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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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おつかいと面倒事② 長のご用事

 《始まりの町》は、南には個人や攻略系ギルドの拠点が多い、いわば住宅地で、北側は商店や工房、生産系ギルドの拠点が多い、商業区のような扱いとなっているが、だからと言って南側に店がないわけではないし、北側に商店以外の建物がないわけではない。

 ヤヒコが海竜の長から受け取ったメモと呼ぶには厚すぎる買い物メモにも、町の東西南北に散らばった甘味の店がずらりと並んでいた。

「こりゃ、移動だけで一苦労だな」

おさ殿は良くこれだけの店をご存じでござるな」

 とりあえず大まかに立地が近い店をまとめて、順繰りに巡っていくことにした。






 まずは数が一番多い北側から。

 北側にはいくつか通りが丸ごと甘味の店で埋まっている部分がある。そこで彼の好みらしいクッキーや飴などの日持ちのするものや、ケーキなどの生ものを大量に買っていく。買い物の内容が内容なので、女性客ばかりの恐れもあったが、それなりに男性客がいたことにヤヒコは安堵する。一人だけ大量に菓子を買っていく男がいたら、まず間違いなく目立つだろうと思ったのだ。

 しかし、買う量がとんでもなかったために、どの店でも目を丸くされ、結局思いっきり目立ってしまったのだった。






 次は東側。

 《始まりの町》の北側にサイリュート、西側にリンデンロウ、南側にイリーンベルグがあるように、東側には農林畜産業が盛んで周囲に豊かな農耕地が広がるソスと言う大きな町がある。豊穣の女神ソスフェラスの神殿があり、大きな農耕系ギルドが拠点を置いていることでも有名である。そういう関係で、町に輸入される農産物は主に町の東側から運び込まれるため、東側には食品系の店が多い。ヤヒコがいつも果物を買っていくマルトミがあるのも、この近辺だ。


「あ、この店知ってるぞ。マルトミの隣にある店じゃないか」

 新鮮な果物をこれでもかとばかりに使ったタルトが主な商品で、名前は確かマルヤマだったと思う。

 店に行くと、隣のマルトミの店長、トミーに声を掛けられた。

「あ、ヤヒコさんお久しぶりです! また鉱山ですか?」

「お久しぶりですトミーさん。今日は知り合いから頼まれて、こっちの店のタルトを買いに来たんです」

「ああ、この店は僕の妹のヤマネの店なんですよ。うちで仕入れた果物使ってますので、どうぞよろしくしてやってください!」

「そうだったんですか。ありがとうございます」

 タルト屋の店内はこじんまりとしているが、淡い緑と白のストライプを基調としたさっぱりとした内装で、少数ながら店内にも席が用意されている。

「いらっしゃいませ!」

 出てきたのは茶色のセミロングの髪にトミーと同じ色の緑の目の十代後半の少女だった。顔立ちがどことなくトミーに似ている。彼女がトミーの妹だろう。2人ともキャラクリエイトの時にあまり顔の造形を弄らなかったとみえる。

「すみません、季節のフルーツタルトとチェリータルト、ブルーベリータルト、マンゴータルト、オレンジタルト1ホールづつに枇杷ゼリー3つ、お願いします」

「ええ! お、お客さん、大丈夫ですか? 食べきれますか? まあ、アイテムボックスの中なら劣化しませんけど……」

「いや、知り合いに頼まれたんですが……彼ならきっと、瞬く間に食べつくすと思うので大丈夫です」

「瞬く間に……!? あ、お客さんもしかして青い髪に青い目の小父様のお知り合いですか?」

 彼はこんなところでも有名らしい。まさか、今までに廻った店も、彼のことを聞けば即座にわかるのだろうか。

「はい、多分その彼だと思います。この町に行くと言ったら色々頼まれたんですが、彼、色んな場所で有名っぽいですね……」

「それはもちろん。あの小父様ったら一つの店で全商品食べたら隣の店に行ってまた全商品制覇するなんてしょっちゅうですから。しばらくいらっしゃらないけれど、お元気ですか?」

「はい、元気です。ここのところ、仕事が忙しくてこっちに来る余裕がなかったみたいで、もうしばらくしたら本人が食べに来れるようになるんじゃないかと思います」

「そうでしたか、良かったです。季節のフルーツタルトおまけに1ホールつけておきますので、どうぞよろしくお伝えください。どこのお店も心配してたんですよ」

「わかりました、伝えておきますね!」

 随分と豪勢なおまけがついたものだが、それだけ彼が人気者なのだろう。

 店を出て、ついでにマルトミで福助に果物をいくつか買ってやった。福助はご機嫌である。






 次は西側だが、ここら辺は魔術具や魔術書関係、薬品錬金術系の店やギルドが立ち並び、なんとも怪しげな雰囲気を醸し出していた。ちなみに槐の店があるのはこのあたりの隅のそのまたはずれのほうである。

 ここには生菓子を出す店はなく、周囲のギルドが作業の合間に来るのだろう軽食屋やパン屋が、クッキーやちょっとしたパイ、飴など、片手間に食べられるお菓子を売っているぐらいである。こんなところの店まで網羅するとは、あのおさには侮れないところがある。






 最後の南側だが、ここは住宅街の中にポツリポツリと店があるかたちになっている。どこも住居と一体化した、こじんまりとした店ばかりだ。外装も周りの一般住宅などとあまり見分けがつかず、看板だけが表に出ているようなところが多かった。

「うげっ……これは立地がやばい……」

 様々な店を巡った最後の1店は、丁度ギルドの拠点の目の前にあった。しかもその建物についているマークは、穀物屋で絡まれた『明けの明星』のもの。本拠地はリンデンロウにあるというから、ここは支部なのだろう。例の少年がいるとは限らないが、早いところおさらばしたい。

「『こいぬのしっぽ』か。買うものは……マドレーヌにパウンドケーキ、と」

「ここの用事を済ませてしまったら、神殿に戻るのでござるな」

「そうだな。他のことをするにしても、荷物がいっぱいで動きが取れねーしな」

 勇気を出して店に入ると――

「うわーん、負けたあああ!」

「へっへーん! あたしの勝ちですよーだ!」

 若草色の少年と人参色の少女がいた。反射的にドアを閉めるヤヒコ。

「……あいつ、あの緑色のほう、穀物屋で豆要求してきた奴だったよな?」

「うむ、そうでござるな」

「くそっ、なんでいるんだよ……」

「しかし、買い物しないと帰れないでござるよ」

「ぐぬぬぬぬ……仕方ねーな……」

 勇気を振り絞りもう一度店に入ると、少年と少女は店の奥の席で何事かやいのやいのと騒いでいた。

「……今のうちか」

「……今のうちでござるな」

 店の中の商品棚から目当てのものをとり、入口にあるカウンターまで持っていく。

「すみません、これください」

「はーい」

 薄茶色の髪を三つ編みにして肩に流した女性が出てきて会計をしてくれる。その間にも、

「ううう、あと一袋あれば引き分けだったのにー!」

「あたしの方が一袋多かった! あたしの方が偉い!」

 などという声が聞こえてくる。2人は手に入れてくる豆の量で競争していたようだ。迷惑な。

「毎度ありがとうございました、またお越しくださいませー」

「はい、どうもー」

 さらっと会計を済ませ、店を出ようとした、その時。

「あ! あの時の!」

「……ちっ」

 見つかってしまったようだ。少年が寄ってくる。

「お兄さん! 今からでも遅くないですから、お豆一袋分けてくださーい!」

「駄目だっつってんだろ! 大体お前らどんだけ豆持ってるんだよ! どうせ何百単位だろ!」

「えーと、にせんとななひゃく……」

「そっちこそ多すぎだろ! ソロからせこく巻き上げようとしてんじゃねーよ!」

「そこを何とかー!」

 縋り付こうとする少年の首根っこを引っ張り、店の外に出る。

「大体なあ、店の中で騒いでんじゃねーよ! お店に迷惑だろーが!」

「ううううう」

「泣けばいいってもんじゃねー! ほら、とっとと帰れ!」

 何だ何だと建物から出てきた『明けの明星』のギルドメンバーらしき人物達に少年を押し付けると、ヤヒコは歩き出す。ギルドメンバーから何事かと問われるが無視した。揉め事も嫌だが、それよりもこれ以上関わり合いになりたくなかった。


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