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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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吸血鬼にご注意③ 初心者にご注意

残酷表現あり。苦手な方はご注意を。

 ヤヒコ達も手伝い、皆で手分けして探したが、結局エリンが見つかったのは翌日の夜明け前、町はずれでのことだった。

 首筋を改めてみると、かすかにだが、噛み跡が残っている。犯人は吸血した後、回復魔術を掛けたうえで放置しているのだろう。夜明け前に見つけたため、まだ傷が治りきっていなかったのだとみえる。


「犯人め! これは早々に捕え、罪を償わせなければいけないでござるな!」

 非常に憤慨している白銀を横目に、ヤヒコは呟いた。

「…………ぶっちゃけ、真相一歩手前にいる人って狙われやすいよな……」

 次は自分かもな、などと自嘲してみるが、このままみすみすやられるわけにもいかない。

 せっかく地竜から犯人情報を手に入れてきたというのに、エリンは未だ眠ったままである。余計なことを言わせないために魔術で眠らされている可能性がある気もするので、サーシャに昨日作った銀の短剣を1本渡しておいて店を出る。ついでに白銀に護衛をお願いしておいた。金属の塊なら吸血もできないし、お守り代わりにはなるだろう。

 彼女はチャットで各主要ギルドと連絡を取った後、この町にいる者達と直接会いに行き、その後で対吸血鬼用の装備を揃えるためにエンチャント屋に行くと言っていたそうだが、その後の足取りがつかめない。

「あー……こりゃ今捕まえないと逃げちゃうかなー……」

 仕方なく、エリンが最後に立ち寄ったというエンチャント屋――槐の店に行くことにした。






 日が高く輝く真昼間。

「槐さーん、起きてますかー!」

「うるさい帰れ。俺には仕事がある」

 槐は入口に背を向けて、作業をしているようだった。日中から、珍しいことである。

「エリンさんのですか?」

「ああ、あいつが昨日からうるさくてな、銀の退魔装備を作りたいんだとさ」

「そうなんですか。それよりも槐さん…………イーヴリンさんって、どこに住んでるか……知ってますよね?」

 槐がゆっくりと振り向いた。

「…………何があった?」

「今回の犯人は彼女です。人間と間違えてレィエルディスさん襲ったみたいですね。顔もバッチリ見られてましたよ」

「――あのバカ女」

「とっとと教えてください。昨日、エリンさんが襲われましたっていうか噛まれました」

「なんだと?」

「今日の夜明け前に町はずれで見つかってから、目を覚ましません」

 槐の顔色が変わる。

「……くそっ、エリンは今どこだ!」

「お店にいます。槐さんはエリンさんをお願いします。サーシャに銀のナイフ1本持たせて、白銀も置いてますけど、ちょっと心配ですので。俺はイーヴリンさん担当ということで。俺、こう見えて一応吸血鬼耐性あるんですよ?」

「………………わかった。あいつの店は――」

 ヤヒコにイーヴリンの店の場所を教えると、槐は店を飛び出していった。


『男の方なら、この前の会合にも来ておったではないか。知らなかったのか?』

 昨日、土産の果物の山と引き換えに、かの地竜は吸血鬼のことを色々と教えてくれた。

 吸血鬼に噛まれたり血を吸われると操られるとか。邪眼で暗示を掛けられるとか。

 全員がそうなるわけではないが、噛まれた後に吸血した吸血鬼の手下の従属吸血鬼になって暴れ出してしまうものもいるらしい。そうさせたくない場合、吸血鬼になりきる前、少なくとも2日以内には噛んだ吸血鬼を殺さなくてはならないのだとか。

 一応サーシャには銀のナイフを渡し、白銀も置いてきたが、ナイフ1本で吸血鬼のなりかけと渡り合えるとは思えない。本物の高位吸血鬼でもなければ押し負けるだろう。

 あとはこの町で暴れている犯人――職人プレイヤー、イーヴリンを捕獲、否、Killするだけである。











「いらっしゃいませー! イーヴリンの魔道具屋へようこそ!」

 店に入ってきたのは黒髪黒目の青年だった。初心者の魔法職が着るような何の飾りもない安っぽい黒ローブを着て、こちらはちょっと奮発したのだろう、鉄製のメイスを腰に差している。

「……すみません、探しているものがあるのですが」

 プレイヤーの店に慣れていないらしく、とても緊張しているようだ。

「はいはい、何でも言ってよ、初心者さんでしょ? お安くしておくよ?」

 今は初心者でも、これから先のお得意様だ。彼女は磨きに磨いた接客スキルに邪眼をプラスして相手に好印象を抱かせようとする。

 ――効かない。運悪くレジストされたか?

「それで、何をお探しかな?」

 青年を店の奥に招き入れる。距離が近ければ確実に効くだろう。

「…………その、」

 青年が何かを言いよどむ。もう一度邪眼を、と思った時、腹に何か熱い衝撃があった。

「俺、邪眼スキル効かないから」

「へ? ……な、何言って」

 腹を見ると、ナイフが……銀製のナイフが刺さっていた。

 ――痛い、体が痺れる。

「どこでどうやってプレイヤーが吸血鬼になったのかは知らねえ。たぶん魔族領域で噛まれるかどうかしたんだろうな。別にプレイヤーが吸血鬼になったって構わねえ。でもな」

 青年はもう1本のナイフを胸に打ち込んでくる。

 また銀製だ。吸血鬼は銀によって麻痺の状態異常を起こす。体が自由にならない。力が入らない。

「そういう他人襲うようなプレイスタイルをするってんなら、やり返されるって覚悟ぐらいしておきやがれ、くそったれが!」

 青年が抜いた腰の鉄製メイスには、銀の突起が付けられていた。

「ま、待って! 何でこんなこと……!」

 声を振り絞ると、青年はメイスを振り上げて、言った。

「てめーの吸血のせいで吸血鬼になりかかってるやつがいるんだ。お前を殺す以外にどうにかする方法があるなら、言え」

「! そ、そんな! 私は下僕だから、吸血してもちょっと操れる程度だって言ってたのに――!」

「……ないなら、死ね」

「や、やめて、おねが――」

 メイスが振り下ろされた。






 ヤヒコが彼女を殺した後も、彼女の体はその場に残っている。プレイヤーは死後3分の間、そのまま死んで『死に戻り』するか、他者からの蘇生を待つかを選ぶことができる。吸血鬼状態でもそうなのかはわからないが、『死に戻り』をされる前に、彼女の体を店の窓際の、日光のあたる場所に移す。そして彼女の胸に、鞄から出した木の杭を突き刺す。メイスで叩いてどうにか貫通させた。ゲームや小説などでよく言われている殺し方だ、このゲーム内で効果があるかはわからない。

 日に当ててしばらくすると、彼女の体が退色しはじめ、白くなっていく。やがて端から崩れはじめ……全て灰になってしまった。窓を開けると灰は風に乗って外へと散っていく。

 これで『死に戻り』になったのか、完全にキャラがロストしてしまったのかはわからない。

 ゲームの中とはいえ、人間を殺してしまった。なんとかやり遂げたが、手が震えている。

「…………俺には、PKプレイは無理だな。度胸がない」

 店の中を調べると、いくつかの書類が手に入った。魔族領からの指令書らしい。一応彼女宛の記名があるので、これを証拠として公表するしかないだろう。

 彼女にも逆らえない吸血鬼がいたのかもしれない。だが、ヤヒコはエリンの無事を優先した。色々世話になっていることもあるし、それを除いても、これからも仲良くやっていきたかった。

 それはエリンだけでなく、彼とも。






 月が高く輝く真夜中。

「槐さーん! 起きてますかー!」

「うるさい帰れ。俺には仕事がある」

 槐は入口に背を向けて、作業をしているようだった。

「引っ越しですか?」

「……お前には関係ない」

「ありますよ! 引っ越し先、教えてくれるって言ったじゃないですか!」

「……お前、俺様が怖くないのか?」

 槐が振り向いた。

「へ? なんで?」

「何でってお前、俺様は吸血鬼だぞ。あんな下っ端の女とはわけが違う、高位の。もうわかってるんだろう?」

「そんな……こんな猫まみれ男のどこが怖いと」

「猫まみれとは何だ! そこに座れ、説教してやる! 猫はな、世界なんだ!」

「」

「あんなに可愛らしいものの魅力がお前にはわからんのか!?」

「飼ったことないんで……でもコウモリはフワモコで可愛いでs 鯛も可愛いです、やめて、水はやめて!」

「店の中に水を撒くなぁ!」

「何々? ……鯛子が言うには、槐さんが引っ越し先教えてくれないとまた水かけるだそうでs やめて、俺にはやめて!」

「………………お前というやつは!!」

 槐の目の色が変わる。


 ヤヒコが今日知ったことは、槐が本気で怒ると目が青から赤になる、ということだった。


エリンは槐の店に行った後、犯人だとは思わずにイーヴリンにも吸血鬼対策の協力を要請しに行き、そこで口封じも兼ねて襲われました。

ヤヒコが勝てたのは彼女の不意を突けたことと、彼女が邪眼をかけることに夢中でヤヒコの目しか見てなかったからですね。


そして、あんなに大好きな卵を槐さんが自分で取りに行けない理由がズバリこれです。

もしも水を渡れるようになったら、彼はすぐにでも手鞠鳥の島に移住し、マックス君と熾烈な争いを繰り広げることでしょう。

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