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闇空のスカイライト  作者: 日明 観影
序章 運命の足音
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夢と現実

 辺りには暗い海の底の様な闇が広がっていた。自分の体すらも視認できない世界は、体が闇に溶けていってしまう様な錯覚をもたらす。

 自分がこの場所に悠久の昔から佇んでいる様な、奇妙な感覚をアルバは感じていた。

 

 ふと目の前の空間に違和感を感じる。空間が揺らいでいるような、焦点があっていない時の景色のような、蜃気楼のような歪んだ違和感。

 

(……人? 何かが動いてる)

 

 違和感を感じてから数秒経つと、闇に少しづつ光が現れ始めた。ポツポツと黒い板に白いペンキを垂らした様に現れては輝き、その場所を照らしていく。

 次第に大きくその模様を広げていく光の雫が一際大きな光を放った。闇を照らす、一条の希望の光のように。

 

 その先に現れたものに、アルバは息を呑んだ。いや、“圧倒された”といっても過言ではない。その異様さに、その美しさに。

 

―照らされた空間に現れたのは、一人の“少女”だった。

 

 歳は彼の妹と同じ位だろうか、腰まで届く長い黒曜石の様な煌めきを持った黒髪は、留められずに宙を左右に漂っている。

 身長こそ高くはないものの、凛とした顔立ちがその絵画の様な美麗さを引き立てていた。

 

 しかしアルバを引きつけたのは容姿ではなくその“瞳”。

 “無機”、とでも言うのだろうか、その瞳は、何も映していない。まるで彼女には、風景がモノクロ写真にでも見えているのではないだろうか、と思うほどに光を映さない漆黒の目が、虚空を見つめていた。

 

 声をかけようにも、彼の口から言葉が発せられることはない。ただ、パクパク、と鯉のように唇を開閉するだけだ。

 目の前に佇む少女からは何の反応もなく、その瞳に自分が写っているのかもわからない。少なくとも視界には入っているはずだ。

 

 もしかして、あれは人ではなく、人形なのではないだろうか。そう思わせるほどに、“心”が、“感情”が表情に表れない。

 しかし、なぜだろうか。その姿には見覚えもなく、その表情には何かを伝えようとする意思など微塵も感じられないというのに。


 アルバには、彼女が“助け”を求めているような気がした。

 

 あの少女を助けなくてはいけない。彼女を救わなくてはいけない。彼女を守らなければいけない。そんな、“強迫観念”に似た心の疼きが、彼の中で湧き上がった。

 不思議と、それが当たり前であるかのように、平然と彼の心は冷静で穏やかだった。まるで、そうすることが自分の“使命”であるかのように受け入れられる事実。

 むしろ、この身体が自由に動くのならば、今すぐにでも彼女に駆け寄りその小さな身体を抱きしめてやりたいほどに彼は少女を大事に思っていた。

 

―おかしい話だ。なぜなら、これは“夢”なのだから。

 

 いや、夢だからこそ、こんな精巧な幻を見て、虚実の感情を覚えるのだろう。

 彼は少女を見つめる自分を客観的な視点で分析していた。

 そう、まるで彼が二人いて、二つの思考が混ざり合うように彼を“夢”と“現実”の狭間へと誘い込んでいるのだ。

 

 どれほど彼女を見つめていたのだろうか。無限に感じる時間の中、突如、少女の周りに光が集まり始める。

 彼女が光に包まれると、その身体はポロポロと崩れ落ちるように足元から光の粒へとその姿を変え、宙に舞っていく。

 

 その姿を、何をすることもできずただ見つめ続けるアルバの視界が、少女が現れた時の様に、歪み、霞み、世界が揺らいで行く。

 

 唐突に訪れた夢の終わり。ああ、もう起きる時間なのか、と客観的に見つめていた自分が思う。

 それとは別に、もう一人の自分が別れを惜しむように、行ってほしくない、と叫ぶように、言葉を発さない口を動かし、既に闇の中に溶け込みつつある目の前の少女に何かを伝えようと必死に藻掻く。

 

(待って! 君は……!)

 

 心の問いかけに彼女が答えたのかは分からない。しかし、確かに少女が一瞬視線をこちらに向けたのを、アルバは感じた。

 

 長く続いたように思える彼女との一方的な出会い。“夢”の終わり。間もなく、世界は再び暗転した。



 ▲▽



 漂う光に淡く照らされた部屋の中に、時刻を知らせる機械からくりから小さな音が流れる。

 リィーンリィーン、とガラスの器を棒で叩いたときに奏でる音を間延びさせた様な不快ではない、心地よい音だ。

 

 アルバは軽く閉じられていた眼を、ほんの少し開いて首をほぐす様に左右へ振った。

 不思議と穏やかな目覚めだった。ああいう類の夢を見た時には、普通は飛び起きたりするものではないだろうか、と思考を巡らせる事が出来るほどの。

 

「いったいなんだったんだろう……。夢……だよね」

 

 肩まできちんと掛かっていた毛布ごと体を起こして、未だに音を立てつづける機械を黙らせながら、彼は先程の夢から自分が現実に帰ってきた事を確認するように呟いた。

 

 窓の外は、いつも通りの黒。窓から見える小さな庭に植えてある彼と同じ背丈ほどの木は、今日も相変わらずそこにあって微風に葉っぱを揺らす。

 隣りのベッドにはどんな夢を見ているのだろうか、幸せそうな顔で眠るレンナフェール。

 

 確かに、そこは―いつも通りの彼の日常だった。



 いつもの様に妹を起こし、朝食を食べて、いつもの様に学園へと向かう。

 

 昨日とは時刻が違うのだから当たり前ではあるが、人通りの多い並木道の端を、人を避けるようにして歩く。

 周りには、彼と同じく紺色のローブを羽織った生徒たちが、仲間たちと語らいながら学び舎を目指している。

 

 その中で一人、夢の内容について物思いに耽り、下を向いて黙々と歩くアルバは一際浮いて見えたことだろう。

 

「アルバ! また寝不足か?」

 

 そんな彼に、一人の少年が近付いて肩を叩く。

 肩を叩かれ、突然思考の海から連れ戻された彼は、一瞬ビクッと驚いた様に体を震わせ、少し強張った表情でその少年を見た。

 

 声を掛けてきた少年は、彼の知り合いであった。それを認識したあとに、アルバは顔を綻ばせ、少年にあいさつを返す。

 

「あ、おはようレオン」

 

「おいおい、目が虚ろだぜ? また眠れない様な事でもあったのか?」

 

 『レオン』と呼ばれた少年は心配そうにアルバの顔を見つめている。

 燃えるような紅い髪を持つ彼。その頭の上には、同じ色の見るからに触り心地の良さそうな耳が生えている。

 

 彼はアルバの保育施設からの同期であり、同じ学園の生徒でもある“獣人”だ。

 

 

 トルクがこの世界に与えた影響は、生きていく事にはまったく問題はなかった“らしい”。

 ただ、アルバの隣りでふさふさした耳をしょぼん、と垂らした彼を見て分かる様に、トルクは世界に大きな三つの影響を与えた。

 

―その一つが、“異人種”の誕生だ。

 

 きっかけなどは明確な答えは出ていない。何らかの影響があり、様々な人種が生まれたのだ。

 その種類は大きく三つに分ける事が出来る。

 

 アルバの様な、古来の容姿を保った人種を、『ワイザー』。

 

 レオンの様な、動物の一部形態を持つ人種を、『リンブル』。

 

 そして、特殊な個別の能力、人とは異質の容貌を持ち、明人種とも呼称される、『レミエル』。

 

 それぞれの人種の中には、またそれぞれの種別があるのだが、大まかに言えばこの三つである。

 ワイザーとリンブルは遥か昔から交流をしており、種族間の争いも“ほとんど”ないと言えるだろう。

 アルバ自身も、レオンの事を自分と違うからといって嫌悪する事は絶対に有り得ないと心で思っている。

 

 彼は幼馴染みであり、“親友”なのだ。

 

「本当に大丈夫だよレオン。ちょっと昨日は調べものに熱中しちゃっただけなんだ」

 

 アルバがそう告げると、レオンは耳をピーン、と立てて尻尾を左右に大きく振り回しながら、心の底から嬉しそうに笑った。

 

「ホントか? そりゃ良かった!」

 

 素直で他人の事を放っておけない性格な彼の、純粋に友を労る笑顔にアルバの顔もまた同じく笑顔になる。

 

 カツカツと石畳を叩く靴の音。前方に見え始めた学園までの道のりをレオンと雑談しながら進む。

 

 今日もまた知識を学ぶ。そして、家に帰れば、レンナフェールがまた笑顔で出迎えてくれることだろう。

 アルバにとって確かな日常の幸せ。それを思い浮かべて、今日も慣れた道を彼は歩んで行く。

 

―その瞳に、大きな希望を携えて。

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