本当は怖い鳥の話
「ただいまーって、何やってるんですか槐さん」
「……何だと思う」
ヤヒコが海底神殿の槐の部屋に入ると、
「……俺には七並べに見えます」
「……その通りだ」
彼らはまだゲームを続けていたらしかった。
「あれからずっとですか」
「あれからずっとだな」
「…………」
槐は疲れた顔をして、海竜の長は相変わらずの無言である。
ヤヒコはとりあえず用事を済ませてしまうことにした。
「長さん、頼まれていたお菓子、全部買えましたよ」
甘味の詰まったアイテムボックスを長に渡すと、長は大きく頷き、頭を下げた。
「お店の皆さん、長さんが来ないんで心配してました」
と伝えると、長はガタッと立ち上がり、どこかへ行こうとする。が、
「今日買ったお菓子はどうするんですか!」
「お前、今、俺様とゲーム中じゃないのか!」
ヤヒコと槐が言うと、また座った。衝動的に店巡りをしようとしたようだ。
「こちらは槐さんのほうの頼まれ物です。囮卵の料理もありますよ」
「何故全部にしなかった」
「他のひとだって食べたいんですよ。それに、人気メニューは購入制限ありますし」
「むう……」
非常に悔しそうな顔をする槐。だが、ないものはないのだ。
「吸血鬼はあの後すぐ逃げちゃったらしいですし、これでしばらくは安心なんじゃないですかね」
「まだ次の敵は来ていないようだ……掲示板にもそれらしい情報はないしな」
「ああ、でも今度は黒い竜が遊びに来てましたよ。人型になれるやつが2頭。すぐ帰っちゃいましたけど」
「遊びに来たくらいなら別に問題ないな……お前、いくらなんでもそれは食べすぎじゃないのか?」
見れば、長は早速ヤヒコが買い込んできた甘味を消費していた。見る見るうちになくなっていく甘味に、槐は引き気味だ。
「じゃ、俺はどこかの島にでも行って豆炒ってきますね」
「わかった」
「早いとこアイテムボックス作りはじめないと、アリーシャ様が怒りだしますよ、きっと」
「……善処する」
長は七並べの次は神経衰弱がやりたいらしい。無言のままカードを切って机に並べている。海底神殿に滞在する間、槐はこの調子で長の息抜きに付き合わされるのだろう。
槐一人で長の相手はきついと思ったヤヒコは、白銀をその場に残した。白銀がカードゲームのやり方を知っているかはわからないが、そこらへんはあの2人が適当に教えるだろう。
どこか陸に上がって豆を炒りたいが、槐の工房にはまた吸血鬼が来るかもしれないので、手鞠鳥の島の浜辺で火を熾して豆を炒ることにした。さすがに海を越えては来れまい、という判断である。
森で薪を集めていると、またマックス君に出くわした。ここに来ると妙に高い確率で出くわすのは、彼が余程頻繁に卵探しをしているせいだろうか。
『あ! またですかやひこさん! いちにちににかいもきたって、そんなにすぐたまごはうまれませんよ!』
「そうじゃねーよ、浜辺で豆を炒るから薪を集めに来ただけだよ。水の中じゃ火は使えないからな。……それよりも、和子さんに豆とメモはちゃんと届けてくれたか?」
『ちゃんととどけました!』
「……食っちゃったりしてないか?」
『ひどい! はんぶんのはんぶんくらいしかたべてないのに!』
「食ったのかよ……」
『おいしかったですよ!』
木の枝などを拾っていると、時折手鞠鳥に踏み台にされたり、枝の上からじっと観察されたりする。ヤヒコが視線を合わせると、途端にぴょんぴょん鳴いて威嚇を始めるが、鳥のいる方を見ない限りは安全だった。しかし、今日に限って視線がとても痛い。いつもはここまで鈴生りになって観察しに来たりはしないのだが。
「豆のせいかな……あんまり餌付けはしたくないんだがな」
洞窟のコウモリの二の舞にはしたくない。したくはないが、段々鳥の数が増えてきているのが怖い。相手はレイドPTを軽く一蹴するほどの強さのモンスターなのだ。
弱り切ったヤヒコが腰に下げた袋から炒り豆を出し、遠くに数粒投げると、手鞠鳥達の視線があっという間にそちらを向く。やはり豆めあてだったようだ。匂いにつられていたのだろうか。鳥たちは次々と地面にぽすんぽすんと飛び降りてきて、地に撒かれた炒り豆を観察しはじめた。時々短い足の先で蹴ったりつついたりしている。食べ物として認識できていないのか、それとも毒物かどうか警戒しているのか。
「この隙に仕事するか」
必要なだけの薪を集めて浜辺に出る。
火を熾し、十分な火力を確保して豆を炒りはじめる、その作業の一挙一動を、わざわざ浜辺近くまで出てきた手鞠鳥達に監視された。
「おかしい……前に火を焚いたときはこんなことなかったのに……」
『やひこさん、おまめたべたいです』
「せめて出来上がるまでは我慢しろ」
蛇に豆を食べさせても平気なのだろうか――ゲーム内でこんなことを悩むとは思わなかったヤヒコであった。
豆を全て炒り終っても、鳥達は森に帰らなかった。突き刺さる数多の視線が怖い。
『こうばしくていいにおいだとおもいます!』
「そんなに気に入ったのかよ……お前、本当に蛇か?」
顔をとんでもなく近くにまで近づけてくるマックス君に根負けして、ヤヒコは炒り豆を一掴み、彼の大きな口に放り込んでやった。
そして気が付く。手鞠鳥達に完全包囲されていることに。
「!?」
その数は30を下らず、つぶらな瞳でヤヒコを見つめている。
鳥達は無言だった。いつもはぴょんぴょん煩く囀っているはずの彼等は、ひと声も鳴かなかった。
「え、ちょ、何!?」
『やひこさん、わたしたちってにんきものですねえ!』
この蛇、頭かち割ってやろうか。ヤヒコはマックス君に殺意を覚えた。
恐らく、マックス君が豆をねだり、食べたのを見て、この豆が安全な食物だと理解してしまったのだろう。
どう考えてもヤヒコは今、鳥達に豆を強請られている。だが、この豆は吸血鬼退治に使う大事な豆だ。決して蛇や鳥のおやつなんかではない。
「くそっ……」
しかし、手鞠鳥達はじりじりと輪を狭めてきている。このまま抵抗すれば、全ての豆を奪われるかもしれない。
「ちくしょー!」
ヤヒコは降参した。
鳥達は実に2袋分の豆を消費した。
おなか一杯になったらしい彼等は、そのままヤヒコを囲み、また寄りかかって寝入ってしまった。警戒心が強いのか弱いのかわからない連中である。膝の上まで登って寝ている奴もいるので身動きが取れない。
「……また豆買ってこないと……でも、まだ売ってるところあるかわかんねーな……」
『ぬしさまは、おにわでそだてるっていってました』
「お前らは自分の拠点があるからな……俺の拠点はワンルームだし海底だしでベランダ菜園すらできねーよ」
せっかくの豆を無駄に消費してしまった。
ヤヒコはすっかり暗くなった空を見上げ、溜息をついた。




