ゆめのクスリ
「槐さーーーん!」
「うるさい帰れ!」
魔鎧将キュイラースが現れ、そして去って行ったその日の夜。
ヤヒコは槐を訪ねていた。
吸血鬼化すると夜行性になるらしい。昼間よりも元気そうに見える。
「いつもより余計にうるさいぞ。この夜中に何の用だ、近所迷惑だ」
「これこれ、これ作ってくれませんか、もしくは作り方教えてください!」
ヤヒコが槐の目の前にずずいと突き出したのは、そう、例の【特製☆超力金属成長薬】のレシピであった。
「……なんだこりゃ」
「これを白銀に飲ませると、ぐーんとでかくなるんです!」
「何を馬鹿なことを……。金属が成長するわけないだろう」
「でも、本当に大きくなったんですよ、キュイラースさんは!」
「きゅいらーす……?」
「今日の午前中に西門のところに10メートルくらいあるでっかいリビングアーマーが来てたの、知らないんですか?」
「……ちょっと待て」
槐は仮想ウィンドウを開き、Wikiやニュースサイトを漁る。
果たして、どのサイトも魔鎧将キュイラースのことでもちきりだった。でかかったとか、今回の吸血鬼騒ぎの犯人をばらしていったとか、薬を飲んで更に巨大化したとか、とんでもないことが書かれていた。SSや動画を見ても、相当大きく、驚異的であることがわかる。巨大化時の動画は再生数がとんでもなく多く、中にはロボットアニメの主題歌をあわせていい感じに編集された動画まである始末である。
「……で、何でお前がその秘薬のレシピを持ってるんだ?」
「もらいました」
「は?」
「キュイラースさんがくれたんですよ。さらに精進せよって」
「…………一体何をしに来たんだ、この鎧は」
「さあ? よくわかんないですけど、とりあえず親切な人なんじゃないですか?」
槐はなんだか頭が痛くなってきた。
どこの世界に敵にわざわざパワーアップアイテムの作り方を教えに来る馬鹿がいるというのか。ここだった。
ヤヒコの持つメモをよく見ると、例の『魔族領域』で採取できると聞く薬草、レア鉱石、魔物の血液などが書かれ、製造方法も随分と詳しく書かれている。もしこの内容が正しいとすれば、材料さえあれば、槐でも作れるだろう。彼は製剤スキルも持っているのだ。
「しかし、どうやって材料を取って来るんだ。全部『魔族領域』で手に入る物だぞ。お前のレベルじゃ今の攻略最前線になんて辿りつくことすらできんだろうしな、無理だろう」
「えー……そんな……」
がっくりと肩を落とすヤヒコ。
その背後では白銀が明らかにほっとした様子を見せている。
「他の奴らが取ってきたアイテムも、軒並み高額で取引されている。現状ではお前のアイテムボックス程度の値段じゃとても作れん」
「そうですか……」
大分しょんぼりしてしまったが、仕方がない。攻略組が苦戦する地域での素材集めなど、正直なところソロでは無理な話である。
「ま、しばらくは大人しくレベル上げでもしてるんだな。大体今お前は鍛冶スキルを上げてるんだろうが。そっちはどうなった?」
「鍛冶はもうちょっとで鎧の修理に入れそうです」
「ならそっちを先に上げてしまえ。スキルはある程度上がるまで一つ一つ集中したほうが良いぞ。高レベルになるとスキル複合で作らないといけない物も出てくるから、他のスキルも鍛えないといけないが」
「あ、そういえば鍛冶の親方に、そろそろ木工も始めろって言われました」
「槍とか斧とかは柄まで金属にすると重すぎて使用するための筋力値が余計に必要になったりするからな。柄だけ木製にすることも多い」
「槐さん物知りですね! 鍛冶スキルも持ってるんですか?」
「当たり前だ。エンチャントを掛けるにはその対象を製作するためのスキルも同時に必要になるからな。」
槐は一体どれくらいスキルを持っているんだろうとヤヒコは気になったが、聞かないでおいた。余計なことを聞いて機嫌を損ねてしまっても困る。
「とりあえずこいつをつくるには高レベルの製剤スキルが必要だな。欲しかったらそのうちそっちの修業もすることだ」
「わかりました、ありがとうございます」
ヤヒコは大人しく帰って行った。
一人になった槐は溜息をつく。
「面倒なことになった……」
このところ、やけに魔族がプレイヤーの領域をうろつくようになった。今回の鎧は理由は分からないが大人しく帰って行ったものの、吸血鬼はまた何か騒ぎを起こそうとするだろう。場合によってはプレイヤーでありながら吸血鬼になってしまった槐のところに来るかもしれない。魔族領域に素材を取りに行った槐を吸血鬼にした吸血鬼や、イーヴリンは割と簡単に殺せる程度の強さだったが、次に来るものがそこまで弱いとは限らない。
しばらく引っ越しは見合わせたほうが良いだろう。監視半分とはいえ、他人の目が多くあった方が誘拐の心配も少なくなるに違いない。




