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闇空のスカイライト  作者: 日明 観影
二章 力は誰が為に
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ロアエ山 ~風の里~

 風精の谷は、今アルバたちがいる側の壁面にアリの巣のように多くの部屋が掘って作られているようだ。

 どの部屋にも、まだしっかりとした家具などが残っているというのに、そこに住民の姿は見られない。

 彼以外のレミエルの姿も見えない。レミエルはその生い立ちから人数が少ないので、この広い谷にも数えるほどしかいないのかもしれない。

 それにしても、あまりにも綺麗に残りすぎている。もう使われていないならば、もう少し荒れ果てていても良いというのに。

 埃も無く、まるで、突如住民が居なくなってしまったかのように保存された住居を見ながら、シルファリオの背中を追う。

 

 ふと、少し大きな広間に出た時に、シルファリオが足を止めた。

 更に山の深部へと続く通路の入口の上部に、模様が彫られている。

 それは、大きく左右に広げられた両翼。ハイザーの村で貰った髪留めと模様が似ている。


「やっぱり、ここは“翼の一族”が住んでいた場所だったんだねぇ……」


 彼女も、アルバと同じ違和感を抱いていたのだろう。そして、予想は当たっていた事を確信して呟いたのだ。

 ここは、彼女の先祖が暮らした場所。空を駆ける力を与えられた者たちが住んだ場所だ。

 シルファリオは何も言わない。ただ、意図的にその事実を気づかせようとして立ち止まっただけなのだろう。

 当時の生活が綺麗に残されている意味。この場所を去った一族への想い。

 彼は更に奥に進んでいく。風の里を護る役目を負っていた住民たちの足跡を辿りながら。



 窓の外から見える対岸の岩壁から察するに、もうだいぶ山の深部に至っている。

 二人がギリギリ通れそうな細い通路を抜けた先に、その場所はあった。

 奥に続く通路は無く、行き止まりになっている。部屋は半円状で、壁際には大きな穴が空いている。

 天井にも壁にも何かの模様をした壁画が描かれている。

 大きく口を開けた谷側の穴の傍でシルファリオが立ち止まり、三人の方を振り返る。

 

「さぁ、着いたよー。ここが、風の里へと繋がる、“風の架け橋”さー」


「橋? そんなものどこにもないじゃないか」


 穴の外には未だに底の見えない深い谷が広がっているだけで、どこにも橋と呼べそうなものは見当たらない。

 依然として谷の底から吹き上げる風が空間を揺らがせるほどの勢いで谷を分断している。


「だから、“風”の架け橋なんだってばー。そこのお嬢さんは二度目だねー」


「なるほどね。ここであたしの出番ってわけだ」


 シルファリオの言葉に、ノールが一歩前へと歩み出る。

 ここが、マリアが以前通ることができずに追い返された場所。

 加護を受けた翼の一族だけが、荒れ狂う谷の風を鎮め、道を切り開くことが出来る。


 一度はこの場所を去った翼の一族の末裔である自分が、受け入れて貰えるのか。

 既にこの背の両翼には空を駆ける力など残っていないというのに。


 ノールがゆっくりと穴の前へと歩み出る。その直後――。


――激しい突風がノールに襲いかかった。


「ぐっ!! なん、うわぁぁああ!!」


 堪えようと必死に地を踏みしめるが、圧倒的な暴風は彼女の身体をいとも簡単に吹き飛ばし、後方の壁へと叩きつけた。

 苦しそうに立ち上がるノールに駆け寄ろうとするアルバたちを手で制しつつ、シルファリオが言い放つ。


「迷ったね? ダメだよ、ノールメア。谷の風は、“心を見透かす”。風を“恐れるな”。君の翼は、“何のためにある”?」


「ぐっ、まったく……。厄介だねぇ。若い乙女の悩み位見逃してくれてもいいじゃないのさ」


 立ち上がりながらノールが軽口を叩く。穴の先に広がる風を睨みつけながら、再度谷に向かって歩み寄る。

 近づくに連れて、風が強くなっていく。油断すれば、また彼女は吹き飛ばされてしまうかもしれない。


 どんなに強がっても、心には少なからず不安は残るものだ。

 それを見透かされるのでは、誰もその場所に立つことはできない。


(そうだ。“恐れる”んじゃないよ。あたしの翼は、全てを背負って、“飛ぶために”ある!)

 

 ノールは、決意に満ちた顔で、――翼を大きく広げた。


 正面から暴力的なまでの風を受けながら、彼女の身体は吹き飛ばされることなく前へ進む。

 彼女の翼から、薄緑色の光が溢れ出てくる。

 アルバにはそれが見覚えがあった。


――“風”の魔素。


 通常は見ることができない、鮮やかに輝く力の奔流。

 魔法を使ってもいないというのに、彼女の翼から魔素が放たれている。

 これは、“魔法ではない”。そうアルバは感じていた。


 遂に、ノールは谷の淵に立った。そして、言い伝えられてきた、“風を讃えるその唄”を高らかに紡ぎ始める。



「『頬を撫でるは其の優しさ。髪を揺らすは其の慈しみ。翼を持ち上げる其の想いに応えて、ここに悠久の誓いを立てよう。我は吹きわたる風を伝える者。其の自由を護る者。いつまでも共に在らんことを。風守メイアベルの名において、ここに絆の橋を紡がん。大いなる風よ、我を導きたまえ』!」


 

 力強く、それでいて流麗に紡がれた“風の唄”は、猛る風にかき消されることなく、風に乗って谷に響き渡った。

 幾度も反響し、乱れた風を纏めていく。彼女の目の前にゆっくりと風が集まっていく。


「……お見事。君の心は、谷を鎮めるに値するものだった。さあ、渡りなよ。“世界を変える”旅をする若き旅人たち」


 穴の先には、谷を横断するように風の架け橋が出来上がっていた。

 まるで、囲いの中に風を閉じ込めたかのように視認できる空間の揺らぎ。

 ノールが空中に一歩を踏み出した。

 もうその身体を攫おうとする風はない。不思議な感じだが、確かに彼女の片足は空間を踏みしめていた。


「大丈夫そうだよ。さぁ! 行こうじゃないか!」


 アルバとマリアも風の架け橋に足を踏み入れた。足元から風に押し上げられるように身体が宙に浮くような感覚だ。

 そのまま対岸まで伸びる橋を渡っていく。対岸にも同じような部屋があるのが見える。


 ふとアルバは後ろを振り返った。シルファリオが着いてきていないことに気がついたからだ。

 彼は穴の手前に佇み、少し悲しそうな笑顔で小さく手を振っていた。

 彼は風の里には行かないのだろうか。外でまた新たな訪問者を待つためにあちら側に残るのかもしれない。

 それが、彼の使命なのかもしれない、とアルバは考えて、彼に手を振り返して先を急いだ。


「……僕らの罪は、許されないのかもしれないけど……。長い時を経ても、僕らの絆は受け継がれていたみたいだよ。嬉しいことだよね、『シルメリア』……」


 シルファリオは、架け橋を渡っていく三人の旅人を見送り、来た道を引き返していく。

 もう流すことは無くなったはずの涙が溢れるような、幸せな感覚を抱きつつ。


 ▲▽


 風の架け橋を渡り終えた三人は、同じように半円状で模様が一面に描かれた部屋に着いた。

 天井を突き割って生える輝く木の根もだいぶ細いものになっており、今までと比べて薄暗い印象を受ける。


「あれ? あのシルファリオとかいうちびっ子は着いて来なかったのかい?」


 ノールが後ろを振り返りながら一番最後に橋を渡り終えたアルバに問う。


「うん。橋の手前で小さく手を振ってたから、たぶん案内はあそこまでだったんだろうね」


「なんだい。随分人を焚き付けるような事を言ってくれたから、有力者だと思ってたんだがねぇ。見かけ通り、ただの案内役だったのかね?」


 まだ小鳥さんなどと呼ばれたことを根に持っているようで、ノールはつまらなそうに言う。

 しかし、彼女の発言を否定するかのようにマリアが首を横に振り口を開いた。


「それは違う。紛れも無く、彼は強い力を持ったレミエル。恐らく、精霊にも匹敵するほどの」


「ええ? 本当かい? なら、なんであいつは案内役みたいな事をやってるんだろうねぇ」


「それは、分からない。でも、精霊へと至ることの出来る条件は、現精霊に勝利することか、現精霊が何らかの理由で力を失うこと。彼もいつかは精霊に至るのかもしれない」


「修行のついでに、暇つぶしで門番兼案内役をやっているのかもね。結局、レミエルか翼の一族じゃなきゃ風の里には入れないんだし」


 結論は出ないが、この先にある風の里に、彼の事を良く知る人物がいるだろう、ということで話は纏まった。

 風の架け橋は既に姿を消し、風精の谷には荒れ狂う風の壁が表れている。

 彼らは、更に山の内部へと進む通路を下っていった。



 途中に部屋などはなく、緩やかに続く下り坂の通路を延々と下っていく。

 すでに明かりはなく、トルクで足元を照らしながらではないと歩くこともままならない。

 通路は右曲がりに緩いカーブを描きながら螺旋状に地下へと続いている。


 特に会話もなく黙々と歩き続け、足に疲労が溜まり始めたときに、下り坂は終わり、直線上に真っ直ぐと続く通路に変わった。

 通路の先には優しい緑の光が溢れている。その光に向かって歩いていき、通路の外に出た。


 とても広い空間だった。ドーム型に削られた岩壁の側面には住居のような穴が幾つも空いており、地面にも多くの建物が並んでいる。

 建物は異常に小さく、通常アルバたちが見たことがある住居の半分ほどの大きさしかなかった。

 ハイザーの村よりも広い空間の空中には、緑色に輝く巨大な宝石のようなものが浮いている。

 天井には巨大な穴が空いており、空中の宝石のようなものの天辺から、膨大な圧縮された風が吹き出していた。

 

 何かの遺跡のような荘厳さに彼らが驚いていると、側面の穴から少女の姿をしたレミエルが顔を出し、同じように驚いた顔でこちらを見た後に、叫んだ。


「うわーー!! 数百年振りのお客様だよーー!! みんなーー!!」


 透き通るような声で里に反響した叫び声に、辺りからひょこひょこと少年少女の姿をしたレミエルたちが顔を出す。

 皆、顔つきや体付きは違うが、どのレミエルもマリアよりも小さいものばかりだった。


「おお! 翼の一族だ!」


「ワイザーにリンブルなんて久しぶりに見たー!」


「おもてなしの準備をしなきゃ!!」


「精霊様に伝えろー!」


 総勢二十人ほどだろうか。空中に浮いた年端もいかない少年少女たちが口々にこちらを指差したりしながら騒ぎ立てる。

 その光景に呆気に取られながらも、とりあえずアルバは挨拶をすることにした。


「え、えっと……こんにちは……」   

     

「「こんにちはーー!!」」


 どこか想像していたものと違うレミエルたちの反応に、三人の混乱は暫く収まらなかった。



 暫くして、二人のレミエルがアルバたちを里の中にある比較的に広い住居に案内してくれた。

 それでも背の高いノールは背伸びをすれば天井に頭をぶつけてしまうほどの小ささだ。

 部屋の中央に岩を傾らかに削った丸いテーブルと四脚の椅子があり、そこに座るように促される。

 言うとおりに三人が椅子に座ったところで、髪にリボンを巻いた姿の少女のレミエルが話し始める。

 

「ようこそ、風の里へ! 会って早々に騒いでしまってごめんなさい。たぶん、三百年ぶりくらいの他種族のお客様だから、皆興奮しているんです。今、現精霊様でいらっしゃる『ウィレル』様にご連絡しているので、もう少しここでお待ちくださいねー」


 そう言って少女は深く頭を下げる。先ほどの住民たちの姿を見れば分かるが、彼ら“風のレミエル”は、外見的な成長はないらしい。

 そういえば、ウルムも百数年生きているというが、外見は生まれた時からあのままだったのだろうか。


「は、はい。ありがとうございます」


 外見では少女でも、彼女は自分よりも長く生きているのだと思うと、どうも気が引けてしまって、アルバは畏まった。

 彼女の隣にいるもう一人の少年の姿で黒いハチマキの様なものを頭に巻いたレミエルが申し訳なさそうに言う。


「ごめんなさい。僕たちには食物が必要ないから、この里には何も貴方たちにすぐお出し出来るものがないんです。今、仲間が外に採りにいってるので、待っていてください。恐らく、『ウィレル』様には今日はお会い出来ないと思うので、本日はこの家を自由に使ってお寛ぎください」


「何か質問等が御座いましたら、答えられる範囲でお答えしますのでどうぞ!」


 少年の言葉に次いで、少女が質問を投げかけてくる。

 何か心がモヤモヤするような違和感がアルバを襲う。その正体も分からないまま、アルバが彼女の問いに答えようとした時に、ノールが会話に割って入った。


「まあまあ。先に自己紹介といこうじゃないか。あたしは、ノールメア。こっちの金髪がアルバで、黒髪がマリアさ。あんたたちの名前を聞かせて貰ってもいいかい?」


「これはどうもご丁寧に。でも、ごめんなさい。私たちには固有の名称はないんです。名前を名乗れるのは、精霊様だけ。私たちは“ただのレミエル”です」


「この里で生まれた僕たちは、住民の顔を覚えているから特に不便はないんですが、たまにこの里にやってくる、外で生まれたレミエルたちが区別できるように、外の人間がしている装飾具を目印にすることにしています。彼女は『リボン』。僕は『ハチマキ』。それで区別して頂けたら良いかと」


「まあ、やってきた仲間たちは、なぜか、直ぐにこの里を去ってしまうんですけどね」


 そう言って彼らは頭の飾りを指さしながら、明るく笑った。

 固有の名前がなくても困らないという彼ら。アルバはふとウルムの事を思い出していた。

 ウルムは、彼らとは違ってレミエルという種族として一人で生まれ、生きてきた。

 自分と同じような存在はなく、動物たちからは種族の名前で呼ばれるという環境の中で、彼女は自分に名前を付けた。

 何か固有の名前を持たなければ、自身の存在が希薄になってしまうと危惧して。

 それは孤独ゆえに生まれた感情であったのだろうか。この里にいるレミエルたちのように、名前を持たずとも同じような他人がいることで、自身の存在を自覚することが出来るというのだろうか。

 集団の中にいるからこそ、明確な自身の存在を求めてしまうものなのではないだろうか。

 アルバには分からない。しかし、彼らとウルムでは何かが違う。


――そう。彼らには“個性がなさすぎる”。


 外見と相応に明るい態度で接してくれてはいるが、どこか機械のように統一された思考の印象を受ける。

 不思議な違和感の正体にアルバは気づいた気がした。

 しかし、それに気づいたからといって彼には何も出来ることはない。

 それよりも気になったのは、“名前を名乗ることが出来るのは精霊だけ”という点だ。


「じゃあ、一つ質問をしますね。“シルファリオ”というレミエルに僕たちはここまで案内してもらいました。彼について教えて貰ってもいいですか?」


 話の内容からすると、この里にも固有の名前を持った、外で生まれたレミエルもいるようだ。

 ならば、シルファリオも外からやってきたレミエルなのかもしれない。

 しかし、アルバには彼の去り際の少し悲しそうな笑顔が、どうしても忘れられなかった。

 アルバの質問に、二人のレミエルは笑顔のまま、表情をまったくを崩さずに答える。


「ごめんなさい。お答えできません」


「僕たちがお答えできる事ではないのです」


 その言葉に、少しも戸惑ったような様子はなかった。それが更にアルバの違和感を助長する。

 答えられないという事は、少なからず彼の事を知っているということなのに、どうして、――ここまで何も“意思を示さず”に答えることが出来る。

 マリアとノールも同じような表情で納得がいかない様子だ。

 

 暫しの沈黙。目の前の二人のレミエルは、彼らの訝しげな表情を見ても笑顔のまま次の質問を待ち続けている。

 やはり何かがおかしいと確信して、更に質問を重ねようとした時に、背後の扉もない住居の入口の方から声が掛けられた。


「お客様方ー! 『ウィレル』様がすぐにお会いになってくださるそうですよー!」


「あらあら、珍しいですね! お荷物はここでお預かりしますので、行ってらっしゃいませ」


 風の精霊に話を聞く。その為にここを訪れたのだから彼らにとっても好都合だ。

 言われた通りにある程度の荷物をレミエルたちに預けて、アルバたちは席を立った。

 違和感は感じるが、彼らから敵意は感じられない。それでも、一応武器は一言断って持っていくことにした。

 

 風の精霊に聞かなければならない事が増えた。

 

 シルファリオの事。レミエルたちの違和感。

 『ウィレル』という精霊が話を聞けるような人物であることを祈りつつ、彼らは先導する、頭に頭巾を被ったレミエルに着いていった。

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