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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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土産話と攻略計画

会話&説明回

 三つ巴の騒ぎはいつまでも続いたので、埒が明かないと見たエリンが割って入り、まずはフィールドボス攻略に向けた話し合いをする方向で収まった。約一名、「大型ゴースト狩りうらやましい、オレもやりたい!」と騒ぐ者もいたが、それは黙殺された。

 エリンの店が各ギルド間の話し合いの場として借りられるのは、このような彼女の話題の整理整頓と第三者的仲裁が高い評価を得ているからである。エリンとしては白猫料理店は食事の店なのだからそっちで評価してもらった方がうれしかったのだが。


「今回のフィールドボスは大型の鯉です。体長は7、8メートル。快晴の日の午後に滝壺に釣竿をキャストするとポップします」

 アルトがホワイトボードに今回の標的の要点をまとめて書きだしていく。それを聞く者達の手には作戦について現時点での案がまとめられたレジュメが配られている。『黒狼旅団』では何か作戦を計画するたびにアルトが作戦のしおりを作成しているらしい。まめな男である。

「魚らしく水属性で、ポップした途端に周囲に大量の水を撒き散らす範囲攻撃を行ってきます。これは滝壺から25メートル、つまり岸から5メートルほど離れれば当たりませんので、皆さん頑張って回避してください。その後は滝壺を泳ぎ回るボスを各自遠隔攻撃で攻撃していきます。それから、HPが半分になると深く潜水してから水を滝壺から溢れさせ、周囲を水没させる技を使ってきますので、皆さん敵のHPと潜水には気をつけて、潜ったと思ったらすぐ窪地の外まで走ってください」

「はーい、質問」

 ヤヒコが手を上げる。

「何でしょう、ヤヒコさん」

「敵について色々わかってるみたいだけど、このボスはもう討伐されたことあるのか?」

「討伐された記録はまだありません。ただ、以前に何度か討伐に挑戦した者がいるのと、うちでも事前調査で何回か出現させてみてますのである程度の情報は取れてます。ボスは水没させてくるまでは滝壺から半径15メートルの範囲を離れようとしません。水没後は湖を縦横無尽に泳ぎ回り攻撃してきますが、プレイヤー全員が攻撃せずに10分以上水際から5メートル以上離れていればいなくなることが確認済みですので、万一全滅の危険がある場合は撤退も可能です」

「周囲を水没させるって、その間はどうするんだ? どれくらい水が出るんだ?」

「ヤヒコさんの出番はズバリそこです。滝壺の周囲30メートルほどが窪地になっていまして、そこが全部沈む形になります。滝壺を中心にした半径50メートルの半円の池になってしまうとお考えください。かなり深くなるため、立っているのは困難ですから窪地の外に逃げるしかないのですが、水没するスピードがかなり速く、逃げ遅れるものが多いと思います。そこで、あらかじめ小舟をいくつか用意しておいて、人員を回収したり、ボスにある程度近づいて攻撃しようという話になっています。ヤヒコさんには主に舟に乗るのに間に合わなかったり、舟から落ちたり、舟を引っくり返されたりして溺れかけた人員の救助をしていただこうと思ってます」

「救助が俺の仕事って……それは別に俺じゃなくてもいいんじゃ……」

 普通に別の小舟で回収に回ればいいのではないか。そんなヤヒコに対し、とてもいい笑顔を向けるアルト。

「ヤヒコさんは有名なんですよ、海難救助の方面で」

「えっ」

「海竜に襲われた船のところに鯛に乗った男が颯爽と現れて、素早く確実に陸まで連れて行ってくれるって」

「ええっ」

 移動の途中で見かけたら助ける程度のことしかしていないはずなのに、変に有名になっていたらしい。何やらどこかで話が大きくなっている気がするヤヒコであったので、知らぬふりを試みる。

「そ、それ、俺じゃない別の誰かかもしれないじゃん……?」

「証拠のSSもいっぱい撮られてるわよ。それに、鯛に乗ってるのなんてヤヒコ君くらいなものよ」

「…………」

 完全に特定されていた。エリンにまで知られていたらしい、恥ずかしい。

「え、えーと、それじゃ、俺が戦闘に関わるようなことはないと思っていいんだな?」

「そこはちょっと本番になって見ないと判らないかな、と。救助中にボスの標的になることも考えられますし」

「えー・・・・・」

 真正面に立って戦え、という依頼ではなかったので安心したが、なんとも面倒くさい手順のいるボス戦だった。それに、既にヤヒコが参加すること前提で行動表が組まれているのが気に食わない。店の前でのエリンと黒狼の様子からすると恐らく、本来なら何日も前からヤヒコに連絡が入っているはずだったのだろう。黒狼がすっぽかしたせいで土壇場の話になっているだけで。

「で、どうするの? ヤヒコ君はこれに参加するの? 黒狼君が全然連絡してないからまだ了解取れてないんでしょう?」

 エリンがヤヒコに問う。ヤヒコはしばらく考えて、そして黒狼達の熱い視線に耐えきれず、

「…………やります」

 結局断りきれなかったのであった。






「それでは、ボス戦は三日後の14時からです。各員、現地に12時までに集合してください。作戦のしおりの最終版は明日配布します」

 アルトの締めで作戦会議は終了した。ここからは各自でボス戦の用意をすることになる。

「つっても、何用意すればいいかわかんねーな……」

 ぼやくヤヒコに、

「最低限の持ち物についてはしおりに書いておきますので、それを参考にしてください。あとはご自分の必要なものを用意してくださればいいですよ」

 と、アルトが言う。手際の良さは、さすが有名戦闘ギルドのトップツー。『黒狼旅団』の実質的な運営をしているのは彼なのではないだろうか。 

「じゃーな、ヤヒコ! ボス戦頑張ろーな!」

 アルトの後ろで黒狼が能天気に手を振っている。その手にはゴースト除けランプと蝋燭。余程気に入ったらしい。

「はいはい……」

 ヤヒコが仕方なく手を振りかえしてやると黒狼は大層ご機嫌に去って行った。

 ハヤト達『漁協』の面々は既にさっさと帰っていた。戦闘時に使用する小舟の準備と補強で忙しいのだという。

「ヤヒコ君、急な話でごめんね? 本当に大丈夫だった?」

 エリンはとても心配そうだ。それもそうだろう。周りは皆高レベルであるのに対し、ヤヒコひとりのみが低レベルであるのだから。

「えーまあ、頑張ってみます。救助だけなら何とかなるんじゃないかな……」

「後方支援なんだから、無理はしないようにね」

 エリンも店の仕事があると言って去って行った。

 ひとり残されたヤヒコは考える。

「……こりゃいっぺん、現場を見に行った方が良いかな」


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