こどもはまねしちゃいけません
NPC鍛冶ギルドの鬼親方にどつきまわされ疲労困憊したヤヒコは、気晴らしのため、久しぶりにイリーンベルグに行こうと海に出た。そこにある図書館で、何か役に立つ魔術の本がないか探そうと思ったのだ。何故魔術学院や大図書館のあるリンデンロウに行かないのかというと、最短旅程が陸路で数日かかり、海路で行くと大陸を大きく遠回りするかたちになるため、さらに時間がかかるからだ。ずっと陸路を行くとなると、いくら壺の恩恵があるからと言っても、鯛子に大きな負担がかかるだろう。
「はぁ……俺、鎧直せるとこまで行けるのかな……」
「諦めてはいかんでござる! 殿はよく頑張ってると思うでござるよ!」
ポケットから小さくなった白銀が顔を出す。福助はもう片方のポケットで寝ている。
ヤヒコは溜息をつき水平線を見やる。大分遠くの船が転覆するのが見えた。また海竜にやられたのだろう。
「またやってるよ……海竜共は一体何考えてんだ?」
見たからには救援に向かわざるを得ず、鯛子にそちらに向かってもらう。あとは救援ボートなら水先案内を、船の類がない場合はロープの端を鯛子に結び付け、各々そのロープに掴まってもらい、岸辺まで連れて行くのだ。積荷までは運べないのでそこは勘弁してもらっている。
何往復かして全員を近場の陸地まで連れて行ってやると、すぐにイリーンベルグに向かう。
救出が終わってからも長く留まると――といっても、10分20分程度だが――必ず沈んだ荷物のことについて文句を述べ立ててくる輩がいるのだ。そんなに惜しけりゃさっきのところまで戻って自分で取って来い、でいつも終わらせているのだが、煩わしいことこの上ない。
「ったく、しょうがねーなあ……」
などとぼやくヤヒコを、いきなり大きな衝撃が襲った。
空に跳ね上げられるヤヒコと鯛子。
彼らはそのまま海に真っ逆様に落ちた。
「~~~~~~! 海竜の野郎共、ついに俺達にまで手を出してきやがったのか!?」
加護のお蔭かすぐに海面に上がれたヤヒコは、周りを見回す。白銀と福助はかろうじてポケットにしがみついているようだ。鯛子もすぐに浮上してきた。
「誰だ! 出てこい!」
ヤヒコがカンカンになって怒鳴ると、少し離れた水面に、ちょこん、と顔を出したものがあった。
「海竜……じゃねーや、なんだコイツ……」
それは龍や竜の類ではなかった。黒い背に白い腹、滑らかな曲線を描くその容貌。
「あれか、シャチってやつか?」
テレビや水族館で見たことのある、恐らくシャチであろう生き物がそこにいた。しかし、いつも見るものよりずいぶん小さい。子供だろうか。
鯛子がすーっと近づいていくと、そいつは逃げようとしたが、鯛子に回り込まれた。
目の前でじーっと無言の鯛子。
それに対するシャチはきゅいー、とか、きゅいうー、などと存外可愛らしい声で鳴いているが、なんだか声が弱々しい。恐らく鯛子に叱られているのだろう。終いには素人目にもしゅんとした様子になった。
説教が終わったのであろう鯛子がヤヒコに近づいてくると、シャチもその後についてきた。ヤヒコが鯛子の背に乗ると、彼女はそのまま潜航しようとするので、少し待ってもらって福助を鞄に入れる。この防水防圧加護付の鞄の中なら問題ないだろう。恐らく鯛子が行こうとしているのは海底神殿なので、そこで溺れない加護を福助にも掛けてもらわないといけない。
海底神殿に到着すると、鯛子はシャチを連れたまま、ヤヒコを建物の奥に導く。
そこには人型をとった水龍の長老がいた。憔悴し、疲れ切った様子である。
「本当にすまん事だのう、ヤヒコよ」
水龍の長老は、何故か名乗ってもないのにヤヒコの名前を知っているようだ。そういえばアリーシャにもいつの間にか名前を呼ばれていた気がする。
「近頃、海竜の年若い連中が、船をいくつ転覆させたか競争するようになっての……儂も海竜の長と連絡を取り合ってどうにか止めさせようとしておるんじゃが、若い連中は何故か調子に乗っておって中々止まらんのじゃ」
「でも人間の間じゃ、海運に支障が出て物流が大幅に滞ってるんで、大問題になってるんですよ。近々大規模な討伐隊が出てもおかしくない。このままじゃ各神殿に運ぶ荷物も滞って、他所の神様からも文句言われるんじゃないですか?」
「すでに其処此処から苦情が来ておっての……頭が痛いわい。しかもその若い衆を見て、このような子供まで真似をするようになっておるのじゃ。ほれ、お前もちゃんと謝らんか!」
長老にこつんと頭を叩かれたシャチは、やはり子供だったらしい。頭を垂れ、きゃうー、と元気なく鳴いたのは、謝罪なのだろうか。
「……海竜さん達は船を転覆させた犯人を捕まえたりはしてないんですか? 俺達、よく船が転覆させられるところに行き合うんですけど、犯人はいつもそのまま逃げちゃってますよ?」
「恐らく、お主らがあまり警戒されとらんのじゃろうな。海竜と比べて体が小さいから見つかりにくいこともあるかも知れん。巫女姫殿に現場を占ってもらい、儂ら水龍も海竜達も犯人をできるだけ捕まえるようにしておるのじゃが、最近は警戒されて逃げられることが多くての……そうじゃ、」
「無理じゃないですかね」
「用件を言う前から否定するでないわ!」
「俺達に捕まえさせようっていうんでしょう? どうやってあの巨体を確保しろっていうんですか。無理でしょ」
「これを使うのじゃ!」
長老が取り出したのは、ヤヒコが鯛子を収納するのに使っているのと同型だが色違いの壺だった。
「お主が腰につけておる壺は、中に入る者が己から入らねばならんが、この壺は口を向ければ勝手に吸い込めるし、吸い込んだ者が許可せねば中の者は出て来れんのじゃ」
「それ他の余計な人とか物とかも吸い込みそうですね……」
「…………そうならんように、犯人だけ吸い込むような術を掛けておこうかの」
すっかり念頭になかったらしい。
こうして、更なる厄介事を押し付けられたヤヒコであった。
「……つーか俺、イリーンベルグに行くんじゃなかったっけ?」
「まあまあ殿、人助けは立派な仕事でござるよ!」
「あ、そうだ。仕事手伝う代わりに、俺と契約した召喚獣が水中でも溺れず普通に活動できるようにしてください! そうじゃないと仕事ができないですよ?」
「仕方ないのう……巫女姫殿に頼んでやるわい……」




