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腐ってもタイ! 連載版  作者: 中村沙夜


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洞窟に潜むもの⑤ ひっこしてきたもの

「――ということで、この方が今度あそこの洞窟に引っ越してこられた地竜さんです」

「よろしく頼む」


 白猫料理店閉店後、店内の広めの個室に、ヤヒコと地竜、エリンをはじめとした『白猫料理店』幹部、そして何故か槐が集まった。

 何故白猫料理店で会合をすることになったかというと、ヤヒコとのいつもの付き合いに加え、ギルド『白猫料理店』はこの《始まりの町》の町内会幹部、ギルドマスターであるエリンは町内会長、つまりはこの町の顔役を務めているからだ。

 本当に急な話だったので、世界各地に散っていた他の主要ギルドの主要メンバーはこの会合に参加できなかった。そのかわりに、隣室に待機している『白猫料理店』のメンバーがフレンドチャットを使って各主要ギルドと連絡を常時とっている状態である。


 あの後エリンにフレンドチャットで連絡を取ったヤヒコは、心配そうな顔のトミーからリンゴを20個、他の果物もいくつか買い、地竜を槐の店に連れ込んでリンゴを食べさせつつ、白猫料理店が閉店するまで待たせてもらった。槐は不機嫌になったが、男が地竜であると知るとやけに興味津々になり、そのままついてきたのだ。恐らく鱗狙いだろう。

 白銀には悪いが、もしも交渉が決裂し荒事になったときのために、小さくなってローブのポケットに入ってもらった。良いというまで喋らない、呼ばない限りは出てこない、という条件付きで。鯛子にも腰の壺の中で警戒してもらう。福助は地竜が怖いのかもう片方のポケットに隠れてしまった。


「地竜さん、はじめまして。私はこの町の顔役のようなものをしているエリンです。あなたのお名前はなんとおっしゃるの?」

「我は********という」

「? ――悪いけど、もう一度言ってもらえるかしら……?」

 龍や竜はたとえ人語を話していても、自分の名を名乗るときは、どうしても彼らの独自言語の発音になってしまうらしい。竜が吼えているような音なので、人間にはなかなか聞き取りづらい発音だ。

 ヤヒコとしては、今こそ龍語の役に立つ時、であって欲しかったが、龍の言葉とは話し方や発音が少し違うような気もする。しかし、他に方法がないので恐らくこれであろうという人間語発音に直してみた。

「……『レィエルディス』さん、でいいですか?」

「……『リェィエルディス』だ。お前は龍なのか? 人間に見えたのだが……」

「龍に知り合いがいるだけの人間です。――えーっと、何ていうか、人間には、龍や竜の言葉は聞き取りも発音も難しいんです。どうしても変な呼び方になっちゃうとは思うんですけど、そこは勘弁してください」

「了解した。では呼びやすいように呼んでいい」

「……では、私達はレイエルディスさんと呼ばせてもらっていいかしら?」

「構わぬ」

「それで、レイエルディスさんはリンゴをはじめとした人間の品物を手に入れるために、洞窟とこの町を行き来したい、というお話なのよね?」

「そうだ。あの洞窟の奥に我の好物であるワームの巣があるのでな、適度に食べつくさないようにして長く住むつもりだったのだが、人間の食べ物にも興味が出た。我にお前達を害する意思はない。ただ、物の取引がしたいだけなのだ」

 それを聞いた人々の間に安堵の空気が流れる。とりあえず今は町や人を襲ったりはしてこない、ということだ。隣室ではきっと各ギルドにその情報がもたらされているだろう。地竜に敵対の意思があるかどうかは、皆が一番気にしていた問題なのだ。

 あとは地竜があの洞窟をどの程度領有する気でいるかという問題だ。

 彼は今まで人間が所有してきた洞窟にいきなり現れ、『今日からここは俺の家ということにするからここに住む』と言っているわけである。似たようなことがある度に、はいそうですかと引き下がっていたら、なめられて他の領域まで好き勝手に奪われかねない。

 幹部や連絡員と通じている他ギルドとの話がまとまったらしいエリンが地竜に提案する。

「あの洞窟では色々な鉱石が採掘できるから、以前から私達人間は何度も中に入って鉱石を採ってきていたの」

「ふむ、鉱石はワーム共の主食であるからな……。それであの場所に巣を作ったのだろう」

「だから、そちらに危害を加えないという条件で、鉱石の採掘を続けたいの。あなたの好物であるワームに関しては、あの洞窟において、私達はワームに襲われない限りは能動的にワームを狩ったりはしないということで、どうかしら?」

「それなら問題ない。ワームを殺した場合でもその場に置いていくという条件なら、採掘も続けて構わぬ」

 これからも鉱石採掘に行っても問題ないようだ。地竜の目当てであるワーム素材はあきらめるしかないのでせめて鉱石をいただこう、という判断があったのだろう。

 そこでいきなり質問する者があった。

「お前、ワームはどこら辺を食うんだ?」

 槐だ。特に他と相談していたことではないようで、エリンが慌てた顔をする。

「身であるな」

「ワームの牙はどうだ?」

「牙など好き好んで食わぬ。偶々呑み込むことはあっても、普通に食い残すに決まっておろう」

「なら、それをこの町に持って来い。人間はあれを使って道具を作るんだ。俺様達が買い取ってやろう。お前はリンゴを買うカネが欲しい。俺様達はワームの身は食わないが牙は欲しい。お互い良い取引だと思うが?」

「牙ひとつでリンゴいくつ分くらいになるのだ?」

「大きさと質にもよるが、最低でも2つ3つは買えると思うぞ」

「……よかろう。今度持って来ることにする」

 ワームの牙だけは手に入ることになったようである。思わぬ収穫だ。

 その後は、地竜が洞窟のどのあたりまでを縄張りとするかの話になった。

 この前ヤヒコが彼と出会ったところ、あの巨大な広間は彼が棲家とするために魔法で作り上げた部分らしい。なので、そこから先を彼の領分とすることになった。ワームの巣もその先にあるらしい。それならば、彼の縄張りに入らない限りは、プレイヤー達がワームに襲われることはないだろう。


 これでだいたいの問題は片付いた。竜と人間が争えば――たとえ死んでも復活するプレイヤーが戦闘に関与するにしても――どちらにも甚大な被害が出る以上、あそこの洞窟の奥はもう、地竜の棲家ということにするしかないし、それでお互いが平和に暮らせるならばそれが一番だろう。

 ヤヒコが買っておいた追加のリンゴやその他の果物を土産に持って、地竜はその棲家へと帰って行った。






 地竜を町の門まで見送った後、店に戻ってきた人間たちは安堵のため息をついた。

 これで町の平和は守られたのだ。

 明日以降、地竜との契約は広く公開されるだろう。一部のギルドが勝手に交渉するなんて、という声も当然出るだろうが、急な事だったということと、一応お互いに平和に共存する方針である、ということを理解してもらわざるを得ない。


「明日から忙しいわねえ……」

「お疲れ様です」

「相手が人間に化けられるくらい強力な竜だったとはね。話が通じて本当に良かったわ」

「そうですね」

「それにしても、ヤヒコ君が人魚だけじゃなくて龍とも知り合いだなんて知らなかったわ。龍語も話せるし、すごいじゃない!」

「海底神殿に行った時に、たまたま会っただけです。龍語はまだ練習始めたばっかりなんで、まともに使えたもんじゃないですし」

「でも、これであの竜とは共存できそうで良かったわ。ヤヒコ君に感謝ね」

「俺様のところに質の良い素材が入ってくるのはうれしい。よくやった、褒めてやる」

「……え、槐さん、何か悪いものでも食べたんじゃ……」

「せっかく褒めてやったのに、何か文句でもあるのか?」

「いや、そういうんじゃないんですけど……」


 ポケットの中で、白銀は頑張って黙っていた。主人がもう出てよいと言ってくれるのを辛抱強く待っていたのだが、その後しばらく皆から忘れ去られていたのだった。


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