白猫料理店
主に食料・料理関係を扱う者が多く集う生産職ギルド『白猫料理店』のギルドマスターである料理人エリン。
彼女とそのギルドは資材や生産品の取引の関係で関わるギルドも多く、また初心者支援にも力を入れているため、対外的にも知名度が高い。生産職を目指すためのノウハウなどをギルドのブログやWikiで公開していることも大きいだろう。
ゲーム中に空腹ゲージがあるせいで食料は必須品であるが、種類とレア度によっては摂取することで一時的にステータスを上げたり回復薬の代わりにすることができるため、快適なゲームプレイに欠かせないものとなっていた。
「急にお魚抱えて走ってっちゃったから、みんな心配したのよ?」
「……すみません」
「まあいいわ、あれからあのお魚どうしたのよ?」
「いや、あれ、俺の召喚獣なんで」
「え! あの鯛が……まさか漁協とドンパチしたの、あなたなの!?」
もうあの話が広まっているらしい。名前は伏せてあるが、Wikiにも載ってるんだとか。なんてことだろう。ヤヒコは穴に埋まりたくなった。ゲームを始めたばかりなのに変なところで有名になってしまっている。
あの連中は漁協というらしい。そういえば、Wikiの著名ギルド紹介にそんな名前の有名ギルドがあったような。
「今、漁協が漁獲高ゼロの呪いをかけられて、解呪に必死だっていうじゃない。うちの店、あそこと直接海産物取引してたのよね……困ったもんだわ。この町の漁協直営店も店が開けられなくて困ってるみたい。うちは一応釣りができる子たちが頑張って釣ってきてくれてるし、他のプレイヤーさんからも買い上げをはじめたけど、量も種類も全く足りないのよ」
「た、大変ですね」
「そうなのよー……まあ、肉料理を増やして対応してるけどね。ただ、海鮮類の料理って魔攻魔防に関係するものが多かったから、魔法職の人が困っちゃってて……」
「…………へー」
補足すると、魔攻は魔法による攻撃力、魔防は魔法に対する防御力のことである。
一向に途切れない話に冷や汗をかきつつ、ヤヒコはそういえばこのひと料理人だった、と思い出す。
料理人ならば――
「……あの、イリーンベルグから来る途中で偶然拾ったんですけど」
この卵の価値も解るのではないだろうか。囮卵をまずは1つ取り出してみる。
「! これは!」
「途中ででかい蛇に追いかけられて大変でしたけど、なんとか持って来れました。複数あるんですが、買い取りしてもらえませんか?」
「やった! ありがとう! これ魔防関係の料理に使えるの。1つ5千で買い取るから、一度うちの店に来てくれない?」
そんなわけで、彼女の店に行くことになった。
白猫料理店《始まりの町》本店。噴水広場にほど近い、立派な店構えの飲食店である。白を基調とした外装に白猫をあしらった可愛らしい釣り看板。猫の形の窓と足跡の形の焼印のついた扉を開けると、カランカランとベルが鳴った。
「いらっしゃいませー! ……って、ギルマスじゃないですか、お帰りなさーい。そのひとは?」
「うふふ、聞いて! 今日は手鞠鳥の囮卵が手に入ったの!」
「え! すごいじゃないですか、どうやって手に入れたんですか?」
「彼が持ってきてくれたのよ!」
営業時間が近いのか、何人かがテーブルを整えたりしている。
エリンはウエイトレスらしき人物と会話しながら奥へ進んでいく。ヤヒコも恐る恐るついて行った。
店の奥にある厨房はとても広かった。幾人もの料理人があわただしく下拵えをしていた。全員プレイヤーらしい。
「はーい、みんな、注目ー! ……えーっと、君は」
「ヤヒコです」
「はい、本日はヤヒコ君が手鞠鳥の囮卵を持ってきてくれましたー拍手ー!」
「「「おおー!」」」
やけにテンションが高いギルドだ。半ば気圧されながらも、ヤヒコは調理台の上に人の頭ほどの大きさの卵を8個並べた。どうせ自分では料理できないのだし、全部出してしまおう。
「多いな!」
「これはすごい……よく蛇に食われなかったな!」
魚が入らなくなってから、魔法職のために彼らはこの卵をメニューに入れようとしたらしい。が、ことごとく鳥につつかれ蛇に邪眼で奪い取られと散々な目にあい、しかも移動距離が遠く輸送が大変なため、断念したとのことだった。
「このところ船が海竜に襲われる被害が増えてるのよ。陸路経由だとさらに遠いしねー……」
エリンは溜息をつく。海竜が船の底に体当たりして、船が転覆する事件が後を絶たないせいで、海運が滞り、物流も同時に滞っているらしい。食材が偏るので材料の代替品を仕入れたりメニューを変更したりと忙しいようだ。
「全部で8個だから……4万ね。はいこれ」
「ありがとうございます」
思ったより高く売れた。現在の需要がうなぎ上りであることに加え、元々料理につく効果が高く、どちらかというとお金に余裕もあり効果の高いものには金を惜しまない攻略組向けメニューなのだそうだ。それに、この卵は1つ1つが大きいため、数人前の料理ができるのだという。
「サーシャ、急いで看板と店内のお品書き書き換えて。今日の特別料理は手鞠鳥の囮卵のオムライス、限定30食よ! 食事効果も書いといてね!」
「はーい!」
先程のウエイトレスが走っていく。
「あっそうだ、ヤヒコ君もせっかくだし食べてく?」
「え、いいんですか?」
「もちろん! こんなに持ってきてくれたお礼よ!」
なんとも気前の良いものだ。
Wikiによれば、囮卵は一定以上のスキルのある料理人でなければ調理できないが、どんなメニューに使用しても大変美味らしい。思わぬ収穫であった。




