巨大鎧、襲来
ヤヒコが槐の夜逃げを何とか阻止したあくる朝。
エリンは無事に目を覚ました。一時は吸血鬼化しかかって暴れて大変だったが、イーヴリンを殺したことで何とか治まったらしい。
イーヴリンの店にあった命令書の類は主要ギルド会議に『白猫料理店』によって公表され、他の町でも吸血鬼を探すことになった。どうやら、各町で犯行時刻に重なりがあるものが多く、イーヴリンひとりの犯行ではないだろうということだ。槐が吸血鬼であることも公表されたが、地竜との交渉や《始まりの町》の吸血鬼事件の収束に助力したということで、容疑者リストからは外されたらしい。とはいっても、要監視対象扱いらしいが。それに加え、現在彼以上の技量のエンチャント系職人がいないこともあるようだ。
約一名、吸血鬼と戦いたいとか絶対強いとか寝言を言う者もいたらしいが全会一致で黙殺され、その者にのみ槐の名前と姿は伏せられたらしい。
なお、ヤヒコがイーヴリンを殺したことについては、PKK扱いとなっており、特に問題視はされていないようだった。
「『各町でいざという時に騒ぎを起こせるよう、手下となるものをあらかじめ用意せよ』か。とりあえずこの町で噛まれた人はもう大丈夫ですよね?」
「それがね、念のために、他の町で噛まれた人たちと一緒に光の神の神殿で浄化解呪するんですって。もちろん私も。大変よね……何十人いるのかしら。町自体も浄化してまわってもらうんですって。でも、イリーンベルグにだけは被害はなかったらしいわ。きっと水路のせいで町に入れなかったのね」
エリンは今日は自室――ホワイトボードのあった部屋だ――で休んでいる。状態異常からの回復時間に、ログアウト中の時間は含まれない仕様なのだそうだ。面倒なことである。
「あと、私以外に吸血鬼化の被害者はいないんですって。良かったわ」
「エリン殿が無事で良かったでござる! あのままだったらどうしようかと……!」
「白銀君もありがとうね、サーシャや槐さんにも迷惑かけちゃって……」
槐はとりあえず引っ越しは延期したようだ。今日はヤヒコの差し入れた囮卵を抱えて寝室に引きこもっている。
あのあと、徹夜で工房を隅々まで掃除させられ、お詫びの品として大量の囮卵と手鞠鳥の羽根を要求されたヤヒコは、本当にくたくただった。それに、イーヴリンを殺したことも、心に重く圧し掛かっていた。今はただ休みたい。自分も宿を借りて寝ようと思い、エリンの部屋を辞し、宿を探す。
ふと見上げた町の向こうに、大きな大きな鎧が見えた。
「………… !?」
目を擦る。なくならない。
頬をつねる。普通に痛い。
「おお! あれに見えるは拙者の同族ではござらんか?」
「うそ、あれお前の仲間なの!?」
町の人々もざわついている。そんな驚きの空気の中、大音声が響き渡った。
「我こそは魔鎧将キュイラースである!! 人族共のうち、我こそはと思うものは尋常に勝負せよ!!」
巨大鎧が名乗りを上げたのだ。ざわめきが一層大きくなる。巨大鎧――キュイラースは続けて言った。
「ランドル、あの姑息な吸血鬼めはこそこそと下僕を増やし煽動者を用意するなどと言ってみみっちいことをしておったが、思った通り失敗しおった! 我はあのような迂遠で面倒かつ卑怯なまねはせん! 正々堂々と勝負し、貴様らを叩き潰してくれよう!」
あの吸血鬼騒ぎの主犯の吸血鬼の名前はランドルというらしい。人々の中では、名前を言っちゃっていいのか、作戦をばらして大丈夫なのか、という心配の声も聞かれたが、キュイラースのひと睨みで黙らされた。
「……すげえ、でけえ。あれ、西門よりでけーよな!?」
「あ! 殿、どこへ!?」
ヤヒコは走り出した。そう、件の大きな鎧は町の西門にいるのだ。
西門の周辺はすでに大勢のひとで賑わっていた。その人の波をかき分け、最前列に出る。
「お待ちくだされ殿、まさかあの者と戦う気なのでござるか!」
後を追って白銀も最前列に出てきた。
「いや、そうじゃねーけど。だってすげーじゃん、巨人用じゃね?」
10メートルはあろうかという巨体を見上げるヤヒコの目は輝いていた。徹夜ハイというやつである。
「どうやって作ったんだろうなあ! この前来た連中は皆お前ぐらいのサイズだったじゃん、あいつ絶対特注品とかだよな!」
「と、とくちゅうひん……!?」
いつになくはしゃぐヤヒコに、白銀は困惑していた。
そんな会話が聞こえたらしいキュイラースがヤヒコと白銀を見る。
「ふん、まだまだ小さきものよな。我も一兵卒であったころはそなたと同じくらいの大きさであったが――」
「ええ!?」
「せ、拙者と!? そんな馬鹿な! 殿も、そんなウソに騙されてはいかんでござるよ!」
「――毎日の鍛錬に加え、食事を一日に5食におやつ、そして牛乳をモリモリ飲んでいたが故、このように大きくなったのだ」
「マジで!? すっげー!!」
「 冗 談 だ 」
「」
「と、殿……そこまで落ち込まれずとも……」
ヤヒコはこれまで例を見ないくらいにどーんと落ち込んでいた。しゃがみこんでしまっている。
さすがに悪いと思ったのか、キュイラースが慌ててフォローに走る。
「1日5食は言いすぎたがな、我も一応そのくらいの大きさであったのを秘薬を用いた秘術にて、ここまで巨大化できるようになったのよ」
「ぜってー信じねー! また嘘じゃねーの? この嘘つき魔族め!」
「と、とのぉ!」
「な! 嘘つきだとお!?」
「たった今嘘ついたの誰だよ! お前だよ!」
「うぬう……秘薬と秘術というのに嘘はない、今日はお主等に特別に見せて進ぜよう!」
「まじで!」
「またまた……騙されないでござるよ!」
「では見ているがいい、インゴットを喰らい、その上でこの【特製☆超力金属成長薬】を喰らえば……やあっ!」
キュイラースはバイザーを跳ね上げ、どこからか取り出した多量のインゴットをざらざらと流し込み、次に怪しげな包装の薬のボトルを開け、グイっと呷り、気合を入れた。
すると、足元に一瞬ブワッと魔法陣が浮かび、鎧全体がカッとまばゆいばかりの光を放つ――次の瞬間、彼はまた一回り大きくなっていた。
「おーーーー! すっげーーーー!!」
「やややっ! なんとぉーーーー!?」
「「「「「おおおおおおおーーーー!!」」」」」
テンションが上がりすぎたヤヒコと驚愕する白銀。そして思わず沸き立つ少年の心を忘れない感じの観客たち。
ヤヒコがくるっと白銀を向く。その手には彼が福助のために買った牛乳の瓶と、彼が製錬した鉄インゴットがあった。
「よしっ、白銀、頑張れ!」
「えええ!?」
ヤヒコは輝かんばかりの笑顔だった。
白銀は背筋に、凍えるような寒さを感じた。そして同時に悟った。
殿は、本気だと。
逃げ場を探し、ふと背後から熱い視線に気づき、振り向く白銀。
彼の背後には、数多の(心が)少年達が期待に満ちた目で立っていた。固唾をのんで、白銀の飛躍を信じ、心待ちにしていた。
「待て待て、お前達」
見かねたらしいキュイラースが声を掛ける。白銀は一瞬、救いの手が差し伸べられたかと思ったが、
「そのインゴットでは可哀想だぞ。もっと上質な、そう、鋼鉄以上の質のものでやらねば、逆に弱くなってしまうのだ。できればミスリルやオリハルコンが好ましい。それに、ただの牛乳では無理だぞ。ほれ、ここに秘薬のレシピがあるからくれてやろう。これを飲ませるがよい」
ただの更なる追い討ちであった。
キュイラースが小さな紙切れをつまみ、ヤヒコに手渡すと、周囲の皆がそれを覗きこんだ。しかし、なかなか上級者向けで入手の難しい材料ばかりが書かれ、上級の職人以外に常備している者などなく、幸か不幸かこの中には該当者は見つからなかったようだ。
「くそっ、俺、薬なんて作れねーんだよ……!」
「ふむ、精進せよ少年、さすればそなたの従者は更なる進化を遂げるであろう!」
言うだけ言って、町に背を向けるキュイラース。どこへいくのだ、という人々の問いに、
「――今日はこのくらいにしておいてやろう。だが、我はまたこの地にやって来る。その時まで……鍛錬をぬかるでないぞ、少年とその従者よ!」
そう答えると、彼は颯爽と去って行った。
何日も徹夜できる人ってすごいですよね。
私はたった一日で幻覚っぽいものが見え始めてやばいです。
しかも変にテンション高くなって笑い上戸になります。




