おとなもまねしちゃいけません
海竜の若者の間で今流行しているのが、『人間の船を転覆させて一体何人の人間を海に放り出せるか』という競争である。
最初は偶々接触して転覆した船に乗っていた人間達の驚き慌てふためく様が面白かった、という話から始まり、
『ちょっと人間驚かしに行ってやろうぜ!』
などという逆肝試し的な催しをする者がぽつぽつ出始め、いつの間にか流行り、今では熱狂的スポーツのような有様になっていた。
1頭の海竜がゆっくりと船に近づいている。
最近は人間のほうも警戒心が強くなり、見つかると攻撃を仕掛けてくるようになってきて煩わしい。己の影で接近に気づかれないよう、船の真下に入り、静かに近づいていく。相手はまだこちらに気づいていないようだ。
今だ!
彼は一気に急加速して船底までの距離を詰め――
すこーん
「ぎゃう!?」
彼は勢いよく頭をぶつけた。痛い。今までこんなに硬い船などなかった。どの船も彼が体当たりするだけで木端微塵になったというのに。
辺りが暗い。夜でもないのに海面近くがこんなに暗いはずがない。これはおかしい。
彼はやっと周囲を見回した。水がない。上を見上げる。天辺に開いた丸い穴から光が差し込んでいる。
……ここはどこだ。
彼は気づかぬうちに、水のない円筒形の穴の底に落ち込んでしまったようだ。穴の壁はつるりとしていて、登ろうとしたが滑って落ちてしまう。壁はなだらかな曲線を描いて広がり、一番広がったところから天辺の穴に向かってまた狭くなっていく。
まるで壺のように。
どうしたものか。彼は途方に暮れた。水さえあれば穴まで行ける気がするのだが、先ほどから魔法が使えない。ここはどこなのだろう。もしかして、自分は人間に捕まってしまったのではないか――
天井の穴を見上げ、溜息をついたその時。
その穴から勢いよく落ちてきた何かが彼に衝突した。
「よっしゃ! 2匹目ゲットだぜ!」
「おお、おめでとうござる! この調子でどんどん捕まえてしまうでござるよ!」
ヤヒコ達は水龍の長老から渡された壺を使って海竜狩りをしていた。
鯛子に乗ってゆっくりと頻繁に使われる航路付近を泳いで、船がいたら水中からそっと後をつける。そこに海竜が来て、船を襲おうとしたら壺に吸い込むのだ。
壺を覗きこむと、2頭の小さな海竜が目を回して引っくり返っているのが見える。勢いよく吸い込まれていったので、底に頭でもぶつけたのだろうか。
「まあ、死んでないみたいだし、静かだし、いいか」
次の海竜を見つけるべく、移動を開始する。
結局4隻の船を追いかけるだけで、18頭の海竜を捕まえることができた。
一度海底神殿に戻ると、3人の人物に出迎えられた。1人はアリーシャ、もう1人は水龍の長老、最後の1人は見たことのない人物だ。壮年の男性で、髪と瞳孔が縦に細い鋭い目は透明感のある瑠璃色、体の所々に瑠璃色の鱗があるのが見えるので、龍か竜の類だろう。生真面目そうな顔をしている。
「お疲れ様じゃのう」
長老は更に疲れが溜まっているいるようだ。目の下に隈ができている。
「捕まえた海竜達はこの壺に入れてくださいね。壺の上で逆さにして振れば、こちらに吸い込まれますから」
アリーシャが壮年の男性の前にある大人の腰より上くらいの高さの大きな壺を指し示す。
ヤヒコが言われたとおりにすると、小さくなったままの海竜達が次々に大きな壺へと落ちていく。
「18か……なかなか頑張ったのう」
「でもまだまだいますし」
アリーシャと長老からはこそこそした会話が聞こえるが、壮年の男がさっきから一言も言葉を発さない。無表情にヤヒコをじっと見つめている。ヤヒコも最初は睨まれているのかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。単純に観察されているだけのようだ。
「こいつらはこの後どうなるんですか?」
「そこにおる海竜の長が厳罰を与えるじゃろう」
先ほどから黙ったままの壮年の男は、海竜の長らしい。ヤヒコに向かって軽く頭を下げてきたので下げ返した。
「こまめに戻ってきて中身を移し替えるようにしてくださいね。中身は壺から溢れませんけど、そのかわりに中で圧死しても困りますから」
「了解です……で、結局、捕まえるのって何頭ぐらいなんですか?」
「「…………」」
「まさか、船転覆させるやつがいなくなるまで、なんて話じゃないですよね?」
「「…………」」
アリーシャと長老がそっと目を逸らしたので、つまりはそういう話なのだろう。
「……俺も頑張りますけど、そっちでもちゃんと捕獲してくださいよ!」
「う、うむ、もちろんそのつもりじゃ」
結局、ヤヒコがその場を辞すまで、壮年の男は何も喋らなかった。
結局事態の収束にはその後3日を費やし、ヤヒコがイリーンベルグに行く予定は大幅に遅れたのであった。




