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闇空のスカイライト  作者: 日明 観影
序章 運命の足音
3/34

魔法使いとは

 学園の一階にある大きな講堂には、多くの学生たちが足早に集まってきていた。


 講堂は教卓を中心にして半円のすり鉢状に、沢山の長机が配置してある。

 基本的に自由席なのだろう、アルバとレオンは最前列から数えて三列目の長机に座った。

 

 続々と集まりだす生徒達の声で講堂内は騒がしくなったが、授業開始の本鈴が鳴ると次第に波が引くように静かになった。

 本鈴に合わせた様に、青いローブに身を包んだ教授が意気揚揚と扉を開けて入ってきた。

 いかにも自己愛の強そうな若い教授がふん反り返るように教卓に着き、講義が始まる。

 

「さて、今日は魔法使い(マジックユーザー)のおさらいからいこうか。それでは先ず、各自で教本の該当箇所を黙読したまえ」

 

 教授の声はたいして大きくなかったが講堂の端まで届いた。

 教授の言葉に、各自が黙読する中、教卓でふん反り返る教授は鏡を取り出して髪を整え始める。

 どこまでも自己中心的な性格の男であるのが行動から見て取れる。

 

 アルバはチラとそれを見たあと教本へと目を向けた。



魔法使い(マジックユーザー)

 すなわち、“魔法”を使役する者。

 御伽話にでてくる様にキラキラと光って変身したり、コーヒーカップを空中に浮かせて運ぶ、等の様な可愛いものではない。

 自然の法則をいとも簡単に捩じ曲げてしまう―力。

 これが、トルクが世界に与えた影響の二つ目。

 

―魔法の誕生だ。

 

 教本によれば、魔法はトルクから発せられている魔素マナを触媒として、様々な事象(例えば何もないところに火を起こす等)を引き起こす奇跡の力らしい。

 

 魔法使いとは、現在この世界を事実上統一している第一都市。

 皇盟都市『エルドラン』で、厳しい審査と試練を突破したものだけが名乗る事の出来る正規の役職であり、その人数もそう多くはない。


―そもそも、魔法とは“ある条件”が揃えば誰にでも使える力だ。

 

 危険なのは承知の上で、魔法を使った犯罪もあるから魔法使いという役職もある。

 

 『魔法には魔法を』

 

 つまり、魔法を国家の安全の為に使うのが魔法使いなわけだ。

 

 それでは、魔法を使役する上での“ある条件”とはいったい何なのかと言うと、それは拍子抜けするほど簡単な事だ。

 その魔法を使役する相当量、または質のトルクを持っている事。それと、簡単な詠唱式スペル

 ―ただそれだけ。

 

 トルクから発せられている魔素が必要量あり、幼子でも覚えられる詠唱式さえあれば誰でも魔法を使役できる。

 もちろん、危険性も考慮されており、法的には三年以上の修学を経なければ使役することは許されない。

 

 詠唱式も至極単純なもので、まず始めに使役したい属性(火、水、風、雷、土、など)と、その属性を司る精霊の許可を宣言する。

 そのあとに、起こしたい事象を宣言するのだ。

 宣言は明確なイメージさえ自分の中で固まっていれば、それを表す近い言葉なら何でも良い。

 

 事象の規模はトルクの持つ魔素の質、量で変わる。その持続性は行使者の意思の強さに依存する。

 魔素を使い尽くしたトルクは固体からまた光の粒子に戻り、虚空を漂うだけだ。

 


(もっとも、そのトルクがどうやって固体になるのか分かってないんだから、無闇に使う事は出来ないはずなんだけどね)

 

 アルバはこの世界の矛盾の多さに、ただ苦笑せざるを得なかった。

 

 今、この講堂を照らしているトルクも、生活に使うほんの僅かな明りにしかならないトルクも、偶然どこかで発見または発掘された物が使われているにすぎない。

 いや、そう思わざるをえない状況にあるのだ。

 なぜなら、アルバ達のような一般人にトルクの入手先や流通経路などは一切公開されていないのだから。

 

 少し考えれば次々に沸いて来る矛盾、疑問、興味。

 それが自分の中で満たされない欲求としてふつふつと煮えたぎるのをアルバは日々感じていた。



 しばらくして教授が教卓の上にあるハンドベルを鳴らすと、生徒の目線が中央の教卓に集中した。

 

「読んだか? それでは、そうだな……レオン! 魔法使いと魔術師ソーサラーの違いを答えてみたまえ」

 

 ビクッ!とアルバの隣りに座っていたレオンが伏せていた顔を上げる。

 だらしなく開いた口の端からは少し涎がキラキラと光りながら糸を垂らしている。

 

(レオン寝てたんだね……)

 

 ワタワタ、と焦った様子で彼は教本の該当箇所を探そうとしているが、如何せん時間がかかり過ぎている。

 ふぅ、と呆れた様に教授は溜め息をつき、レオンに哀れみとも呆れともとれる感情のこもる目を向けた。

 

「講義中に居眠りとは、君の頭にはよほど沢山の夢でも詰まっているのだろうな。是非とも語ってくれるかね?」

 

「すっすみません!」

 

 講堂内の至る所で生徒達がそのやり取りを聞いて、クスクス、と笑った。

 恥ずかしそうに耳を垂らした彼を見て、教授は気が済んだのか、講義は続行。

 

(たぶん、次は僕だな……)

 

「それでは、隣りのアルバ! 魔法使い(マジックユーザー)魔術師ソーサラーの違い、及び、特殊な場合に行使する事が許された魔法例を一つずつ挙げるんだ」


 やっぱり、と予想通りの、いや、更に余計な追加要素まである教授の問いに苦笑しながらも、アルバは起立して答える。

 

「魔法使いとは、現在の首都である、皇盟都市『エルドラン』で行われている試験を突破した者だけが名乗る事が許される正規の役職です。警察や教師など、国家の重要な役職を担います。魔法使いは、魔法を使役した犯罪があった場合などに派遣され、特殊な場合には、呪文拘束魔法マジックバインドを使役する事が許されています」

 

 ふむ、と教授が肯定するように首を縦に振ったのを確認してからアルバは続ける。

 

「一方、魔術師ソーサラーとは、各都市ごとに組織された魔術局ギルドに属する者の事を言います。主に旅人や商人などの都市外へ出入をする役職は、魔術局ギルドに所属する必要があります。特殊な場合には、身体能力向上魔法マジックパワードを使役する事が許されています」

 

「ふむ、百点だな……。まぁまぁ勉強していると言う事か、アルバ、ご苦労だった。座りたまえ」

 

 なんとも褒められている感じがしないのは、教授の顔がつまらなそうにしているからだろうか。

 ははは……、と苦笑しながら座るアルバだったが、内心は、隣りのレオンの様に弄られる事を回避出来てホッとしていたのだった。

 

 アルバが席に座ったのを確認した教授は、指揮棒の様な物を取り出して、講堂内の生徒に良く見えるように、教卓の前に立った。

 

「先ほど、アルバが説明した様に、この世界は魔法使いと魔術師、この二つで成り立っていると言っても過言ではない。因みに分かっていると思うが、私は魔法使いだ」

 

 くるくると教授が手の中で回して弄っていた指揮棒の柄が小さな光を放つ。

 

「『火を操るは炎精の許しなり。灯れ』」

 

 ボッ!と杖の先端に人一人ほどの大きい火が灯った。

 おおぉ!と生徒達が驚きの声をあげたのを聞いて上機嫌になった教授は笑いながら説明を続ける。

 

「まぁこんなものだな。トルクがないのに魔法を使役できるのは私の指揮棒が“トロイ”だからだ」


 …………。

 

 しーん、と静まり返った講堂内に、教授は怪訝そうな顔をしたが、すぐに理解した様に数回頷いて解説を始める。

 

「あぁ“トロイ”とはトルクが組み込まれている武器の事だ。これは、トルク自体を持っている事とあまり代わりはないが、まぁスムーズに魔法を使役する事が出来るな」

 

 それに、石ころのようなトルクを素で持っていては不格好なだけだからな。と教授は付け加えて苦笑を見せる。

 

「それでは、次に魔法使いと魔術師の特殊条件下における、魔法の行使と禁止魔法について―」



 

 講義は淡々と進められていき、生徒達の集中力も途切れだした。机に伏している者も多くなってきた時、講堂内に至福の鐘が鳴り響いた。

 

「んっ? もう終わりか。それでは次の授業までに闇魔(イービル)について予習しておくように」

 

 そう言い残して、教授は講堂を後にした。

 パタン、とドアが軽い音をたてて閉まった瞬間に、講堂内の生徒から沢山の欠伸や溜め息が発せられる。

 

 淡々として教本に忠実な講義ほど生徒達にとって苦痛なものだ。

 それに更に自慢話が交ざっていれば、これは催眠術にも匹敵するのではないだろうか。

 

「ふわぁ……疲れたなぁ。なぁアルバ?」

 

「へぇ~、一回注意されたにもかかわらず、また机に伏せてたレオンが言うんだね?」

 

 うっ、と言葉を詰まらせるレオンを尻目に、彼は講堂を出る為に席を立った。

 

「あれ? どっか行くのか?」

 

「昨日、マルシア教授に呼ばれてたんだ、頼みたい事があるってさ」

 

「また厄介事か?」

 

 何かを察し、哀れむような、頑張れ、と励ますような瞳が、アルバに向けられた。

 

「たぶん、そうだろうね……」

 

 彼の言う厄介事というのが、アルバにとって不都合なものであるのは、疑いようもない。だからこそ、アルバはなんとも言えない困った表情でそれに返答した。

 

「ふ~ん……。行ってらっしゃ~い」

 

また机に伏せて、だるそうに呟いたレオン。


―助けてはくれないのか。


 手を振る変わりに彼の尻尾がフリフリとアルバを見送った。



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