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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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お誘いと土産話

「……は?」

「だーかーらー、ボス戦しにいこうぜって!」

「何でいきなりそんな話になるんだよ!?」

 ジェイレット島から帰ってきたその足でエリンに挨拶に来たヤヒコは、店の前でとんでもない話に捕まっていた。


「ごめんねヤヒコ君。私からもちゃんと連絡しておけばよかったわ」

 頭が痛そうな顔をするエリン。

「あのね、『黒狼旅団』と『イリーンベルグ漁業協同組合』の2ギルドが合同でフィールドボスに挑むことになったの。そのボスって言うのが水属性で、周囲を水没させる技を使ってくるのね。それで、水に強い助っ人を募集中ってわけなのよ」

「……何で俺なんですか??」

「あなたには女神の加護があるから水中戦ができるでしょう? だからよ。うちは戦闘に使う食料アイテムの納入を頼まれたのと、会議の場所を貸してるだけなんだけどね……」

「えー……」

 確かにヤヒコは加護と鯛子のおかげで水中でも自在に動けるだろう。しかし、レベルは未だ33である。とても戦闘系ギルドが標的にするフィールドボスに相対できるとは思えなかった。

「大丈夫だって!誰でも最初は初めてなんだから、ヤヒコがこれが初めてでも問題ねーだろ? 要は勝っちまえばいーんだからさ!」

 対する黒狼は何を根拠にかヤヒコにボス戦参加を勧めてくる。そして知らない男は未だにがっくり崩れ落ちたままだった。

「で、このひとは一体誰なんだよ」

「こいつは『漁協』のギルマスだな。……あれ? ハヤト、お前ヤヒコに会ったことあるんじゃねーの??」

「……ちくしょう……何で忘れてるんだよお前は……!」

 『漁協』のギルドマスター、ハヤトは涙目であった。

「俺の釣り針を駄目にしたのはお前だろうが!」

「つりばり……?」

 首をかしげるヤヒコ。そんなことがあっただろうか?

「イリーンベルグの神殿前で会っただろ!」

「…………ああ!」

 そういえばそんなこともあった。変な集団が神殿の前にたむろして、おかしな言いがかりをつけられた覚えがあった。

「てーか、釣り針壊したの俺じゃねーし」

「お前だろおおおお!」

「女神の罰が当たっただけじゃねーか!」

「お前さえいなければこんなことには……!」

「まあまあ」

 このまま不毛な言い合いになりそうな2人の間にエリンが割って入る。

「ここで立ち話もなんでしょうから、詳しい話は中に入ってしましょう。ヤヒコ君もね」

「え、俺もですか!?」

「話だけでも聞いてあげて。その上で受けるか断るか決めてちょうだい」

 エリンはすでに逃げ腰のヤヒコの腕をつかみ、黒狼とハヤトを伴って店の奥の開いている個室に入った。中には既に両ギルドの幹部と思しき人々が集まっていた。『黒狼旅団』副ギルドマスターのアルトの姿もある。

「えーと、俺ちょっとサイリュートに行く予定があって、お土産置いたらすぐ行こうと思ってて……」

 何とか逃れようと言い訳をするヤヒコは、鞄から素早く土産物を取出し、机に並べて逃げ出そうとした。尤も、近いうちにクレインに教わった術のテストがてら、川伝いにサイリュートに行こうと思っていたのは本当のことである。

「丁度いいわ。そのフィールドボスは《始まりの町》とサイリュートの間の、この町の近くを流れる河の上流にある滝壺にいるの」

 全力で墓穴を掘ってしまったらしい。さらに、エリンは一番入口に近い席に陣取ってしまった。これでは逃げようがない。

 がっくりうなだれるヤヒコ。

「なんだコレ、おもしれー顔してんなー」

 黒狼がゴースト型ゴースト除けランプをご機嫌な顔で弄っている。

「お前のじゃねーよ、エリンさんのだよ。勝手に触んな」

「えー! オレには土産ないの!?」

「くそっ……煩い奴め……」

 ヤヒコは渋々ランプをもうひとつ取り出して黒狼に手渡す。ついでに青い炎の蝋燭を1本出して火をつけてやると、黒狼はそれに釘付けになった。

「このランプ可愛いわね、どこで買ったの?」

「ジェイレット島っていうアンデッドの住んでる島に行ってきたんですけど……」

「「「「「え」」」」」

 ざわりとする室内。それに気づかずヤヒコは話し続ける。

「これらはそこで買ってきた土産で、こっちが青い炎の出る蝋燭で、こっちが『ゴースト型ゴースト除けランプ』で、これがジェイレット島銘菓『ゆうれいまんじゅう』です。まんじゅうは美味しいんで皆さんでどうぞ」

 ヤヒコはまんじゅうの箱を3つほど開け、机の上に出す。この際皆に配ってしまおうという腹だ。

 室内には暫し沈黙が下りた。やがて、エリンが口を開く。

「ジェイレット島って、どこよそれ、聞いたことないわよそんなところ……」

「俺も初めて行きました」

「そうじゃなくってね……」

 エリンが渋い顔をする。

「アンデッドの島に行って、よく無事で帰って来れたな」

 まんじゅうを恐る恐るかじりつつ、ハヤトが言う。

「いや、全力で脅かしに来る以外、皆フレンドリーだったけど。少なくともあの島の連中は、単に人間驚かせて遊びたいだけだぞ。それに、何気に学術都市だったから、色々魔術書も売ってたし」

「そ、そうか……」

「なー、ヤヒコ、何でアンデッドがアンデッド除け売ってんの?」

「それはゴーストしか除けねーよ」

「レイスは?」

「何でレイスを除けるんだよ」

「???」

 黒狼は困った顔で首をかしげている。

「えー、ちょっと情報を整理しようかしらね」

 エリンがホワイトボードをひっぱり出してきて、ヤヒコにジェイレット島のことを聞き始めた。


・住人は殆どアンデッド

・温和で友好的なリッチが治めている

・学術研究都市

・ゴーストとレイスは別物 (ゴーストは退治するもの、レイスは住人)

・脅かせるような人間の客が欲しい

     ・

     ・

     ・


 そんな情報を箇条書きにし、エリンは溜息をついた。

「……まあ、魔族の中にも友好的なNPCがいてくれるのは助かるわね」

「新情報だらけだな。今度の主要ギルド会議の議題はこれにするか」

 腕を組み難しい顔をしたハヤトは、何事か考え込んでいるようだ。

「よくわかんねーけど、島全体がお化け屋敷ってことか? 楽しそうだな!」

 黒狼は顔つきからしてさっぱり解ってない感じだった。

「何で土産を渡しに来ただけで、こんなことに……」

 ヤヒコは疲れた顔をした。島の話はエリンにだけするつもりだったのに、やたらと大きな話し合いの場になってしまった。

「てーかお前ら、ボス戦の話をするんじゃなかったのかよ」

「いえ、これも相当重要情報ですよ」

 アルトが口をはさむ。

「ヤヒコさんは、我々プレイヤーが魔族と対立した原因をご存知ですか?」

「えーっと、リッチと喧嘩したとは聞いたけど……」

 確か、槐がそんなことを言っていた気がする。が、ヤヒコもその後詳しく調べたわけではなかったのでさっぱりだった。

「俗に言う『魔族領域』に入ったプレイヤーがアンデッドに襲われ、それを倒したのがきっかけだったのです。その後の話し合いでも、こちらとしては向うが襲ってきた、あちらの言い分はプレイヤーが襲ってきた、という平行線で和平が進んでなかったのですが……」

「それ、最初にプレイヤーを襲ってきたのがゴーストで、その後ゴースト以外のアンデッドに手を出したから相手が怒ってるってオチじゃねーよな?」

「多分、恐らくは……。その、我々にはどのアンデッドが倒しても問題ないのか見分けがつかないのです。戦闘系ギルドとしては非常に戦いづらく、とても困っていました。そこで、ヤヒコさんには是非とも『魔族領域』に来て見分け方について教えていただきたいのです」

「いや、無理だから。俺のレベル33だぞ、攻略組の苦戦する地域なんて無理だから」

「いやいや、我々が護衛しますから」

「いやいやいや、絶対無理だから。ボス戦も『魔族領域』も無理だから!」

 もはやボス戦どころの話ではなくなっていた。

 全力で逃走態勢のヤヒコと、『魔族領域』に駆り出したい『黒狼旅団』の不毛な言い合いは続く。そしてそこにボス戦の話をしたい『漁協』が加わり、場は混乱を極めた。


 ひとり蚊帳の外になったエリンは苦虫をかみつぶしたような顔で呟いた。

「一体何の話し合いよ……」


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