迫る危機
「うおおお、大漁だあ!」
「でけえ鯛だなあ、おめでてえ!」
プレイヤーの釣り人たち――見た目は完全に漁師であった――がにわかに歓声を上げる。
彼らは釣りに限らず、漁業全般をするプレイヤーたちが集うギルドのメンバーであった。
そのプレイスタイルは、川辺海辺で釣りをする者、船で漁に出る者、はたまた養殖に手を出す者、様々である。
近頃メンバーも増え、構成員同士の顔を知らない者も増えた。そのため顔合わせと歓迎会を兼ね、『新歓釣り大会』を行っていた。
この浜が会場に選ばれたのは、『始まりの町』にも近く、出現するモンスターも比較的低レベルであり、低レベルプレイヤーでも気軽に参加することができるようにという配慮によるものである。
彼らが釣りや釣ったばかりの魚介の料理を楽しんでいる中、ギルドマスターがなんと1メートル以上ある真鯛を釣り上げた。伝説級の素材から作った最高級釣り具で釣っていたとはいえ、この初心者地域ではレアな出来事にもほどがある。
記念の魚拓だSSだ、あとは刺身に鯛茶漬けだ。汁物、煮付けに塩焼きもいいだろう。炊き込みご飯も外せない。
料理スキルを持っているものも多く、皆がその用途に胸を弾ませる。
わいわい楽しく騒ぐ釣り人達であったが、その時、信じられない事態が起こった。
釣り上げられた鯛が釣り糸を食いちぎり、あろうことか海ではなく浜辺を跳ねて逃げたのだ。
その姿はまるで陸を走るかのごとく、実際結構速かった。
思わず唖然とする釣り人達。だが、すぐに正気に戻り追いかけ始める。
必死で追いすがる釣り人達の視線の先で、件の鯛は砂浜をこちらに走ってきた初心者装備の青年の胸に飛び込んだ。
どうみても獲物の横取りであった。
「おいてめえ、どういうつもりだ!」
青年を取り囲み、鯛を返すように迫る釣り人達。
しかし、青年は鯛を抱きしめ釣り人をにらみつけるばかりである。
「いったいどんな汚い手を使いやがった!」
「そいつをとっとと返せ! 鯛も、鯛が呑み込んでるレア釣り針もだ!」
釣り人達の中から一人の筋肉質の男が進み出た。短く刈り込んだ茶髪に茶色の鋭い目つきの彼は、血気にはやった釣り人達を抑えつつ、青年に話しかけた。
「その鯛は今俺たちが釣ったんだ。返してもらおう。すぐに返してくれればなかったことにしてやるが……」
青年は男を無視し、鯛の口に手を突っ込み(鯛は驚くほど素直に口を開けていた)、釣り針を取り外すと男の顔に投げつけた。男の顔が怒りに歪む。さすがの彼もこれには冷静ではいられなかった。釣り人達の怒りはもはや爆発寸前である。武器(銛)を抜くものまで出始めたがしかし、
「うるせー! おれの鯛子に手を出しやがって! そっちこそいい加減にしやがれ!」
たいこ?
予想だにしなかった青年の発言に、一瞬動きが止まる釣り人達。
その時、青年の腕の中の鯛が紅く光った!
「まぶしい!」
「いったいなんなんだ!」
釣り人達も青年も、あまりの眩しさに目を覆う。
そして次の瞬間――
「波の音が……?」
「うわあ、大津波だ! 逃げろ!」
とんでもない大波が砂浜に押し寄せ、全てが波にのまれた。
青年も、鯛も、釣り人達も、何もかも。
うねりさかまくみずのなかで
せいねんはあかいころものしょうじょをみた
そんなきがした
気が付くと青年は、波間を漂っていた。
夕日が水面を赤く染めている。
目の前には鯛。ずっと目が覚めるのを待っていたらしい。
周りにはちらほらと釣り人達が気絶したまま浮かんでいる。元いたと思しき浜辺はかなり遠かった。
「えーっと、あれ、あの波は……お前がやったんだよな?」
鯛の返事はない。じっと青年を見つめている。
「その……なんだ、助けてくれて、ありがとな」
鯛が沈んだ。しかしそれは一瞬のことで、再び浮かび上がったとき、頭に小さな薄紅の珠を乗せていた。そして青年の顔面に体当たりする。
「もがっ!?」
珠を呑み込ませたかったらしい。しかし、言葉が通じないとはいえ、乱暴なことであった。そして鯛は青年に背を見せる。
「……乗れってか」
青年はおとなしく鯛の背に乗る。浜辺まで乗せてくれるのだと思ったのだ。鯛はそれなりに大きいため乗ることはできたが、その形状のために微妙にすわり心地が安定しない。
鯛は背中に青年が乗ったのを確認すると、沖に向って泳ぎだした。しかも段々と潜航していっているようだ。
「え? え? なんだそれ、ちょっと待ごぼぼぼぼー!」
青年の悲鳴はむなしく海に沈んでいき、そこには未だ目を覚まさぬ釣り人達だけが残された。
短編ではここまででしたが、もうちょっとだけ続きます。