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闇空のスカイライト  作者: 日明 観影
一章 知は旅の始まり
9/34

目覚め、出会い

 とある人里離れた森の奥の更に奥。森の終わりにそびえる絶壁。

 硬い岩盤が積み重なってできた岩土壁の中腹からは、止めどなく水が溢れだし地面を抉り、流れる。

 

 何人も寄せ付けぬ、雄大、神秘。弾ける水飛沫でさえも、光る粒子に照らされて美しい。

 

 そんなまさに、秘境とも言えるこの場所の滝の中腹辺りに、まさに破裂寸前と見える光の玉が突如として現れ、そして―弾けた。

 極光たる光の中から現れたのは黒と金。

 

「うっ眩しい……? 僕は、助かっ―」

 

 意識が朦朧としていたのを、眩い光で強制的に覚醒させられた少年は、すぐに別の事実に目を覚まされる事になった。

 

「!? うわぁぁぁぁあああ!!」

 

 数秒後、流れ落ちる水に負けるとも劣らない水飛沫が上がった。

 近くの樹に居た三匹のリスが、キュー、と鳴いて、訪れた来訪者に向かって、不思議そうに、同時に首を傾けた。




 しばしの静寂、来訪者がなかなか水面に顔をださない事を不審に思ってか、三匹のリス達が滝壺へと駆け寄り、もう一度顔を同時に傾けた時。

 ザパァッ!とアルバがマリアを両手で抱えながら水面に顔を出した。

 

「ハァハァ……凄く、深かった……」

 

 まさに、息も絶え絶えといった感じの彼は、渾身の力を振り絞って、水を吸い重くなったローブを着たマリアを川岸へとあげた。

 しかし、彼自身は半身を未だに滝壺の水の中に漬けながら息を整える。


―上がれない。


 元々、身体の線が細く、体育会系の人間ではないアルバ。

 もちろん、学園でも武器を使用した戦闘訓練はあり、ある程度の筋力と体力はあるはずなのだが。

 今の彼の身体は、あちこちに打撲や裂傷、それに、おつかいと称した肉体労働のせいで、かなり疲弊していた。

 

 アルバの身体が滝から流れ落ちる水量にしては妙に緩い川の流れに、ゆっくりと滝壺に誘われて行く。

 

 水中の彼は決して、事態の整理に追い付かない頭を冷やしたい訳でもなく、あちこち痛い身体を水に漬けているのが、気持ち良い訳でもなく、つまり―限界。

 

 徐々に岸を掴んでいた腕の力も無くなり、身体を支える事も辛くなってくる。

 

(うっ……力が入らない……)

 

「うわっ!! がっ…!」

 

 ついにアルバは、水の中へと抗う事もできずに沈んでいってしまう。

 

 マリアは、気を失っているのか規則的に息をするだけで、何の反応も示さない。

 

(もう水面に上がる気力もない……。ここまで、なのかな……。でも、マリアは、守れた……)

 

 ゆっくりと滝壺の底へと誘われていくアルバ。

 もはや、誰も彼を助けるものはないと思われたそのとき。

 

「何か沈んだで?」

 

「そうだね兄さん」

 

「フフ、滑稽ね」

 

 二人以外には誰もいないはずのこの場所に、人が死にかけているとは思えない、なんとも緊張感のない三つの声が発せられた。

 

「どないする?」

 

「助けるべきじゃないかな?」

 

「フフッ、早くしないと溺死ね」

 

「しゃあないなぁ……」

 

 調子の軽い男と、誠実そうな男、ひねくれた女、といった風な声の持ち主たちの小会議は終わったようだった。

 

「てなわけや。居るんやろ? 助けたってや、『ウルム』」

 

 調子の軽い男の声が何者かに話しかけた瞬間、滝壺の底から水色の光が溢れて、その中から薄い泡に包まれて宙に浮くアルバと、明蒼色をした女性が現れた。

 

 滝壺に浮くその女性は、まさに、女神と呼称しても過言ではないほどの美貌を持ち、慈愛に満ち溢れたような瞳で周りを見渡した。

 そして、彼女が助けた少年とは別に地面に横たわる少女の姿を見つけると、その瑞々しい唇を動かし―。

 

「あらあら、そこに雨の日に轢かれたヒキガエルみたいに汚く、そう“汚く”寝そべっているのは―マリア?」


―毒言を吐いた。

 

「こいつらの事知っとんか?」

 

「……ええ、片方は、とても。でも、このいかにも、そう“いかにも”ガリ勉優等生そうな少年Aは知りません」

 

 ウルムと呼ばれた女性はそう言いながら右手を動かした。

 アルバの入った泡はその動きに合わせてマリアの隣りへと移動し、割れて、アルバを俯せに地面へと降ろす。

 

「プクク……。ヒキガエル二匹」

 

「不謹慎だからやめなって」

 

「それにしても珍しいなぁ……。この里に“ワイザー”が来るなんて」

 

「とりあえず、起きるまで待ちましょう」

 

 一向に目を覚ます気配のないアルバとマリアを取り囲むようにして眺める四つの影。


―沈黙した無音の空間が形成されて数秒後。

 

「早く、そう“早く”起きなさい」

 

「ちょっ早いて早いて!」

 

 止める声も虚しく、僅か数秒でウルムからの水砲がアルバの頭に直撃した。

 水が当たったとは思えないほど豪快な、爆発音の様な音が響く。

 

「ブッ!! なっなんだ!?」

 

 強制的に後頭部に水砲を食らい叩き起こされたアルバは、咳き込みながらも必死に目を擦って体制を変え、半身を起こした。

 

「おぉ! やり過ぎやと思っとったが、生きとったで!」

 

「良かったね少年A君。ウルムは意外と手加減を知らないから」

 

「ちゃんと手加減はしてますよ。あの程度では、そう“あの程度では”精々カエルが潰れるくらいです」

 

「フフ、カエルが生きカエル……。プクク」

 

 反射的に身体を起こしたアルバだったが、視界に映った会話主たちを見ると、すぐにそのまま身体を地に投げ出して、今度は仰向けに寝転がってしまった。

 

「あらら、やっぱり驚いちゃうみたいだね」

 

「起きなさい」

 

「ちょっ! 次も顔はやばいて!」

 

 ドッパァン!!と、またもや金髪少年の顔に水砲が炸裂した。

 

「ブフゥ!! ゲホッゲホッ!!」

 

「フフ、鼻水……鼻から水……。プクク」

 

 今度は正面で受けて、鼻の中まで入ってきた水に噎せ返りながらも、アルバはもう一度半身を起こし、目の前の現状を見た。


―どうやら彼は現在の状況を認めざるを得ないようだった。

 

「リスが……喋ってる……」

 

 目を擦ってもう一度見ても、目の前にいるのは、紛れもなく小動物。

 

(腹話術か何か…いや、幻想呪文イマジンスペルか! だとしたら、何処かに魔術師が―)

 

 自分達の置かれた状況を冷静に判断したアルバは、すぐに周りを警戒するように後ろを向いた。

 

「あらあら、どうも。はじめまして、名もなき、そう“名もなき”少年A君」

 

「―どっ…どうも…って、ええぇぇ!?」

 

 振り向いたアルバが見た女性は美しかった。

 街中で見掛けたならば、声を掛けずにはいられないだろうほどに。

 

 しかし、アルバの驚愕には、別に理由があった。そう、彼女は―透けていた。

 その姿はまさに水の造形。女性特有の流線形の傾らかな身体の先には、暗い森の木々が映っていた。

 

「まさか……、水のレミエル……?」

 

「あらあら、わりと、そう“わりと”博識なんですね。博識な少年A君に格上げです」

 

「テレッテレ~!! ランクアップやな!!」

 

「おめでとう、博識な少年A君。今日はお赤飯かな?」

 

「ドングリしかないのにお赤飯。……プクク」

 

 どうやら、幻想でも腹話術でもないらしい。奇妙な場所に来てしまって、肝心のマリアもまだ目を覚まさない。

 覚悟を決めたアルバは、奇妙な一人と三匹に話を聞くことにした。



 ▲▽



 アルバの頭は、あまりに色々なことが有りすぎて、パンク寸前だった。

 

 夢で出会った少女に実際に出会い、奇妙な老人に殺されかけた。

 それでも何とか助かたったようで、今は滅多に見えることのないとされるレミエルと、こちらは聞いたこともない喋るリスに囲まれている。


―明らかな“非日常”普通の人間ならば困惑して当たり前だ。


 だがしかし、アルバは心の中で自分が歓喜していることに気がついていた。

 求め続けた世界の根源。夢物語の一旦を手繰る手掛かりを、ついに見つけ出したのかもしれないのだから。



 改めて、彼らと向き合って見ると、やはり異様な光景としか思えない。

 闇魔の中には、人語を理解し人間を騙して捕食するといった種も見られると聞いたことがある。

 しかし、このリス達はこちらを騙す様な気配もなく、むしろ、からかって楽しんでいるような雰囲気だ。

 アルバが首を捻りながら三匹を観察していると、不意に頭上から声が掛かった。

 

「それでは、先ずは私。『ウルム』と申します。ご察しのとおり、貴方たち人間が、勝手に、そう“勝手に”明人種と呼んでいるレミエルです」

 

 嫌に一部分を強調してくるウルムに、アルバの顔も引き攣る。それに続いてリス達も自己紹介を始める。

 

「次はワイやな! ピーや! よろしゅうな!」

 

「ターだよ。僕ら三人は兄妹なんだ」

 

「パンよ。……プクク」

 

 確かに、挨拶もなしに話を聞こうなんて、無礼なことだ。と未だ呆気にとられながらも、アルバは挨拶を返した。

 

「あっ、うん。よろしく。僕の名前は、アルバ。エルキミアから来たんだ。この娘は―」

 

 アルバが、まだ気を失っているマリアを紹介しようとすると、ウルムが右手でそれを遮った。

 

「その娘のことは少なくとも貴方よりは知っています。ですから、貴方の無駄な、そう“無駄な”説明はいりません。長くなりそうなので、先ずは服を乾かしましょう。~~~♪」

 

 そう言って、ウルムがまるで讃美歌のように美しい声で歌い始めると、アルバとマリアの身体が薄い水色の光に包まれた。

 

 微温湯にゆったりと浸かっているかのような心地良さがアルバを包む。

 思わず脱力している内に、びしょ濡れだった二人の服や髪がみるみる渇いていき、水色の光が消え去った頃には、痛々しかった外傷さえも治癒していた。

 

「すごい……。歌で発動する呪文なんて聞いた事ない」

 

 アルバは傷の癒えた自分の身体を調べながら呟く。

 

 レミエルという存在がなぜ人類と位置付けられながら、他種と共存しないのか。それは、この異質さによるものなのだろう。

 思考の世界に入ったアルバは、一人納得した様に首を何度も縦に振った。

 

「おーいアルバー? 起きとるか?」

 

「んっ? あっ、どうしたの?ピー」

 

「感動中すまんのやけど、歌にだまされたらあかんで?」

 

 は?とピーの発言に対してアルバが返した直後に、水砲がピーに直撃して彼は滝壺に向かって吹き飛ばされた。

 

「ピーはお喋りですね。神秘的な雰囲気を醸し出して、純粋で馬鹿っぽい、そう“純粋”で”馬鹿っぽい”彼に間違った知識を与えようとしましたのに……」

 

「ウルムは、意思だけで魔法使えるからね」

 

「ハァ、残念、そう“残念”です。―さて、そろそろ本題に入りましょうか。先ずは貴方たちの経緯から話してください」

 

 コロリと態度を変えるウルムに若干不安になりながらも、アルバは、自分達の状況を話すことにした。

 不思議と静かな森の広場で、座談会にも似た雰囲気で物語は語られる。



 

「って訳なんだよ」

 

 アルバが事情を話し終えると、一人と三匹は静かに相槌を打ちながら話を反復した。

 

「なるほどなぁ。マルシアっちゅう奴の奴隷なアルバは、おつかいに出かけたんやな」

 

「それで、無賃金の過酷労働に従事している時に、まさかの方向音痴を発揮したんだね」

 

「更に、プクク……。不慮の動物事故にまで巻き込まれる中、妄想の女の子に会ったのね」

 

「それで、色々あって、女の子との交際を認めないロリコンお爺さんに暴行を受け、最後は愛の力で、そう“愛の力”で駆け落ちしてきたと言う訳ですね」

 

「「なるほど~~~」」

 

「何か色々とちがぁぁぁう!!」

 

 駄目だ……この人達。と両膝をついて泣きそうになるアルバ。

 実はこの説明、三回目だ。完全にからかわれているのは分かっているが、それでも不安が募る。

 

 なにしろ、目の前で笑っている彼らは、アルバ達の住む都市の名前も、挙句の果てには、トルクすらも知らなかったのである。

 

 それに、当面の問題も挙がった。

 意識がはっきりしていなかったのでよくわからないが。彼は恐らくマリアの何らかの力でこの場所に転移してきた。

 ここが何処かは分からない。しかし、ウルム達の無知ぶりから、ここから二、三日歩いた程度では確実に人々が住む場所には辿り着きそうもないという事だ。

 

 もし、今隣で眠っている彼女が、超常的な力を行使してくれるならば、―“帰ること”は可能かもしれない。



 時間だけが過ぎて行く中、アルバの横で寝息をたてていたマリアが、んっ、と薄く瞼を開いた。

 彼女の瞳は周りの状況を確認するかのように忙しなく動いていたが、その視界に輝く金色が映ると動きを止めた。

 しばらくそれを眺めた後に、マリアはゆっくりと身体を持ち上げる。

 

「あっ! マリア! ……その、大丈夫?」

 

「―問題ない」

 

 アルバは、やっと目を覚ましたマリアを気遣って声を掛けた。が、彼女は相変わらずの無表情で返してくる。

 

 二人の会話でマリアが起きた事に気付いたのか、ピー達も足元に駆け寄ってきた。

 

「おっ! アルバの恋人のお目覚めや!!」

 

「ちょっとピー!! 違うってば!!」

 

 早速からかってきたピーの言葉に、思春期真っ直中のアルバの顔は朱に染まった。

 

 しかし、当のマリアはと言うと、ピーの発言にまったく動じる事もなく、ただ、宙に浮き彼女を観察していたウルムと視線を交わしていた。

 その視線の対象に気付いたアルバは、状況を説明しようと口を開いた。

 

「あっ、マリアに紹介しなきゃいけなかったね。彼女は―」

 

「レミエル。……人から外れた者。…世界の統治者ルーラー

 

 アルバより先に語り出すマリア。

 抑揚のない声で告げられた言葉に、ウルムの表情がゾッとするような微笑みへと変わった。

 それまで彼女が見せていた女神のような微笑みは、もう既にその表情からは消え失せている。


 あるのは純粋な―冷笑。

 

目に映る全てを、冷たい水の底へ引きずり込んでしまいそうなほど冷たい瞳が、マリアを射ていた。

 

 その彼女の豹変に、マリアは彼女を良く“理解”しているかのように眼光を鋭くする。

 

 相手を射殺すかのような眼差しで二人は見つめ合い続ける。

 

「え、ちょっと、何を……」

 

 口を挟もうとしたアルバに、ウルムの凍てつく視線が、一瞬だけ向けられた。

 

「ああ、これは幸運な、そう“幸運な”ことですね。貴方が、鍵守リーベルですか」

 

「…………」

 

 長い沈黙がその場を支配する。

 轟々と落ちる滝の音も、微かに揺らぐ樹々の音すらも、今は聞こえない。―緊張と硬直。

 

 アルバはこの状況の中において、何の発言もする事が出来ない。いや、許されない。

 マリアとウルムの間に起こる何かが、彼を自然と無の世界へ誘ったのだ。


―何も話せない。思考が働かない。


 この永久に続くかと思われた沈黙は、渦中の少女によって破られた。

 

「終了……芝居は、もういい……」

 

「―へっ?」

 

 少女の予想外の言葉と、それに続いた少年の間の抜けた発声によって、先ほどまでの息も詰まるような重苦しい雰囲気は一瞬で消え去った。

 

「うふふ。ちょっとだけ、そう“ちょっとだけ”博識な少年A君に意地悪し過ぎましたね」

 

 先ほどまで何人も寄せ付けない雰囲気を醸し出していたウルムは、会った直後の彼女と同じ、いや、それ以上に柔和な笑みを浮かべていた。


―まるで我が子を見守る母親の様な包容感あふれる表情。


 そんなウルムの言葉に、マリアは肯定するように首を縦に振りながら、口を小さく開いた。


「彼は……、恩人」


「あらあら、貴女……。少し、そう“少し”変わりましたね。……とにかく、お帰りなさいマリア」

 

 ウルムは、その一見掴む事は出来ない様な水の身体で、彼女を優しく抱き締めた。

 ―それは聖画のような、とても絵になる光景だった。

 

「えっ? えっ? どういう事?」

 

「ワイらにも説明してや~」

 

「どんな関係か興味はあるね」

 

 傍からみれば、感動的な場面だが、事情の飲み込めないアルバたちにとっては、困惑する他ない。彼らはすぐに説明を求めた。

 

 その言葉に、一人と三匹の方を振り向いたマリアの説明は、たった一言だった。

 

「―家族」

 

「「ええぇぇぇぇ!?!?」」


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