人魚姫や人魚姫のスリーサイズについて、目を血走らせた数多のプレイヤーに問い詰められたため、鯛子の背に乗せてもらって町を脱出したのである。手紙の返事は本人が来ているのだから問題ないだろう。結局新しい服を買うどころか風呂にも入れなかったのがつらい。

「あのド変態どもめ……」

 ぐったりした彼はぼやく。本当に酷い目にあったものだ。

 結局彼らからの謝罪などは人魚の登場で有耶無耶になってしまている。今度会ったら謝らせなければ。あんなに目立つことをされては根も葉もない悪評が立ちかねない。すでに手遅れかもしれないが、その場合はきっちり訂正させる必要がある。

「ちょっと鯛子さん、俺とっても疲れたんだけど、どこか静かに休めそうな陸地とかない?」

 鯛子の泳ぎが止まる。

「イリーンベルグの近くなら、確か小っちゃい島がいくつかあったはずだからさ……人がいないところで休みたいんだけど、ダメか?」

 しばしの沈黙の後、わずかに方向転換して再び泳ぎだす鯛子。しばらくするとそこそこ大きな島影が見えてきた。






 その島は、ほとんどが森で覆われているようだった。鯛子に島の周りをひと巡りしてもらったが、思ったよりも大きい。切り立った崖などはなく、海に面しているところはどこも緩やかな浜辺になっている。外から見える範囲に人家の類はないようだ。

 ヤヒコは浅瀬で鯛子から降り、浜に上がる。これだけ木があるのだから火でも焚いて温まりたい。それに腹が減ってしょうがない。いくつかのゲームにあるように、このゲームにも空腹ゲージというのがあって、それが0になると餓死するらしい。ゲームの世界だというのに恐ろしいことだ。ヤヒコのゲージは残り2割を切っていたが、幸い食べ物と水――といっても乾パンと水の入った小さな皮袋だけだが――が初期配布にあるのでそれを食べることに、残念ながらならなかった。

「ナニコレ……全部ふやけてるんですけどっていうか、荷物水浸し……アイテムボックス浸水するのかよ……」

 初期装備のアイテムボックスは小さな背負い袋で、アイテムが20まで入れられるようになっている。それ以上アイテムを持ちたい場合は、生産職に製作を依頼しなければならない。性能の低いものならNPC店舗で購入することもできるが、高性能なものはどうしてもPCメイドとなる。

 今、ヤヒコの背負い袋は海水が中まで染み渡り、なけなしの中身はぐっしょり濡れていた。乾パンなどはとろけて原型を留めていない。それが袋の中の諸々に張り付いて、酷い有様だった。運営の望んでいるリアルというものがいまいち理解できない。ただ、水龍の長に押し付けられた龍語学習セット一式だけは濡れも汚れもせず、ぴかぴかの新品状態だった。不条理だ。

 まあ、運営も初日から海の底に行くプレイヤーがいることを想定していなかったのかもしれないが。

「なんで遊ぼうと思って始めたゲームでこんなにつらい目に……」

 ヤヒコは泣きそうになりながら、海で荷物を洗う。とろけた乾パンは鯛子が来て全部食べていった。

 日干しにするため、荷物を浜辺の波のかからない位置に並べる。


 乾パン、ロスト。

 皮の水袋、味見したが中身は無事。

 小さなナイフ、これで戦闘は無理そうだが解体とかの雑務に使えというのだろう、一応錆びてない。

 初級魔術書【火】、濡れて字がところどころ滲んでいるが読めないほどではない。

 龍語学習セット一式、ぴかぴか。


「マッチとかないか……でもあっても使えなかったかもな。初期配布が火の魔術書って、まさかマッチ替りにしろってことか?」

 どうしようもないので森の浅いところで火がつけられそうなものを探す。ついでに何か食べられるものも探したいところだ。

「そういえばまだスキルポイント振ってなかったな。なんか使えそうなスキルは……」


 このゲームでは取得したいスキルに応じた行動をしたり、適したステータスに成長することに加え、レベルアップなどの様々な行動により取得できるスキルポイントを消費することで、様々なスキルを取得することができる。

 基本的な《召喚魔法》や初期配布の初級魔術書【火】を覚えるのに必要な《火魔法》はすでに自動で取得されているが、まだ余ったポイントがいくつかある。


「《鑑定》とか良さそうじゃね? 食えるか食えないかわかるかも」

 ちょっとお高めのポイントを消費し、取得するが、

「あかん……レベルが足りない……」

 ここの動植物を鑑定するためにはスキルレベルが足りなかったようだ。


 鑑定できないうえに食べられそうなものが見当たらなかったため、焚火に必要なものを探すだけにした。わけのわからない野草とか食べて食中りとかしたくない。浜辺にあまり湿気てなさそうな枝などを山にし、木の葉や枯れた下草に火をつけようと魔術書を開く。基礎的な魔術言語に使用される文字表と、一番最初の《火魔法》である《イグニッション》すなわち点火魔法が書かれているらしい。本当に基礎の基礎である。魔術言語と日本語に自動翻訳されるこのゲーム世界の一般文字とが併記されている。ヤヒコは買ったままほったらかしにしてある某公共放送の言語講座のテキストを思い出した。

「? どうやって使うんだ? まさかこれも一から覚えろってことか!?」

 Wikiには魔法は体で覚えるなんて書いてなかった。魔術書を使用する、としか書かれていなかったが、龍語のこともあるし、さもありなん、魔法職のみんなすげーな、と思ったヤヒコは頑張った。龍語練習帳も後ろの方から使えばバレないだろう、鉛筆ももらっといて良かった。

 結局彼がその薄っぺらい初級魔術書【火】をマスターし、薪に着火するころには日が暮れかけていた。

「ゲームの中まで勉強する羽目になるとは思わなかったぜ」

 頑張ったはいいものの、初期配布とはいえ、この魔法で戦闘は難しそうだ。最初は自分で獲物を叩いて、お金を稼いでから戦闘に堪える魔術書を買わないといけないとは聞いていたが、魔法職を続けている人は毎魔法こんな努力をしていることに驚きであった。


 それまで自由気ままに泳いでいた鯛子が近づいてきた。何か咥えている。種類は分からないが魚だ。

「鯛子さん、それくれんの? ……大丈夫なの? 俺食べて大丈夫なの? 仲間とかじゃないの?」

 無言のまま差し出してくるのでありがたくいただいた。そういえば鯛って肉食だった。






 実は魔術書の魔法は、アイテムボックスを開いた時に出てくる画面から「使用する」コマンドを選べばそのまま覚えられるのだが、そのことをヤヒコが知るのはずいぶん後になってからであった。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ