新たな仲間を加えて
彼らがこの村に訪れて二日が経った。
本来ならばアルバが目覚めた翌日に出発をする予定だったのだが、ボロボロになってしまった彼のローブや、折れてしまったノールの槍の修理などに時間が掛かるため、出発は明日に持ち越されることになった。
昨夜は村を上げての宴会が開かれ、住民全員が彼らの活躍を讃え、彼らの旅の安全を祈り、新たな旅立ちを祝った。
今まで閉鎖的で、誰も好んで旅をしようとはしなかった村から、村の守備を実質指揮していたノールが彼らと共に旅立つと村長から宣言があったときは、多少ざわついた住民たちだったが、誰も反対するものはいなかった。
それだけ彼女に対する信頼が厚く、彼女の性質が深く理解されていたということだろう。
宴会から一晩明けて早朝、アルバはノールの家の裏庭に立っていた。
充分に身体を解した後に、短剣を取り出し、構える。
新たに柄になめし革を巻いてもらって少し手触りの違う短剣を軽く振るって、身体と短剣の具合を確かめてから、本格的に短剣を振るい始める。
「ハッ!」
小さく気合を込めた発声と共に、学園の戦闘授業で習った基本の型を思い出しながら繰り返し反復する。
この動きが短剣を使っての戦闘に活かすことが出来るかは分からないが、少なくとも鍛錬にはなる。
昨日の戦闘は、相手が知能の低い植物の闇魔であったから行動を簡単に予測し、対処することができた。
しかし、実際に動物型の闇魔となると、そう上手くはいかないだろう。
少しでも自分の能力を高めなければ、この先の旅で彼女たちの足を引っ張ってしまう。
それを危惧しているからこその行動だった。
「お! ちょっと気分転換に身体を動かそうと思ったら、同じような事を考えた奴がいるなんてね」
不意に家の物陰から掛けられた言葉に、アルバは動きを止めて振り向いた。
見てみると、そこには彼女の持っていた槍とほぼ同等の長さの木の棒を肩に担いだノールの姿。
「ノールさん。おはようございます。すみません、勝手に庭先を使わせて貰っちゃって」
「あはは! 気にしなくて良いよ! それよりも、その敬語と“さん”付けで呼ぶのは止めてくれないかねぇ。あたしもこれから、あんたたちの“仲間”なんだからさ!」
仲間という言葉がアルバの心に響いた。
「……そうだね。これからよろしく。“ノール”!」
「こちらこそよろしく頼むよ。“アルバ”」
互いを仲間であると認め合い、彼らは笑いあった。
この村にアルバとマリアが訪れたことは、誰かに導かれていたとしか思えない。
彼らが精霊を巡る旅をする上で、ノールたち“翼の一族”に助力を求めなければいけないことは明らかだ。
村長に彼らの訪問を予言したという謎の男。それが何者かは分からない。
その男の目的もはっきりとせず、敵か味方かも分からないという現状には得体のしれない不安と恐怖がある。
しかし、今はこの新たな仲間との出逢いに感謝をしたい。
それが、誰かに仕組まれた事だったとしても、彼女の想いは決して仕組まれたものではないのだから。
「さて、マリアも村を回ってくるなんて言ってどこかに行っちまったし、せっかくだから少し手合わせしてみるかい? お互いまだ怪我してる身だから、軽く身体を解す程度にね。おっと、魔法は無しにしとくれよ?」
「是非お願いしたいところだけど、僕は他に換えの武器がないからなぁ。実際に刃物を使ってやるのは危ないんじゃない?」
「なぁに、心配しなくてもいいさ。たぶん、本気で掛かってきてもあたしには傷一つ付けられないと思うよ。この前の戦闘を見てた分だと、機転は利くようだけど動きがなっちゃいない」
容赦のない言葉を放つ彼女に、アルバは少し悔しさを覚える。
実際に彼女の動きを見たからこそ、今の自分の実力では彼女に指一本触れることは出来ないと分かってしまう。
それでも、決してムキになることは無く、己の未熟さを認めることの出来る素直さと冷静さが、彼の良い所であるのだろう。
「そうだね。“まだ”僕じゃノールに一撃加えることは無理そうだ。でも、――いつかは追い抜いてみせるよ」
「ぷっ、はははっ! やっぱり根性あるねぇ。あんた、“強く”なるよ」
彼女がそう言いながら武器を構える。アルバもそれに答え、どちらからともなく動きだし、模擬戦が開始された。
▲▽
村の北側。マイルイーターとの戦闘が行われた場所は所々が焼かれ、そこに実っていただろう野菜は無事な物以外は全て土に混ぜられ、肥料とされる。
ボコボコと所々に空いた穴や、周りの黒く変色した大地を見れば、その異常さが分かる。
普段ならばここまで強い力を行使せずとも、あのくらいの闇魔ならば退けることは出来ただろうに、あの時のマリアには力を制御する余裕はなかった。
いや、闇魔に対する敵意が強すぎた。意思が強ければ魔法は力を強め、思えば思うほどにその効果は拡大していく。
特に彼女のように、ほぼ無制限とも言える力を行使出来るとなると、その効果は顕著に現れる。
マリアはこの光景を自身の戒めとする為に、記憶に留めようとこの場所に赴いた。
「あれ? 旅人のお嬢ちゃんじゃないか」
ふと背後からマリアに声が掛けられた。
振り向いた彼女の視界には、鍬を肩に担いだ三人の男たちの姿。
声を掛けてきたのは真ん中にいる男で、マリアもその顔を覚えていた。
闇魔が襲撃してきたときに、村長の家まで報告をしにきてくれた若い男だ。良く見れば左右にいる男たちも闇魔襲撃時に共に戦闘をしていた者たちだ。
「いやー、お嬢ちゃんの力は凄かったね! どんな原理かは知らないけど、刃も上手く通らないような相手を痺れさせたり、燃やしたりするんだもんねぇ」
「ほんとほんと! あんな力があるからこそ、その若さでも旅が出来るってもんだ」
直にマリアの力を見ていた男二人が感心した様子で彼女を褒め称える。
なんともむず痒い感覚に襲われつつも、話しかけられたのならばいつまでも沈黙しているのは失礼だと考えて、マリアは何か話題を探してみることにした。
目についたのは、彼らが肩に背負っている鍬。
「……それ。何をするの?」
「ん? ああ。この道具を使って、今からまた畑を作り直すのさ」
柄の部分を叩きながら説明してくる中央にいる男。
彼らは新しく畑をつくるために、こんな早朝から働きに来たという。
その元々の原因は闇魔にあるとはいえ、ここまで畑の状況が悪化してしまったのは自分のせいだと考えて、マリアは頭を下げた。
「ごめんなさい。畑、燃やしてしまった」
その一言に、三人の男たちは狼狽える。
「いやいや! お嬢ちゃんのせいじゃないって! 闇魔と戦った時も、ノールが最初から畑に火を放つって言ってただろ?」
「そうそう。昔同じ奴が攻めてきた時には、火矢を放って追っ払ったんだ。こんな事は普通ってもんよ!」
「いざという時の為にしっかり備蓄もしてあるからな。お嬢ちゃんが気に病むことじゃないよ。むしろ、良くやってくれた! って感じさ」
「……でも、たぶん、一部はもう生えてこない」
口々に彼女の責任ではない、と男たちが言ってくれるが、マリアの放った魔法は、地面に生えた草が燃えて地表を焦がす普通の火事程度では済まない。それこそ、地面の下から爆発するように一気に炎の柱が立ち上ったのだ。
闇魔も草も何もかもが燃え尽きた後でも、彼女の暴走した感情が地を焼き続けた。
この現状では、見るからに植物を育てることはできないように思える。
マリアがもう一度謝ろうとしたとき、男たちは既に荒れた畑の方へと歩きだした。
やはり怒らせてしまったのだろうとマリアが思った時、焼けた地面と無事だった地面の境目辺りを男たちは掘り始めた。
そして、目当ての物を発見すると、摘んでマリアに見せるように掲げながら言う。
「へへ。ほら、お嬢ちゃん。こいつが何だか知ってるかい?」
男の手に摘まれていたのは、何やら細長い透明な糸状のもの。揺らされているわけでもないのにくねくねと動いている所から、生き物ではあるようだ。
「こいつはね、『マグ』っていう生き物で、主に草原とかの地面の下に住んでるやつなんだ。凄い奴でね、どんな汚くて栄養の無くなった土でも構わず食べちまう。そして、それを栄養のある土と混ぜて浄化してくれるんだ」
「こいつのおかげで、この大草原も草が伸び続けるってわけさ。鬱陶しい位に繁ってただろ?」
「こいつがもう嬢ちゃんが焼いた土地に入り込んでるってことは、もう大地の再生が始まってるってことなのさ。そして、俺たちはその助けをしてやるために、土地を耕してやるんだよ」
「つまり、お嬢ちゃんの力がいくら強いからって、大地は負けたりしない。俺たちが何をしなくてもここは勝手に蘇っていくのさ。――“自然の力”って凄いと思わないかい?」
そう言って男たちは笑った。
自然の力を司る精霊の力を借りて扱う精霊術師であるはずのマリアが使った魔法でさえも簡単に元に戻してしまう力。
自然は、行使されるまでもなく彼女よりも大きな力を持っている。
そして、自然に生きる生命の力というのは、彼女が思っているよりもずっと大きく、強いのだ。
この男たちは、魔法なんかよりもずっと強い力を知っている。
時間が掛かっているように見えても、決して止まることのない悠久なる生命の営みの大切さを知っている。
それを、彼女も少し教えて貰った気がした。
「さーて! 次の収穫に向けて、そろそろ始めるか!」
「おうともさ! 嬢ちゃんが丁寧に野焼きしてくれたから、逆によかったんじゃないか?」
「ははは! 違いねぇや! 大豊作に決まってらぁ!」
陽気に掛け声を駆けながら土を耕していく男たち。
何となく、自分もそこに混ざって、自然の強さというものを味わってみたくなった。
「……手伝う」
「おっ! ありがてぇけど、嬢ちゃんにはちょっと重労ど――」
「『弾けて』。『混ざって』」
マリアの呟きに呼応して、男たちのいる場所を除いて、辺り一帯の土が頭上に弾け飛ぶ。
そして、空中で土がバラバラに混ざった後に、ピッタリと隙間を埋めるように元の位置に積もっていった。
「ん。こんな、感じ?」
呆気に取られる男たちを尻目に、黒髪の少女が混ざった土を手で触って具合を確かめていた。
▲▽
出発の日がやってきた。
準備を整えて、アルバは椅子に掛けてあった継ぎ接ぎができてしまったローブを手に取り、袖を通した。
怪我をしたアルバを気遣ってか、置いてあった荷物をノールが肩に担ぐ。
もう一度忘れ物などがないかを確認して、三人は揃って家を出た。
村の通りには旅立ちの見送りにこの数日間お世話になった村人たちが立ち並び、口々に彼らに声を掛けてくる。
何やら英雄が遠征に出かける様な雰囲気に少し照れながら、アルバたちは手を振ってそれに答えた。
村の北側の門に着くと、そこには三人の若い男たちと村長の姿。
三人が彼らの前に着き足を止めると、村長がゆっくりと杖を突きながら歩み寄ってきた。
「お主たちにこれを。これは、ワシら“翼”の一族が昔から受け継いできた幸運のお守りじゃ」
中央を歩いていたアルバに、村長が何かを手渡してくる。
それは、小さい広げられた純白の片翼を模した髪飾り。金属製のようだが、持ってみると羽の様に軽い。
「それと、これも持っていきなさい。ワシが持っていても宝の持ち腐れじゃからな」
そう言って村長は外套のポケットからトルクを取り出し、アルバに手渡した。
「ありがとうございます。この数日間、本当にお世話になりました」
「ほほっ。よいよい。お主たちの旅が幸運に恵まれることを願っておるよ」
それだけ言うと、村長は道を横に移動して、道を開けた。
アルバたちは村の門を潜り、だいぶ近づいたとはいえ、まだ遠くに見える『ロアエ山』を見つめる。
まだまだ先は長い旅だ。それでも、着実に一歩づつ目標に向かって前進している。
「ごめんよ。少し先に行っててくれるかい? すぐに済むからさ」
ノールがそう言って後ろを向いて立ち止まる。二人は頷いて、先に見送ってくれている村人たちに大きく手を振ってから歩きだした。
ノールは、ただじっと村の皆に目を向けて立ち尽くす。
村の住民たちも、静かにその姿を暖かな目で見つめていた。
生まれてから今まで。この村が彼女の故郷であり、守るべき大切な場所だ。
まだ若輩者ではあるが、もう良い大人だというのに、この村を本当に離れるのだと言う実感が彼女の固く握られた拳を震わせる。
飛び立つ鳥は、跡を濁さない。
たった一言だけで良い。最大の感謝を込めて。
――ありがとうございました? ――違う。
――お世話になりました? ――違う!
「――それじゃ、行ってくるよ!!」
いつものように、元気で明るい口調で放たれた言葉。
それだけで、充分だろう?
もう後ろを振り返ることなく、雛鳥は飛び立って行った。
――自由な、広い空へ。
▲▽
アルバとマリアは、まだ目に見えるくらいのところにいる。
ノールは、これから長い旅を共にする仲間の元へと全速力で駆ける。
途中で涙が頬を伝っていることに気がついて、みっともないからそれをゴシゴシと手の甲で拭う。
並んで歩き、足音に気がついて、こちらをほぼ同時に振り向く彼女よりも幼い仲間たちにそのまま腕を広げて抱きつき、腕の中に収めた。
ついでに翼も広げてその身体を包みこんでやる。
こんなに小さな体なのに、この子たちが関わっていること、背負っていることは相当重く苦しいものであるらしい。
詳しい話を聞いた訳ではないが、この子たちの力と、強い意思の秘められた瞳を見れば、そんなこと聞かずとも分かる。
しかも、聞いた話に依ると、まだこの二人は十五歳の“ちびっこ”らしい。
自分の方が、六歳も年上ではないか。
可愛い弟と妹が同時に出来たようなものだ。
「おわわ! いきなりどうしたの!?」
「む……。足が……浮く……。苦……しい……」
「いや、あたしがこの中じゃ一番歳上なんだなーと思ったらつい嬉しくてね! ノール改め、“姉さん”って呼んでくれても良いんだよ?」
「あはは。じゃあ“姉さん”はお幾つなんですか?」
「アルバ? 女性に年齢は聞くもんじゃないんだよ? どうしても聞きたかったらあたしを模擬戦で負かすことだね! これからは毎日ビシバシと鍛えてやるからさ!」
「ははは……。歳を聞けるまでに成長したときには、もうお婆さんかもね」
「ノー……息……首……」
「ああ! マリアの元々白い顔が青白く!!」
「はっはっは!! せっかくの美人なんだから、身長もこの機会に伸ばしなマリア! さぁ、出発進行ー!」
三人羽織のように奇妙な動きでフラフラと歩く三人の旅人たち。
(何はともあれ。――“楽しい旅”になりそうだねぇ)
草原を行く彼らの顔には、希望が溢れていた。




