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りょうしたちのぎゃくしゅう

あれ?なんか長くなった…。

『イリーンベルグ漁業協同組合、壊滅』


 今、プレイヤーたちのあいだで最もホットな事件のひとつである。

 イリーンベルグ漁業協同組合とは、ゲーム内における一大釣りスポット、海の女神イリーンの神殿を中心に栄える大きな港町イリーンベルグに集った釣り人プレイヤーたちが発足させた大規模狩猟採集系プレイヤーズギルドである。通称は漁協。ちなみに、漁協といえばこのギルドのことだと通じてしまうほど知名度と勢力は大きい。

 その漁協のギルドマスターであるハヤト氏が、初心者地域である《始まりの町》近郊の浜辺にて、ギルドの新入りたちを交えて歓迎会と交流会を兼ねた釣り大会を行っていたところ、前代未聞の大津波によってまるごと壊滅してしまったらしい。


 曰く、『大きな鯛が光った』

 曰く、『初心者装備の男が魚を持ち逃げした』

 その他、怪しげな情報が錯綜した結果、


『初心者装備の男が、鯛を使って漁師たちを罠にかけ、大津波で壊滅させた』


 ということになっていた。

 漁協や漁協と関わりの深いギルドは今必死で犯人捜しを続けている模様である。






「くそっ……!」

 イリーンベルグにある漁協のギルドマスター私室にて、筋肉質の男が机を叩いた。短く刈り込んだ茶髪に茶色の鋭い目つきの彼――漁協ギルドマスターハヤトは、机の上の釣り針をにらみつける。

 先日、鯛を釣り上げたその釣り針は、現存する釣り針の中でも最高品質を誇っていたにもかかわらず、謎の青年に投げつけられた後はそのアイテム名は『毀ち針』に変わり、全く何も釣れなくなってしまった。そのうえ、使用するとダメージを食らい、何らかのバッドステータスがランダムでつくときた。

 それにあれからというもの、ギルド全体の漁獲量も減少傾向にある。

 何もかも、あの青年の仕業だとしか考えられなかった。

「まあまあ、そうカッカしないでください。僕らもそれらしい人物を見かけたらお知らせしますから」

 そういえば、ギルド同士で同盟を組んでいる攻略ギルドのギルドマスターの魔術師がいたのだった。

「……すまねえな、協力してもらって」

「いいんですよ、困ったときはお互い様というものです。それに、いつも資源を融通していただいてますしね」

 そういって魔術師は、用事があるので、と言って去って行った。

 彼は日々攻略に勤しむいわゆる廃人組の統率者の1人。今日もまたどこかへ出かけるのだろう。

 部屋の中にただ一人となったハヤトはぎりっ、と歯噛みする。

「見つけたら……ただじゃおかねえ!」






 青年と鯛子は再び海上を進んでいた。

 日差しは暖かいが、濡れたからだが海風に晒されてとても寒い。

 四方は海。陸地の影などかけらも見えない。

「ちょっと鯛子さん、お前のせいで装備品が破損寸前なんですけど。耐久値半分きってるんですけど」

 無言。

「だいたい、イリーンベルグがどこにあるか知ってるのか?」

 無言。

「……」

 無言。

 鯛子が全く喋らないため、青年が一方的に話しかける形になる。はたから見れば独り言ばかりの危ない人だ。あまりの不毛さに彼は会話を断念した。


 昨日はログアウト後に友人に愚痴りに行ったが、思いっきり笑われただけで何の慰めにもならなかった。誰かともっとまともな会話がしたい。

 青年は財布を覗く。全財産は初期配布の100円、いや100ゴル。このゲームの通貨単位はゴルというらしい。ゴールドからきているのだろう、なんとも安直なことだ。

 イリーンベルグは神殿もあることだしそこそこ大きい町なのだろう。とすれば、防具屋もあるに違いない。一番安いやつでいいから、まともな替えの服を買わなくてはならない。どこぞの魚類のせいで、戦闘する前から装備がボロボロなのだ。装備の見た目は耐久値に依存するため、初期装備のローブはすでに襤褸切れ一歩手前だった。しかも海の底に放り込まれたせいで、海水を吸って非常に重たいし肌に張り付いて気持ち悪いし磯臭い。散々だ。そんなところまで作りこんで、運営はいったいどこを目指そうというのか。『もうひとつのリアル』がキャッチフレーズとはいえ、もっとプレイヤーのことを考えてほしい。


 青年が仮想ウィンドウを開き、運営公式HPのお問い合わせページに苦情を書き込んでいると、ゲーム外部からメールが届く。昨日愚痴った友人からだ。

 曰く、『同じゲームを始めたので一緒にパーティーを組みたいから今どこにいるか教えろ』とのこと。

「……あいつ、絶対前からこのゲームやってたろ…」

 いつもの友人の行動から鑑みるに、青年をからかうためだけに昨日の今日で新しいゲームを始めるとは考えにくい。恐らく以前からプレイしていて、たまたま青年が面白そうなことになったので構いたくなったのだろう。

「くそ、ぜってー教えねー!」

 大変ムカついたのでメールは黙殺することにした。

 苦情を書き込む速さがさらに早くなった。きっと全部運営が悪いのだ。


 さらにしばらくすると、水平線の向こうにうっすら町が見えてきた。

「あれか……思ったよりでかいな。あの大きな建物は神殿か?」

 港のすぐそばに神殿があるようだ。海の女神を祀る神殿らしい。造りは海底にあったものと似通っている。

 港にいる人々がこちらを見ている。指をさしているものもいる。鯛に乗っている人間は、それはそれは目立つことだろう。SSも撮られているかもしれない。

 鯛子はまっすぐ神殿のほうに向かう。神殿の建物の半ばは海にせり出していて、神殿内部に大きな港があり、いくつか船が停泊している。

 神殿の総本部が海の底で、そこの職員が海産物なのだ、海から直接神殿に入れるようになっているのだろう。

 神殿内部に入ると、神官らしき服装の人々が慌てて飛び出してきた。こちらの神官は普通の人間らしい。

「!? なぜ人間が海底本殿からの使いに乗ってるんだ!?」

 血相を変えている。青年は慌てて手紙を取り出した。あれだけ海水に浸かっていたにもかかわらず、全く濡れていない。

「えーっと、すんません。アリーシャ様から手紙を預かってるんですが……」

「え? ああ、ありがとうございます……この印章は本物ですが……しかしあなたは……」

 物凄い不審の目を向けられたので、鯛子が初期召喚獣で、海底に拉致られたついでに手紙を預かった経緯を軽く説明しておく。海の女神の使いにみすぼらしい格好をした男が乗っていれば、まあそういう反応になるだろうが、こんなところで捕まってはたまらない。

「そんなことが……」

「何の理由もなしに巫女の侍女に乗ってたら、俺みたいな初心者なんかすぐ水龍さんに殺されちゃいますよ」

「まあ、確かにそうですよね……」

 なんとか納得してもらえたらしい。

「ようこそ、イリーンベルグ分殿へ。海底本殿からの長旅お疲れ様でした。私はこの分殿を預かっておりますフランツと申します」

「ありがとうございます、俺はヤヒコです」


 今ここで突然明かされる新事実。

 青年のキャラ名はヤヒコだった。

 初日から結構な人数と遭遇し会話しているにも拘らず、全く名を聞かれない、名乗る機会がないという現実。まあ、今日日のVRMMOはそんなもんである。MMOやその他普通のネットゲームならキャラ名が画面上に表示されるのを見ればいいが、VRMMOなど現実世界で町を歩くのと同じようなものだ。特にこのゲームではキャラ名はいちいちそのキャラを注視してステータスを見ないと表示が出ない。


「ところで、道中色々あって装備がダメになってしまったのですが、いい防具屋を知りませんか?」

「ああ、それなら……」

 やっとまともに労われ、ほっとしたのもつかの間、

「大変です! 使者の方を出せと、表で複数の冒険者が暴れています!」

「「ええっ」」

 突然の身柄要求。しかもプレイヤーかららしい。

「俺が一体何をしたっていうんだ……」

 全く身に覚えがなかったが、仕方なく表に出た。






 神殿の入り口には殺気立った大勢のプレイヤー達が詰めかけていた。ヤヒコにはその中の数名に見覚えがあった――鯛子を釣った連中だ。

「おい貴様! よくものこのこと俺たちの本拠地に来れたもんだな!」

「釣り具弁償しろ!」

「覚悟しろPK野郎!」

 言いたい放題である。

「ここかよ本拠地……どうしたもんかな」

「ヤヒコさん……この方たちは?」

 フランツさんが不安そうに問いかけてくる。

「こいつらは、『始まりの町』の近くの海で鯛子を釣り上げた連中です」

「釣った!? 女神の眷属を!?」

 青くなるフランツさんを尻目に、ヤヒコは怒鳴り返す。

「わりーのはてめーらだろ! 他人様の召喚獣釣ったくせに獲物の横取りとか好き放題言いやがって……しまいになんなんだこの騒ぎは! 神殿の人に迷惑だろーが!」 

「鯛が召喚獣になるわけねえだろ!」

「知らねーよ! 運営に言えよ!」

 ヤヒコは腰の壺から鯛子を取り出し抱える。腕の中でびちびちする鯛子。

「ほれ、見てみろ! 俺の召喚獣だろーが!」

 ただの魚には存在しない、召喚獣特有の表示を見たのだろう。しばらくするとプレイヤー達の怒号は静まっていき、何とも言えない空気だけが残った。これだけの人数が動員された挙句にこの始末。やり場のない怒りと、どう落とし前つけるんだこれ、という気不味さ。本当に酷い雰囲気であった。

 そんな中で、未だ怒り冷めやらぬ者がいた。茶髪に茶色の鋭い目つき、筋肉質の男――ギルドマスターハヤト氏だ。

「それじゃ俺のこの釣り針はどうなんだ! なんで投げただけで壊れるんだよ! どうしてくれるんだ! 高かったんだぞこれ……!」

 最後のほうは涙声であった。手に入れるのに苦労したのだろう。だが……

「そんなん知らんわ! 自業自得だろ! だいたい俺は壊してねーし!」

「んだとぉ!? じゃあなんでぶっ壊れてるんだよ!」

「それは女神の眷属を釣り上げるなどという不遜なことをしでかした罰です」

 不毛な二人の怒鳴りあいに割り込んだのは、ここにいるはずのない人物だった。

「は!? なんでここに……どこに!?」

 周りを見回すヤヒコ。見ればどこぞの人魚の巫女様が船着き場に腰かけていた。

 他のプレイヤー達といえば、突然の人魚の登場に沸き立っていた。

「なんだあれ!?」

「人魚なんていたのかよ……」

「美人じゃね?ていうか胸でかくね?」

 アリーシャは胸だの腰だのに言及した複数のプレイヤーに魔法で頭から水を浴びせ、再び口を開いた。

「私の侍女に手を出すとは何たる不届きもの共。罰としてこれよりひと月の間、お前たちに魚は1匹もやりません」

「普通に出てきてるけどさ、俺に手紙託さなくて良かったんじゃね? これ」

「こんなに早く犯人が見つかるとは思っていなかったのです……許しが欲しければこの神殿にて奉仕活動をなさい。働きに応じて罰を軽くしましょう」

 言うだけ言って去ろうとするアリーシャに、プレイヤー達は追いすがる。

「どちら様ですか!」

「お名前を教えてください! スリーサイズも……!」

「サインとかください!」

「ぜひお近づきに……!」

 不埒なことを言った者どもに再び水をお見舞いし、彼女は言った。

「私は女神イリーン様の巫女アリーシャ。覚えておきなさい」

 大層なポーズと決め台詞を決め、彼女は去って行った。






『イリーンベルグ漁業協同組合に人魚姫現る』


 今、プレイヤーたちのあいだで最もホットな事件である。

 先日の『釣り大会大津波事件』において容疑者であるといわれていた男は、実は海の女神イリーンの加護を受けた召喚士で、光る鯛はその召喚獣にして女神の眷属であり、津波を起こしたのも釣り上げられて怒った鯛の力であったらしい。

 そして、彼らは突如イリーンベルグにあらわれると、女神の巫女である人魚姫アリーシャを呼び出したとか。

 

 曰く、『アリーシャ様、美人』

 曰く、『アリーシャ様、超美人』

 その他、人魚姫のSSや動画がいくつもネット上に放流された結果、


『イリーンベルグの海女神神殿で奉仕活動して、アリーシャ様と握手!』


 ということに何故かなっていた。

 漁協や漁協と関わりの深いギルドは女神の加護を受けるため、はたまた人魚姫の再来のために、今必死で奉仕活動を続けている模様である。


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