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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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攻略準備とボス攻略

 一夜明けたリューモーンの滝。

 ヤヒコや記者のネムを含めた『黒狼旅団』と『漁協』の合同集団は滝壺周辺の窪地から少し離れたところで野営し、朝起きると早速支度を始める。幸い、朝食は『漁協』の料理スキル持ちとアルトが人数分作ってくれたので、ヤヒコ達もそれを分けてもらった。ちなみに黒狼はいつまでたっても起きてこなかったため、アルトが強制的に寝袋を引っぺがして川に叩き込んだ。

 やっと目を覚まして川から這い上がってくる黒狼。これでトップギルドのひとつのギルドマスターやっているというのがヤヒコには信じられない。『漁協』の面々やネムは唖然としていたが、『黒狼旅団』の他の団員は平気な顔をしておはようございますギルマス、などと挨拶していたので、これが彼らの日常なのだろう。

「ふわあ……おはようヤヒコ……乾かしてくれー……」

「……仕方ねーな……しっかりしろよな」

 あくびをしながらふらふら近寄ってくるびしょ濡れの黒狼に、ヤヒコは渋々乾燥魔術をかけてやった。






 朝の支度を済ませると、彼等はすぐにボス戦の準備に入った。と言っても、ヤヒコは戦闘に参加するわけではないのですることもなく、後方でぶらぶらしているくらいしかなかった。対して戦闘に参加する白銀は、戦闘配置だの水没時の対応だのを教えられているようだ。そして福助はポケットの中でのんびりしていた。戦闘に参加するつもりは無いらしい。やはり明るいところは苦手なのだろう。

 『漁協』の面々のアイテムボックスから小舟が飛び出してくるのは地味に面白かった。どう見てもサイズが違うのに、どうやって詰め込んでいたのだろう。まあ、そこはゲームだから、ということなのだろうか。船は戦闘前半は後方の河で待機、後半の敵の水没技から戦闘域に入るらしい。ヤヒコは操船練習の邪魔にならないように、少し離れたところで鯛子を泳がせておいた。

「ヤヒコさんはどちらのギルドの方なんですか?」

 戦闘準備を邪魔にならない程度に観察して回っていたネムが、はじっこでのんびりしているヤヒコに気づいて話しかけてくる。

「ん? 俺はどっちでもねーよ。ヘルプで呼ばれただけのソロだ」

「へえ、ソロなのに呼ばれるなんてすごいんですね」

 ネムの興味はすぐそれたらしく、そのまま他の準備の方を見に行ってしまう。ヤヒコは安堵のため息をついた。

「……鯛子に気づかなくて良かったぜ」

 気づいたら恐らく、質問攻めになっていただろう。


 そうしているうちに昼になり、皆は昼食をとると、いよいよ詰めの調整に入った。もうすぐ戦闘開始時刻、という所でアルトがヤヒコに声を掛けてくる。

「ヤヒコさん、調子はどうですか?」

「うーん……普通、かな? いまいちボス戦って感じがしない」

「ヤヒコさんは水没してからが勝負のお仕事ですので。とにかく溺れちゃってる連中を船にぶつからないように岸に連れてきてしまってください。あとは適宜自力で船や岸まで行けなそうな人員の救助をお願いしていきますので」

「わかった。何とか頑張ってみる」

「お願いします」

 アルトも忙しいのだろう、それだけ言うと他所の準備を見に行ってしまった。

「ボス戦か……普通に終わればいいんだけどな」

 そう自分で口にして、あ、ものすごくフラグっぽい、とヤヒコは思った。






 14時。ついにボス攻略の始まりである。

 全員が配置についたことが確認された後、『漁協』のギルドマスターであるハヤトが釣竿を振るい、滝壺のど真ん中にキャストする。途端に釣竿がしなる。ハヤトが力一杯竿を引くと、ごおっ、ととんでもなく大きな鯉が飛び出してきた。

 体長は7、8メートルはあり、体色は黒。丸い目の周りには、まるで派手なこいのぼりのような赤や金の隈があった。

 ボスの出現を確認すると、ハヤトは素早く釣り糸を切り、走って後方に下がる。それを追うように撒き散らされる大粒の水弾。これが出現直後の全体攻撃と言うやつだろうか。予め最初の配置はそれの届かない位置にされていたこともあり、水弾は誰にも当たらず地面を抉るのみであった。

「「「「「《プロテクト・ウォーター》!」」」」」

 水属性に対する抵抗をもたらす魔術を、魔術の使える者達が一斉に詠唱、全員にかける。戦闘開始ぎりぎりにかけたのは、効果時間の無駄を省くためであろう。

「よっしゃ、攻撃開始!」

 黒狼が待ってましたとばかりに号令をかけ、戦闘員たちは一斉に弓や魔術で大鯉を攻撃しはじめた。さすがは戦闘ギルド、と言ったところだろうか、滝壺の中を逃げ回る大鯉にも、ほとんど攻撃を外していない。

 次々に命中する攻撃にいらだったかのように、大鯉も反撃をしてくる。大鯉からの攻撃は、先程のような水弾を飛ばしてくるのと、尾によって跳ね飛ばしてくる水飛沫が刃のようになって襲い掛かってくるものだった。皆で声を掛けあい、盾で防御するなり回避するなりしてはいるが、ひとつひとつの攻撃の効果範囲が大きく、避けきるのには労力を要するようだ。現に、避けきれずにダメージを喰らった者も出始めている。そういう者には後方に控えた回復役がすぐに回復魔術を飛ばしている。

 戦闘員たちの集中砲火により、大鯉のHPは段々と削れて、6割まで減ってきている。敵の第二段階も近い。


「やべえ、なんか緊張してきた……」

 大鯉のHPが6割を切ったところで、後方にて待機しているヤヒコはぽつりと呟いた。

 もうすぐ敵が窪地を水没させ、さらに動きが活発になる第二段階になるはずだ。そうなったら自分の出番である。

「ヤヒコ、お前もそろそろ鯛に乗っておけ」

 小舟で後方待機していたハヤトがヤヒコに声を掛ける。彼も小舟を操り人員輸送に参加するのだ。

 仕方ないので鯛子に乗るヤヒコ。ふと視線を感じてそちらを見やると、後方から前線を観察したりメモを取ったりSSを撮ったりと忙しくしていたネムがこちらをガン見していた。

「「…………」」

 しばし見つめ合う二人。やがて、ネムが強い決意を秘めた表情で口を開く。

「ヤヒコさん……後で取材……」

「ボスが潜航したぞー!」

 ナイスなタイミングで前線から声がかかる。これ幸いとヤヒコはいくつもの小舟と一緒に移動を開始する。

「ヤヒコさあああん!」

 窪地が水没し、戦闘員十数人が逃げ遅れたようだ。ネムの叫びをBGMに、ヤヒコは出撃した。


 滝壺では大鯉が要救助者に攻撃をしかけないよう、小舟に分乗した戦闘員たちが適宜攻撃を仕掛けて大鯉の気を引いていた。

 鯛子の胴にあらかじめ括り付けてある綱に数人づつ掴まらせ、次々に岸に運んでいくヤヒコ。鯛子は小回りが利くため、小舟にぶつかることもない。岸まで連れて行かれた戦闘員は小舟に乗り換え大鯉への攻撃に回っていく。そうして取り残された最後の一人を回収しに向かう途中、恐れていたことが起きた。

「ヤヒコさん! 大鯉がそっちに向かってます!」

 小舟のひとつからアルトの声がする。周りを見回すと、果たして、8時の方向から大鯉が迫ってきている。

「くそっ……鯉がこっちに来てる間に、そっちの救助を頼む!」

「了解しました!」

 鯛子はスピードを上げ、進路上に小舟のないところを泳ぐ。それを追う大鯉もぐんぐん早くなっているような気がする。鯛子が池のふちあたりでぐいっと方向転換し、更に高速急カーブで大鯉を大きく引き離す。が、大鯉は負けじとそれを追ってくる。

 その間に救助は済み、全員が攻撃に取り掛かれるようになったはいいものの、ひとつ大きな問題が生じていた。

 いくら攻撃しても、大鯉のターゲットが鯛子とヤヒコから外れないのである。

「ヤヒコさん! しかたないので、限界まで鯉をひきつけておいてください! 頑張って攻撃しますので!」

「えええええ!?」

 つまりはお前が囮役になれ、ということである。ヤヒコは悲鳴を上げた。

「こんなの聞いてねええええ!」

 鯛子と大鯉では鯛子の方が早い。が、それにも限界があるだろう。現に、鯛子が口をぱくぱくさせ始めている。息切れが近いのではないのだろうか。

 鯛子は池の外周を大きく回る。大鯉もそれを追う。戦闘員たちが攻撃に攻撃を重ねて現在大鯉のHPは残り3割。

 鯛子があっぷあっぷしている、ような気がする。もう限界だ。

「限界だ! 一回岸に上がるぞ!」

「わかりました!」

 ヤヒコは声を掛け、返事が返ってきたのを確認すると、鯛子を岸につけ背から降りる。それと同時に鯛子を壺に回収し、急いで岸から離れた。大鯉は岸辺ぎりぎりまで追ってきたが、ヤヒコが岸から離れると、諦めて方向転換していった。

「な、何だったんだ……!?」

 ヤヒコは岸から少し離れたところでへたり込んでしまう。と、それに気づいた。

「……ん? 壺が……?」

 抱え込んでいる鯛子入りの壺が小刻みに震えている。そして、次の瞬間、紅い光が壺の口から溢れだした。

「!? まさか!」

 ヤヒコの脳裏にあの悪夢の様な大津波が浮かぶ。ヤヒコは立ち上がり、叫んだ。

「全員、退避しろ! 池から離れろー!」

 皆がヤヒコを見、ヤヒコの抱えている壺が紅く光っているのを見て、『漁協』の面々は顔を青くして小舟を素早く操り河に逃げ込み、岸にいたものは更に水際から離れ、『黒狼旅団』の面々はその様子に訝しみながらも池から距離を取る。

 全員が何とか池から逃げ出したその次の瞬間、池の水が渦を巻きはじめた。

「何だ、今度は一体何をしやがったああああ!」

 岸に上がってきたハヤトがヤヒコの肩を強く揺さぶる。

「そ、そんな、俺がやってるわけじゃないしわかんねーよ!」

 そんなことをしていると、池の水が竜巻にでも巻き上げられたかのようにうねり、空へと登る。

 窪地は池から元の窪地に戻り、滝壺は元の水量に戻っている。が、大鯉がいない。

「あ、鯉が!」

 誰かの叫び声とともに上空を見ると、荒れ狂う水流の中で大鯉がぐるぐるまわっていた。まるで洗濯機である。

 空へと登った水竜巻は、滝の上くらいまで登り――弾けた。大量の水が大雨のように下にいた者達に降り注ぐ。

 ドッ、という大きな音に皆が視線を向けると、大鯉が泥濘となった窪地のど真ん中に頭から真っ直ぐ突き刺さっていた。体を捩り、びちびちと尾を振って何とか脱出しようともがいているようだが、体の半分が地面にめり込んでいるこの状態では叶わないようだった。

 皆が呆然とそれを眺める中、一番初めに動いたのは黒狼だった。

「チャンスだ! 全員突撃ー!」

 その声に、正気に返った戦闘員達は大鯉に突撃していく。足場はぬかるんで最悪だったが、近接攻撃も可能となり、大鯉は程なく撃破されたのだった。






「ボス初撃破、おめでとう! かんぱーい!」

 黒狼の乾杯の音頭で打ち上げが始まった。場所は白猫料理店本店で、本日は貸し切りである。

 相手が魚のボスだったということで、魚介系の料理が多く並んでいる。

 ちなみに、撃破した大鯉は皆で囲んで袋叩きにしたり、その前にも矢衾魔術衾にされていたため、身がボロボロでとても食べるとかそういう次元の状態ではなかったため、誰も味見しようとは言いださなかった。

 打ち上げ会場はこれまたアルトが前もって予約しておいたとのことで、もしボスを撃破できなかった時には反省会になっていたとのことである。

 そんな始まったばかりの打ち上げ会の片隅で、ヤヒコは独り黄昏ていた。正直言うと、もう帰りたい気分だった。

 初めてのボス戦参加、しかも後方支援での参加だったというのに、またもやおかしな方向で目立ってしまった。ヤヒコはもう泣きたかった。

「ヤヒコ君、大活躍だったんですって? すごいじゃない!」

「エリンさん……」

 いつの間にか隣にエリンがいた。

「鯛子ちゃんがまた光ったって聞いたわよ!」

「うぐっ」

「ボスが空高くまで飛んでっちゃったんですってねー」

「…………俺がやったんじゃなくて、全部鯛子がやったんですよ……」

 ヤヒコはちびちびとウーロン茶を飲む。

 鯛子はボスに追いかけまわされてカンカンになったらしく、未だに怒り冷めやらず壺の中でばしゃばしゃと暴れていた。壺の中にエビフライを突っ込んでやると、少し大人しくなった。おなかも空いていたようだ。

「まあまあ、初めてのボス戦参加にしては活躍してたと思いますよ? 初めてだと何もできなかったりする方が多いですし」

 アルトが飲み物と食べ物を持って近づいてくる。

「そうは言っても……遭難者助けてその後鯉に追いかけられただけじゃねーか」

「いやいや、敵のタゲ取りも重要な仕事ですって。ヤヒコさんが追いかけられてくれたおかげで、舟に攻撃が来ませんでしたしね。どの舟も壊れなかったって『漁協』さんも喜んでましたよ」

「そ、そうなのか……?」

 周りを見ると、どのひとも楽しく飲み食い騒いでいるようだった。福助は戦闘に参加しなかったくせに、皿に盛られたフルーツを食べまくっているし、白銀はバイザーから入れた食べ物が胴の中で消えるのを実演して見せているようだ。

「ヤーヒコー! 食ってるかー?」

 黒狼までこちらに寄ってきた。手にした皿には食べ物が山と積まれている。

「うわっ、お前それ盛りすぎじゃね……?」

「いーのいーの、全部食うから!」

「そういう問題じゃねーから!」

「あっ、ヤヒコさん、あの時の鯛について取材お願いします!」

 ネムにまで見つかったようだ。

「取材なんて受けねー! ここに二人もギルドマスターがいるだろ、そっちにしろよ!」

「そちらも後で色々お伺いしますが、今はヤヒコさんですよ! 何なんですかあの鯛は!?」

「駄目だぞ、これからヤヒコは俺と一緒に飯食うんだから!」

「何でお前が勝手に俺の予定を決めてるんだよ……」

 黒狼だのネムだのと騒がしい者達に囲まれるヤヒコ。

 でも、たまにはこんな騒がしい時間もいいかも、などと思うヤヒコであった。

結論:鯛子さんは怒ると怖い。

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