2人の職人
「ふふふ……」
「……」
「くくくくく……」
「…………」
「くくく……――どうしたヤヒコ。お前がそんなに静かなのは珍しいな」
「え うん、大丈夫、何でもないです……」
その日の採掘が終わって、夕食をとりに白猫料理店を訪れたヤヒコは、そこでばったり槐と出くわした。
囮卵を持ってきていないことを何故か責められ、閉口したヤヒコがその日拾った地竜の鱗を1枚槐に渡したところ、ずっとこの調子である。相席しても怒らない。
「槐さん、夕方以降は結構元気に動きまわってますよね、夜行性なんですか?」
「昼間は調子がでない。眠くて仕事にならん」
こんな質問をしても機嫌良く答えを返してくる。
「槐さん、猫が好きみたいですけど、飼わないんですか? 殆ど町にいるじゃないですか、お世話も平気じゃないですか?」
「……触ろうとすると何故か逃げられるんだ」
ご機嫌だった顔が膨れる。
「子猫とか貰って来れないんですかね、小さい時から馴らせば大丈夫じゃないですか?」
「ふむ……検討の余地はあるな」
また機嫌が直った。何か猫の妄想でもしているのか、ふふふと笑い出して正直怖い。
料理が運ばれてきた後も、食事が終わった後も、工房に戻ってからもその調子だった。
「槐さん……竜の鱗好きなんですか?」
「ん? こいつは質が良いからな。レアリティの高い武器防具のエンチャントに良いんだ。近所に竜が引っ越してきてくれて良かった、ワームの牙も手に入るしな……くくく」
まるで悪役のような笑い方であった。
「……もう1枚、いります?」
「いくらでも寄越せ」
ここ最近で一番機嫌が良かったのではないだろうか。
その女性がやってくるまでは。
突然工房のドアがノックされ、明るい女の声がした。
「槐ー! 久しぶりー!」
その声を聴いた時、ヤヒコの背に怖気が走った。
槐が舌打ちをしたのが聞こえた。と同時に作業場から寝室に放り込まれる。
「え、ちょ!」
「喋るな、居ないふりしてろ」
扉の外から槐の声が聞こえる。仕方がないので戸の隙間からそっと外を覗いた。
きい、と工房の戸が開くと、知らない人物が立っていた。
ショートカットの金髪に赤い垂れ目の女性であった。ワインレッドに金糸銀糸で刺繍した洒落たローブを着こんでいる。
彼女が工房に入ってくると、槐の機嫌が急転直下する。いつものしかめっ面よりなお悪いのが、こちらに背を向けていてもわかるくらいの機嫌の悪さだ。
一体何事か。
「俺様の工房に勝手に入って来るとはいい度胸だな、イーヴリン」
槐の声も凍てつくような冷たさだ。ヤヒコも今までにそんな声は聞いたことがない。
「まあまあ、そんなに怒らないでよ、同業者同士仲良くしようよ、ね?」
同業者、とは、この女性がエリンの言う例のイーヴリンさんのなのだろうか。
「そうそう、人伝に聞いたんだけど、君のところに新しいお客さんが来たんだって? 良かったね、久しぶりなんじゃない?」
「……貴様には関係のないことだ。用がないなら今すぐに帰るがいい」
「うふふ、照れ屋さんだなあ、槐は」
2人の会話が刃物を投げつけあっているようで怖い。イーヴリンのほうもあんな会話をしておいて、始終笑みを崩さないのも凄い。
「まあいいや、今日は近くを通っただけだから、またね、槐。今度その人紹介してよ! その時は一緒にご飯でも食べようね!」
そう言って、彼女は工房を出て行った。
しばらくすると、槐が溜息をついた。
「……もう出てきていいぞ」
というので、ヤヒコは猫まみれの寝室からそろりと出る。全く恐ろしい時間だった。
「えーっと、あの人、どちら様ですか?」
恐る恐るヤヒコが聞くと、槐のしかめっ面が3割増しになる。
「イーヴリンだ、聞いていただろう。エリンが最初にお前に紹介しようとした職人だ」
「……何しに来たんですかあの人……すごく怖い人でしたけど」
「敵情視察だろう。俺に客ができたのが気に食わんのだ、あの女は。今までにいた俺の客は皆あいつが盗っていった」
どうやら2人は商売敵らしい。
「しばらくあいつはここを嗅ぎまわるだろう。少なくとも2週間はここに来るな、絶対にだ」
「え、わ、わかりました……」
そのまま工房を追い出される。鍵までかけられた。
ヤヒコは仕方ないので、大人しく言うことを聞いておこうと思った。あんな恐ろしい争いに巻き込まれてはたまらない。
どうせしばらくは鍛冶の鍛錬で鍛冶場と鉱山の往復になるだろう。




