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闇空のスカイライト  作者: 日明 観影
間章2 紅の慟哭
24/34

残されたもの2 ~真紅~

 燦々と輝くトルクが、講堂内を照らしている。

 講堂の中には疎らに学生たちが次の講義までの時間を過ごしている。

 机に顔を伏せた者。友だちと楽しそうに談笑している者。隅っこの席で意味も無く筆を手の中で遊ばせている者。

 

 魔法学の講義も終わり、十分ほどの短い休憩時間を学生たちがどう過ごそうと、彼らの勝手である。

  

 その中に、燃えるように紅い髪を持つ体格の良い少年が、眠たそうにその身を起こし、目を擦っていた。

 気怠るそうに周りを見渡し、未だ帰ってこない不憫な親友を哀れむ表情を見せる。

 彼の頭にあるフサフサの触り心地が良さそうな耳が、周囲の音を探るようにピクピクと動いた。

 

 そんな彼に、廊下から講堂内に帰ってきた多くの学友が話しかけてくる。

 

「よぉレオン! 良い夢は見れたかい?」


「おはようレオン君。いっつも眠そうだね」


「レオン! 今日帰りに飯食いに行かないか?」


「気を付けないと単位落とされちゃうよ!」


 大抵は彼を茶化したり、心配する様な声だ。これは、彼が学園内でも人気があり、人望があるからこその“親愛”の証だ。


 言葉を掛けてくれる学友たちに返事を返しながら、レオンは次の講義に備えて教本を入れ替え始めた。


 隣の席には、彼の親友である、アルバの荷物が置かれている。

 生真面目でガリ勉優等生のアルバの事だ。きっと、必死になって講義に間に合うように帰ってくるだろう。


 彼の脳裏に、金色の髪を持つ少年が講義開始の鐘とともに講堂内に帰ってきて、注目を浴びながら恥ずかしそうに席に着く姿が空目される。


 次の講義まで少々時間があるのを時計で確認し、水でも飲みに行こうと、レオンは席を立った。



 まだ学生たちが多く残る廊下を、ツカツカと歩いていく。彼が視界に映ると、先程の様に多くの男女が彼に話しかけてくる。

 それに軽く言葉を返しながら、彼は覚め始めた思考でぼんやりと考え事をしていた。


 

 彼には、最近、不思議に思っていることがあった。


―それは、リンブルとしての種族の“起源”。


 それも、―“突然”、まるで彼の中で何かが覚醒したかのように、急速に疑問が膨れ上がってきていた。

 あまり勉学が得意ではない彼にとって、その疑問を追求するには何をすれば良いのかは分からない。


 三日ほど前に、世界の謎を解き明かしたい、とだいぶ前から学園に遅くまで残って調べ物をしているアルバに、その疑問を問いかけてみた事があった。


 彼が言うには―。

 一説に、今のように世界が変革した時に、魔素を多く含んだトルクに触れていた動物たちが魔法によって知識を付け、人間に近づこうとして進化を遂げたのではないか、という話があったらしい。

 

―とんでもなく“眉唾”な話だ。

 もしその仮説を受け入れてしまえば、リンブルである彼らはワイザーに憧れた“動物”。言ってしまえば、彼らに劣る存在だという事を認めることになる。

 

 そんな事実を認めたくないのは当たり前だが、真実は分からないのだから仕方がない。

 両種族の研究者たちも、既にその真実を求めることもなく、事実として受け入れてしまっている場合が多い。

 周りのリンブルの学友たちも、特に疑問を持っているような様子は見えないのだから、何とも“奇妙”な感覚だ。


 自分だけが、何か大きな意思から外れてしまったような。


―自分だけが正常ではない“異端者”のような感覚。


 彼は、なぜそのような疑問を持つようになったのか、自分に問うていた。



 ▲▽ 



―彼は、“孤児”だった。


 彼の出身地は、同じエリヴァール大陸、エルキミアから割と近い山奥の森の開けた場所にある小さな集落だった。


―今は、もう“ない”。


 集落には百人に満たないリンブルだけが住み、名前もなんであったか彼は覚えていない。いや、名前があったのかすら分からない。

 

 魔法を扱うものは居らず、都市のように魔法障壁で守られている訳ではない。

 それでも、彼らが闇魔などの外敵に屈せず生活を続けることが出来ていたのは、彼らが生来とても身体が強く、身体能力が高かったことが要因だろう。


 

 リンブルと言っても色々な一部形態を持つ物がいる。

 狼や熊などの屈強な者もいれば、兎や鼠などの一見弱そうな者もいる。

 しかし、どんな動物の形態を持とうとも、リンブルの身体能力は何れかの面でワイザーよりも優秀なのが事実だ。


 レオンの両親は、狼と狐の形態を持つリンブルだった。

 

 同じ人間であるからにはその混血という者は当然いる。

 しかし不思議な事に、その両方の形態を持つ子供が生まれる事はなく、両親のどちらか一方の形態を受け継ぐのが常識だった。

 

 彼が受け継いだのは、彼の母の形態。

 

 両親は強かった。集落に攻め行った闇魔をことごとく蹴散らし、集落を守る姿は幼い頃の彼の憧れでもあった。


―しかし、彼が五才ほどの頃に、集落は“滅ぼされる”ことになる。


 あれから十年ほどの歳月を経てもまだ、彼の脳裏にはその凄惨な光景が焼き付いている。

 決して豊かではないが、平和な暮らしをしていた彼らを襲った悲劇。


 それは、一匹の闇魔と一人の人影によって齎された惨劇だった。

 多くの闇魔をその身で倒してきた集落の住民ですら歯が立たなかったその“化け物”たちは、瞬く間に集落を蹂躙した。


 

 寝静まった集落に、突然響く爆音。地が揺れ、家がガタガタと振動する。

 直後、見張り台に設置してある警鐘が集落中に鳴り響いた。


 事態に気づいた両親は、彼を近くの木陰に隠し、絶対に姿を見せないよう言いつけて、爆音の聞こえた方に駆けていった。

 走っていく両親の背中を見送る彼には、集落の入口の方に、赤々と燃える炎と煙が立ち上っているのが見えた。


 幼い彼でも、この事態は“異常”であることに気がつく。今まで襲いかかってきた闇魔の中に、あれほどの力を持ったものはいなかった。


 震える身体。聞こえて来るのは多くの悲鳴と聞いたこともない化け物の狂気の雄叫び。

 彼は小さく身体を丸め、耳を塞ぎ、その恐怖が自身に降りかからない事を祈るばかりだった。


 

 どれほど経っただろうか。ふと、耳を塞いでいても聞こえて来ていた音が止んだ。

 手を離し、彼は恐る恐る立ち上がり、集落の方を振り返る。


―そこは、地獄だった。


 燃える家。引き裂かれて地面に散らばる住民の身体。

 普段なら暗くてあまり見えない筈の集落の惨状が、揺らめく炎の明かりで照らされ、彼の目の前に姿を現していた。

 そして、その中に散らばるものは、彼が良く知っている者たちの、愛してくれていた者たちの―“死体”。


―“赤”。視界の全てが真っ赤に染まっていく。燃え盛る炎が、飛び散った血が、彼の視界を覆い尽くす。


 彼は堪らず、胃の中の物を吐き出した。その喉を焼く刺激に噎せ返りながらも、彼はその景色から視線を外さない。

 そして、彼の目はこの惨劇を引き起こした者の姿を視界に捕らえた。


 既に集落に興味をなくしたのか、踵を返し森の方へと歩いて行く巨大な闇魔と紅い人影。

 口元から火が漏れている、巨大な蜥蜴型の闇魔。


―“紅い”。燃え盛る炎よりも、地を染め上げる血よりも“紅い”闇魔の瞳が見える。


 もしかしたら、視界に入っているかもしれない。

 それでも、―彼は“睨み”続けた。

 

 彼の大切なものを奪った者を目に焼き付ける為に。



 

 幸いと言うべきか。化け物が彼の方に振り向くこともなく、彼は助かった。


 化け物が去った後も、レオンはその場を動けなかった。


 誰か生き残っているかもしれない。助けを待っているものがいるかもしれない。

 それでも、幼い彼には、それを確認する勇気も、目の前で起きた事実を完全に受け入れることのできる強さもなかった。


 涙を流すこともなく、焼け落ちていく集落を呆然と眺め続けた。


 山からの不審火の連絡を受けて、エルキミアから魔術師が派遣されたのは、次の日の朝のことだった。

 幸いな事に、周囲の山に火が燃え移る事はなかったようだ。


 駆けつけた魔術師が見たのは、完全に焼け落ち、未だ燻った煙を上げる家々。地に染み込んだ血。散らばる元は人間だった筈の肉塊。


 そして、それを木陰で呆然と眺め続ける、紅い髪の幼い少年の姿だった。


 

 ▲▽



 水飲み場にたどり着いたレオンは、脳裏に蘇った記憶を振り払うように、顔に水が掛かるのも気に留めずに蛇口から出る水に顔を突っ込んだ。


(最近、何度も同じことばっかり思い出してんなぁ……)


 顔をあげると、水に濡れた彼の顰めっ面が窓にぼんやりと映る。

 

 あれから、保護された彼はエルキミアの施設に預けられ、引き取られることなく、そのまま施設の院長の養子として面倒を見てもらえることになった。


 アルバの様に引き取られていく子供も少なくはないが、それでもやはり、引き取り先が見つからず、そのまま施設に預けられたままの子の方が多い。

 

 院長はそんな子供たちを全て自分の養子として引き取り、本当の親の様に愛情を注いでくれる。それに感謝して、子供たちは施設を助ける為に努力し、その寄付で施設は成り立っている。


 もちろん、国からの援助金もない訳ではないが、それでも十数人の子供を預かる施設には資金が足りない。


 レオンも例外ではなく、学園に通わせてもらっているのも、魔術師となって施設を援助するためだ。


「あー! 止めだ止めだ! 只でさえ俺は頭悪ぃのに、気ぃ取られてどうするよ!」


 水滴を飛ばすように首を振りながら、自分に言い聞かせる。

 

 自分がリンブルであるからどうだというのだ。自分が他のリンブルとは違い、ワイザーが居ない環境で生まれ育ったからといって、今の生活に不満があるわけではないのだ。


 なぜ、彼の集落が襲われなければならなかったのか。なぜ、あそこにリンブルだけが住んでいたのか。なぜ、都市外に住んでいたことを―“隠さねば”いけないのか。


 沸き上がる疑問を振り払い、彼はもう一度水を飲み下すと、来た道を戻った。


 そろそろ講義開始の鐘がなるだろう。急がなくてはならない。


 

 ▲▽



 結局、彼の親友が講堂に駆け込んでくるような事はなく、彼不在のまま講義は淡々と進み、そして終わった。


 時刻はもうすぐ昼前。午後からの講義は長い昼休憩のあとなので、レオンは食事をするために学友とともに学園の近くにある食堂へと向かっていた。


 あの無遅刻無欠席を心情としていたアルバが講義に出席しなかった事は驚いたが、彼は―“あの”マルシアに呼ばれたのだ。

 

 何か無茶な事を頼まれたに違いない、とレオンは心の中で彼に合掌を送った。


 

 あと少しで食堂に着くという時に、―それは起こった。


 楽しく会話していた彼らの頭上で、小さく何かがひび割れるような音が響く。

 最初は微かに、そして一定の間隔で音が大きくなっていく。


 その音にいち早く気づいたレオンが闇の空を見上げた時、突如として赤い炎の塊が現れ、凄まじい音と共に空を駆け、そして都市に―“衝突”した。



 地を揺るがす衝撃がエルキミア全体を震わせる。

 吹き荒れる風に砂が舞い上がり、小さな小石が容赦なく彼らを襲った。


 顔を庇うようにして交叉させた腕の隙間から、レオンは見た。


―都市が、燃えている。


 彼の記憶の中で赤々と燃える集落と同じように、いや、それ以上の威力と恐怖を持って、赤々と燃え盛る炎。立ち昇る黒煙。


 呆然と立ち尽くす彼の頭上で、また炎の塊が何かから放たれた。

 直後に響く爆音と、周囲の学生たちの悲鳴、学園から鳴らされる警鐘。


(同じだ……。あの時と、俺の記憶と!)


 立っていられないほどの地響きの中、レオンはその惨劇を直視し続ける。

 そして、その足は自然と学園の外へと向かい走り出していた。


「!? レオン!! どこいくんだよ!! 危ないって!!」


 その姿を見た学友が彼の背中に叫ぶが、彼の足は止まらない。彼には今すぐにでも駆けつけなければならない場所がある。


(ふざけんな! また、……また、失ってたまるかよ!!)


 こんな自分の世話を見てくれている院長。たまに顔を出せば自分を慕い、集まってくる施設の子供たち。


―大切な“家族”。


 あの時は何も出来なかった。ただ震え、自分が助かることだけを祈るばかりだった。

 だが、今は違う。まだ魔法も使えない未熟な身でも、両親から授かった、成長した肉体がある。


「助ける! “絶対に”だ!」


 学園に向かって避難してくる住民たちとは反対に走りながら、彼は強い意思を込めて叫んだ。




 施設まではなかなかの距離がある。爆炎は施設がある方向からはまだ上がっていない。

 となれば、施設にいる彼らも緊急の避難場所である学園へと向かっているはずだ。


 施設から学園までの道のりを頭の中で思い起こしながら、一番彼らが通ってきそうなルートを考える。


 時折近くで悲鳴が響いたり、魔法の行使によって引き起こされたと見られる様々な事象が迸るのが見えた。

 それが意味するのは、都市内に何か生命を脅かすような“敵”が出現しているということだ。


(どういうことだよ! 魔法障壁が破られたからといって、高い城壁があるからそう易易と都市の中に入って来れるはずがない! まるで―)


 出来るだけの速さで駆けるレオンは不信感を抱いていた。

 

 その時、彼の前方にあるトルクに照らされた建物の影から、黒い闇が泡の様に盛り上がっていくのが見えた。

 その影よりも濃い黒い物体は、どんどん大きくなり、動物の形を作っていく。

 完全にその姿が定まると、纏っていた闇が剥がれ落ちるように、その姿が露になった。


 体長二メートルほどの熊。その眼は赤く、体毛は不自然な程に黒ずんでいる。


「っ!? 闇魔!?」


 彼の前に突然湧くように現れた敵に、彼は驚きを隠せず立ち止まった。


 何度か幼い頃に闇魔を見たことがあるレオンには、それがどういうものか分かっていた。

 そして、彼の考えは正しかったことを確信する。

 

「こいつら、影から湧いてやがったのか!!」


 あまりにも早い都市内への侵入。

 それはそうだ。彼らは“直接”侵入してきていたのだから。

 

「グルァァァァ!!」


「クソッ! 相手してられっかよっ!!」

 

 一度は足を止めたレオンだったが、今は家族の為に急がなくてはならない。

 

 意を決して、彼はその闇魔の横を通り過ぎようと駆ける。

 

 闇魔がこちらに気付き、その腕を振るう。

 当たれば肉を削ぎ落され、骨すら砕かれるだろう一撃を、レオンは間一髪でしゃがんで避け、そのまま振り返らずに走った。

 

 狼の形態を持つリンブルである彼の足には熊の闇魔も着いていく事ができなかった。


 


 施設があるのは、都市の児童関係の建物が集まった児童区画だ。

 ここには、彼の言う保育施設や、別の養護施設などがある。

 

 子供が集まる場所であるからには、彼らを護る為に比較的多くの魔術師や魔法使いが待機しているはずだった。


 施設へと続く道を走るレオン。もうすぐ目的地に着くというのに、道中に彼の家族たちの姿や、逃げる子供たち、居るはずの力ある大人たちの姿を見かける事はなかった。

 

 嫌な想像が掻き立てられる。それを振り払って、彼はまた足を早めた。


 もしかしたら、別の道を通ったのかもしれない。または、救助を待って施設内に立て篭っているのかもしれない。

 

 どちらにしろ、彼が思うことは変わらない。

 

(―無事であってくれ!)


 必死にそれだけを願う。彼の前方に、施設へと続く曲がり角が見える。

 あそこを曲がれば、あとは施設まで一直線だ。




 曲がり角を曲がった彼の視界に広がったのは―“絶望”の光景だった。



 煙すら立っていない。まるで、一瞬にしてその一帯だけが燃え尽きたかのように広がる灰の山。ユラユラと揺れる空気が、その凄まじい熱気を表していた。


 力が抜けていく。それまであんなに力強く走っていた彼の足から、全身から。


 レオンはその場にガクリと膝を着いた。そして理解する。


―なぜ誰一人としてここから逃げて来なかったのかを。


「ははは……。嘘……だろ?音なんて聞こえなかったし、炎も……上がってなかったじゃねぇか……」


 信じられない光景を目の当たりにし、乾いた笑いがでる。


 受け入れきれない。あの時よりも、燃え盛る集落を呆然と眺めていたあの日よりも。



 成長なんてしていなかった。彼の心は、―あの日から“縛られたまま”だったのだ。



「……くしょう。ちくしょぉぉおおお!! ふざけんなっ!! なんでだよ!! なんで守れねぇんだ!! うおぁぁぁぁぁあああああ!!」



 激しい慟哭が辺りに響きわたる。

 

 それは、自身の無力さを嘆く叫び。それは、守れなかった者への謝罪の叫び。


 そして、この惨状を作りだした者への、激しい怒りと恨みを込めた“獣”の雄叫びだった。



 誰も、何も彼の心の叫びに答えてくれるものはいない。


 

―その日、混乱する都市から一人の少年が姿を“消した”。

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