魔道具屋に行こう
「それにしても、ヤヒコ君の装備、ボロボロねえ」
「う゛っ」
ヤヒコが端っこのほうの客席でデミグラスソースのかかったとろとろふわふわなオムライスをいただいていると、準備がひと段落ついたらしいエリンが隣の席に来た。
「いや、なんか初日から色々あって……津波に巻き込まれたり召喚獣に海の底まで連れていかれたりしてたら、こんなにボロボロに」
「海の底? そんなフィールドあるのね。初めて聞いたわ」
「女神イリーンの神殿の本拠地があって、そこに連れてかれたんですけど……ものっそい怖いとこですよ……道中でかい深海魚とか水龍とかいっぱい泳いでるし、真っ暗だし寒いし……」
「それは大変だったわね……その壺何が入ってるの?」
「……例の鯛です」
「鯛ってオムライス食べるのねー、知らなかったわ」
「俺も今日初めて知りました」
ときおり腰の壺の中で鯛子が口をぱくぱくさせて催促するのでその都度オムライスをひと掬い入れてやる。気に入ったらしく、もう半分近く食われている。
「それでこっちに戻ってきて装備を整えようと思ったところでエリンさんに会ったんですよ」
「あら、そうだったの。どこで買うつもり?」
「まだレベルが……3なんで、とりあえずNPC店で一番安いの買っとこうかな、と。もうちょっとレベル上がったら、良いもの揃えようと思って」
いつの間にかレベルが上がっている。一応召喚獣と行動を共にしたり、海の底まで行って来たり、蛇と追いかけっこになったりと、忙しくしていたことは確かだが、どこら辺で上がったのかがさっぱりだ。
「そうそう、あの卵の島って蛇がいるみたいじゃない、会わなかったの?」
「あったんですけど、海に逃げました。邪眼がきつかったですね……鯛子に助けてもらったんで卵とられなくて済んだんですけど」
「鯛子? ……ああ、鯛子ちゃんっていうのね。召喚獣って名前気に入ると友好度あがるんですっけ。邪眼喰らったんだ……どれくらいスキル上がったの?」
「スキル、ですか?」
「知らないの? このゲームでは毒とか邪眼とか吸血とか魅了とか、状態異常はいちいち個別に耐性があって、しかもスキル制になってるの。だから耐性つき防具を用意するのが大変なのよねー。しかもレジストに成功しないとスキル上がらないし。毒は結構使ってくるやつ多いから上がりやすいけど、邪眼とか魅了とかはそもそも使ってくるやつが珍しいし、使われた時点で致命的な場面が多いのよね」
そんな説明がWikiにあったが、詳しいところは読み飛ばした覚えがある。
ステータス画面をいじくってみると……あった。他の状態異常がスキルゼロの中、邪眼耐性だけはスキルレベルが4になっている。こんなにすぐレベルが上がるところを見ると、マックス君はかなり強力な邪眼の使い手らしい。追ってくる間にも凄まじい視線を感じ続けていたが、邪眼乱発しすぎだろう。
「…………レベル4になってます」
「運が良いわね。鍛えようと思って鍛えられるものじゃないし、良かったじゃない」
今度和子さんからマックス君をお借りして邪眼耐性上げするのもいいかもしれない。彼のあの執着からして卵を報酬にすれば二つ返事で引き受けてくれそうだ。
「あの、長時間海に沈めても浸水しないアイテムボックスが欲しいんですけど、作ってくれる店って知ってます?」
このままだと全部エリンの世話話で終わってしまう危機感に駆られ、ヤヒコは質問を挟む。この町に居ついているギルドなら、そういう方面の情報にも詳しいかもしれない。
「あー、初期のアイテムボックスってただの袋だもんね、防水も防炎もついてないし。海の中じゃ大変よねー……」
しばらく考え込むエリン。
「そんなにお金ないので、なるべく低価格なものが欲しいです」
「うーん、そうねー……そういうものを作ってるとこで初心者さんでも大丈夫なところは、イーヴリンさん」
ぞわっとした。
「……どうしたの?」
「なんか、名前を聞いたとたんに背筋が……」
「あー、《危機察知》スキルかもね」
「でも、そのイーヴリンさんって、俺知らないんですけど、っていうか危機察知って何ですか?」
「一定以上の何らかの神の加護のあるキャラに備わるスキルがいくつかあるの。運営が公式に発表しているわけじゃないから、呼び方とかはプレイヤー側が勝手につけたものになるんだけど。《危機察知》はその名の通り、自分に迫る危機を事前に知らせてくれるのよ、どういうシステムで運営がこんなことを実現させているのか知らないけどね」
謎すぎるシステムである。
「私も料理の関係で、豊穣の女神と技術の神の加護を中級くらいまで上げてあるんだけど、前に狩りに行ったとき、狩場の奥地に進もうとしてそんな感じになったことがあるわ。で、引き返したら先に進んでた別のPTがレアフィールドボスに狩られて全滅、とかね……。イーヴリンさんのところがなんで駄目なのかはわからないけど、別のところにしときましょ」
「……はい。他のひとってどんな感じですか?」
「うーん……槐さんってひとがいるんだけど……むむむ……」
エリンが大変困った顔をする。余程の変人なのだろうか。ヤヒコは不安になってきた。
「まあ……腕はピカ一だから、まずは行ってみたら? アイテムボックスの他にも、色々なエンチャント系アイテムを作れる人だし。もうすぐ開店だからついて行ってあげられないけど、地図書いてあげるわ」
ありがたいことである。しかし槐さんとやらの人物評が不透明で全く持っていただけない。
開店と同時にエリンは席を立つ。表の看板を見てか魔法職の客が多く来店しているようだ。我先にとオムライスを注文している。
正直不安しかないが仕方なく、ヤヒコは件の店に向かった。
その店は、町の中心部から少し離れた奥まった路地にあった。店、と事前に言われているから店なんだろうとは思うが、看板も何も出ていないし、普通の民家と言った方がしっくりくる。扉に鍵はかかっていないようだ。不用心な。
「本当にここか……? ごめんください!」
勇気を出してヤヒコが戸をノックして開けると、中は店というよりは作業場だった。カウンターの類はない。大きな作業台が真ん中に置かれ、壁際に並べてある棚からは資材が床まで溢れ出していた。奥の方の棚は資材から本に中身が変わり、散らかった室内の最奥には書斎机のようなものがおいてあり、そこには灰銀の髪の人間が突っ伏していた…寝ているようだ。
「すみません、ここ、槐さんのお宅でいいですか!」
声をかけてみるが、机の人物は一向に起きる気配がない。
「…………えー……どうしろっていうんだよ、コレ……」
なんだかもう帰りたくなってきたが、それを堪え、資材を踏み越えて奥へと進む。
なんとか机まで辿りつくと、もう一度声を掛ける。
「すみません! ……へ?」
何かが顔の横を掠めた。振り返れば、ナイフが壁に突き立っている。
「…………誰だ」
殺気が充満した男の声。暗い青色の瞳には剣呑な光が宿る。
ここの店主、相当な危険人物らしい。
その後も全くまともな会話ができなかった。
客だと言えばまた寝ようとするし、エリンからの紹介だと言えば本当にめんどくさそうに帰れというし、そこを何とか、というといきなり白猫料理店の今日のメニューはなんだ、と聞かれる。
仕方なく素直に看板に書いてあったメニューを挙げていくと、囮卵と聞いた途端に店を駆け出して行った。
「何なんだアイツは……」
ヤヒコはそろそろ宿をとってログアウトしたかったが、ここで帰ると永久に話を聞いてもらえない予感がしたので辛抱強く待った。
それにしても小汚い部屋である。店主の椅子以外座るところもない。立ったままは地味に疲れる。
しばらくすると店主が帰ってきた。そのまま机の後ろの扉を開ける。寝室のようだ。
「ちょっと待った! 仕事頼みたいんですけど!」
「うるさい帰れ」
「いやです」
「大体お前のレベルは低すぎてうちの店のものが必要だとは思えん。帰れ」
「アイテムボックスにレベル関係ないでしょ!」
「アイテムボックスなんぞ他所で買え」
「耐水性のを頼むんならここだって、エリンさんが言ってたし」
「どこでも売ってるだろ」
「深海にも持ってけるやつが欲しい。そこらのじゃダメな気がするから頼むよ……」
「レベル3が海に何の用だ。大人しくそこらでレベル上げでもしてろ」
「いや、本当に必要に迫られてるんですってば」
埒が明かないので壺から鯛子を取り出す。
これには彼も驚いたようで、ヤヒコの腕の中でびちびちする鯛子を凝視していた。
「こいつが初期召喚獣なんですけど、しょっちゅう海を連れまわされるんです。深海にまで連れてかれるし、おかげで荷物がいつもびしょびしょで困ってるんですよ。完全防水のアイテムボックス、3万前後でなんとか作れませんか?」
「……腰の壺はどうした」
「海底神殿で人魚にもらったんですけど、さすがにアイテムボックスまで要求するわけにもいかないし……」
しばらく彼は何か考えていたようだが、立ち上がり、棚をごそごそ探って黒い鞄を取り出しヤヒコに投げる。
それは硬質で、鞄というよりはケースであった。アイテム収納限界は20個。
「3万5千。深海での耐性なんて試してないが、それ以上の性能となると5万以上になる」
「ありがとうございます!」
取引を済ませたヤヒコを入口まで追い出すと、店主――槐は寝室へ入っていった。どれだけやる気ないのだろうか。
なんとか念願のアイテムボックスを手に入れたヤヒコ。浮かれた彼は危うく忘れるところだったローブと杖を買い、早速深海へ旅立っていった。が、すっかり忘れていた深海の恐怖存在に晒されてまたもや涙目になった。
そして、肝心のアイテムボックスは神殿に到着するまでにべっこり凹んだ。水圧に耐えきれなかったらしい。
ヤヒコは泣いた。




