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闇空のスカイライト  作者: 日明 観影
一章 知は旅の始まり
19/34

追憶6 ~確認~

 ウルムが、洞穴に帰って来たのはそれから十分ほど後のことだった。森で採ってきた薬草を籠に携えて、洞穴の入口で中の様子を覗き見る。

 

 何となく気まずそうに、まるで“お見合い”で言葉に詰まった男女のように顔を赤らめ、それでも、たどたどしく会話をつづける若き少年少女を見て、彼女は溢れる笑みを隠せなかった。

 

 ああ、もう何も心配することはないのだな、と心から思った。


 彼女が危惧していた、少女の感情の発露から生まれる“行動原理”。

 何かをするために心が決定する、行動の理由付けが、何か一つに囚われていないだろうか。という不安。

 一貫した考えを持つこと、と、一つの感情に支配されること、は、似ていても根本的に違うものだ。


―マリアには、もっと色々な考えを知って欲しい。“知識”としてではなく、限りある、大切な“経験”として。


 そんな心配も、アルバは振り払ってくれた。


 恥ずかしそうに視線をあちこちに動かして、少女を正面から見つめきれないほど奥手な癖に、その手は、しっかりとマリアの手を握っている。

 

 マリアも満更ではないようで、視線こそ反らさないが、顔はほんのりと赤く染まっている。

 泣き腫らした目には、もう涙は浮かんでいない。それが、何よりの証拠だった。

 

 本当に、この少年は選ばれるべくして、選ばれたのだな。とまた彼女の中で彼に対する“信頼”が強くなったのを、ウルムは感じていた。

 そして、マリアを任せる事が出来る、と確信したからこそ、彼女は、これからの自分の事に、焦点を当てる事が出来る。彼女には、やるべきことがあるのだから。

 

 暫く、そんなお若い子供たちの、小さな青春を眺めていたい気分のウルムだったが、まだ彼も聞きたいことがあるだろう。

 

 そして何よりも、今すぐ―“からかいたい”。

 

 少女と出会うまでは、自分でも自覚していなかった、彼女の生来持つ“性分”。

 それを隠すことなく発現させる事が出来るのは、―彼女が、自身を“人間”であると認める事が出来たおかげなのだろう。

 

 意気揚揚と洞穴に入った彼女は、パッ、と手を離した彼らに向かって、“女神”の様な凄まじく明るい笑顔で語りかけたのだった。




 三つテーブルに乗った木製のコップから、白い湯気が立ち昇る。

 魔法で一気に乾燥させた茶葉を少し煎じた、まだ少し熱い薬茶を啜りながらウルムが話し始める。

 

「さて、どうやら私の心配していた事態も避けられたようですし、色々と、そう“色々と”疑問も挙がったことでしょう。私が答えられる範囲で答えますので、ご質問くださいな」

 

 なんとも軽い感じで始められた会話。話の内容は凄まじいものであるのに、雰囲気が柔らかいのは、先ほどちょっとした一幕があったからなのだろう。

 

 しかし、それは別に緊張感がなくなったわけではない。

 ただ、もうあまり気負う必要がなくなっただけだ。彼らの覚悟は完全に固まったのだから。

 

「じゃあ、“確認”として聞いていきますね。まず、僕たちがこれから何をすべきなのかを教えてください」

 

 そう、これは確認だ。覚悟した思いを遂げる為の道標とするための。

 

「貴方たちが、何をすべきか、ですね。残念ながら、一介の、そう“一介の”レミエルでしかない私には、貴方たちが本当に向かうべき場所はわかりません。しかし、辿るべき道標は既に与えてあります。“九精の書”、“天明の剣”、“慈愛の弓”、“聖霊の杖”。まずはこれらを求める事が、貴方たちの目標でしょう。」

 

 彼女の話の中で出てきた、ロザリアが語ったという物の名前。名前を聞いたこともない物ばかりだが、それを探す事が第一目標。

 しかし、場所が分からないのでは途方もない。


 アルバは少し困った顔で俯いた。それを見て、ウルムは言葉を続ける。

 

「これは、三年前に、ここを出て、旅していたマリアの方が良く知る筈です」

 

 そういえば、マリアは旅をしていたのだ。

 そして、当然この器物たちを追い求めていたに違いない。アルバは顔を上げて、マリアに視線をやった。

 

 肯定するように彼女は口を開く。

 

「私は、ここを出て、各地の精霊の力を借りて、情報を集めた……。……三年掛けて、見つかった情報は、“九精の書”は、“知聖の泉”にある。ということだけ。私は、知聖都市の噂を聞いて、そこに向かった。泉というから、どこか水のあるところに存在すると考えて、都市の“水路”を調べていた……。けれど、見つからなかった。あとは、襲撃されて、貴方の知るとおり」

 

 寡黙な性格かと思っていたが、彼女は予想に反して言葉を連ねた。

 

 今まであまり喋る必要性がなかったから、反応が淡白であっただけで、意外と話すことに抵抗はないようだ。

 

 そして、彼女が、なぜアルバの住むエルキミアにいたのかが判明した。

 探す場所が泉だからといって、水路を巡るのは、どうかと思うが。

 

 それよりも、色々と疑問が募る。彼女が精霊術師であり、精霊の力を直接借りる事が出来るというのは分かったが、どうも彼女は、精霊に“話を聞いた”ように事実を語る。

 

 不思議に思ったアルバは彼女に更に質問を重ねる。

 

「マリアは、精霊に会って話を聞いたの?」

 

「……正確には、“会って”はいない。私は、精霊の力を感じる事が出来る。それを便りに、精霊の住む場所まで辿りついた。けれど、姿を現してはくれなかった。声だけが聞こえて……、追い返された。一人だけ、その情報を教えてくれた精霊がいたけれど、やっぱり“会って”はいない」

 

 精霊術師である彼女が、精霊の居場所が分かるというのは、不思議ではない。

 しかし、彼女に力を貸しておきながら、彼女に姿は見せず、追い返す精霊。その不可解な行為が分からない。

 

 何かを恐れているのか。はたまた、実は、精霊術師は、精霊の許可なしに、力を奪うように行使する存在なのか。

 いや、ロザリアは“借りて”と言ったのだ。それは有り得ない。なぜなら、彼女自身も、精霊だったのだから。

 

 思考を巡らせるアルバ。やはり、幾ら考えても、それは推測の域を出ない。

 ならば、まずは各地の精霊に話を聞きに行くことが、当面の目標か。

 

「分かった。ありがとうマリア。当面の目標は、各地の精霊に話を聞きに行くことだね。エルキミアに“九精の書”があるのかもしれないけれど、やっぱり、しっかりと話を聞くべきだ。大丈夫、今度は二人だから。何とかなるさ」

 

「分かった……。……アルバに、任せる……」

 

 マリアの声は、なにやら心配してくれているのか、元気がないような気がした。

 

 彼とて、今すぐにでもエルキミアに戻りたい気持ちはある。しかし、それは、“九精の書”を得るため、とは言い難い。

 

 割り切れ、というのが無茶な話だ。


―大切な両親。妹のレンナフェール。親友のレオン。恩人のマルシア。その他にも、沢山の人たちの事が気になるのは、心配するのは、当たり前だ。

 

 だが、彼には“使命”がある。“覚悟”がある。数ある心配を振り払ってでも、成すべきことがある。

 そして、何より彼は、信じていた。


―彼らはきっと無事である、と。


 根拠はない。でも、信じていなければ、彼は前に進めないのだ。

 

 それを感じてか、ウルムが彼に手を差しのべるように、彼女自身の想いを語りだした。それは、マリアに対するものでもあった。

 

「私は、“今”、貴方たちを助ける事が出来ないのが、とても、そう“とても”悔しい。私の力では、貴方たちが行く旅路の手助けをすることは叶わないでしょう。私が語ったのも、私自身が集め、手に入れた知識ではない。恐らく、アルバ君は理解が早いので分かっているかと思いますが、話した以上の知識は、私にはありません」

 

 彼女は、悲しそうにその瞳を伏せた。自身の無力さを噛み締めるように、強く、その手を握りしめる。


次に開いたその瞳には、強い意思が籠っていた。


「だから、私は、貴方たちが旅立ったあとに、自身を高めるために、修行に向かいます。この悔しさを、糧にして。そして、必ず、そう“必ず”貴方たちの元へ戻ってきます。それが、私の使命なのですから。覚えておいてください。貴方たちには、“仲間”がいるはずです。絶対に、貴方たちを理解してくれる“仲間”が。そして、私もその一人です」


 彼女から渡された指輪が、光を放つ。これから向かう旅は、“二人だけ”の旅ではないのだ。

 ウルムもまた、離れていても、傍にいる大事な“仲間”なのだ。

 

 その輝きを見つめ、アルバは強く頷く。決して“孤独”ではないのだと、心の大きな支えを感じながら。

 

 そして、これから出会う“仲間”への期待を胸に。



 アルバの“確認”は終わった。明確な目標が見えたからだ。

 

 しかし、まだ聞くべきことは沢山ある。マリアやレミエルの魔法の正体や、精霊の涙に関すること。

 他にも、彼が知らない、いや、勘違いしていることも多くあるはずだ。

 

「じゃあ、次の質問なんですが―」

 

 彼がそう言って、ウルムに次の質問を投げかけようとしたその時。


 パタッ、と小さな音がした。

 

 さっきまで普通に話していた隣の少女が、突如、机に倒れ込んだのだ。

 

「マリア!?」

 

 驚いて、すぐに彼女を抱き起こすアルバ。

 彼女の顔は至って普通で、何か苦しそうな表情をしているわけではなかった。

 

 そう、至って普通に、“寝ている”。

 

 ホッと胸を撫で下ろした様子のアルバの横に、ウルムが立った。

 

「あらあら、やっぱり、限界でしたか。無理もない、そう“無理もない”ですね」

 

 そう言って、ウルムはアルバの腕の中でスヤスヤ眠るマリアの髪を撫でた。説明を求めるようなアルバの視線に、ウルムが答える。

 

「マリアの魔法は、精霊の力を借りているので、特に彼女が疲労したりすることはありません。しかし、貴方をここに連れてきた“転移”は違う。あれは、正確には、魔法ではないのです。特技、そう“特技”と言うのが一番分かりやすいでしょうかね。精霊術師だけが使える、“特技”なのです。そして、それは、魔素を大量に消費します。彼女も成長しましたが、やはり二人で“翔ぶ”のは許容量を越えていたのでしょうね。―相当、無茶をしたのでしょう」

 

 ウルムはそう説明した。アルバには、彼女の言う意味が、いまいち分からなかった。

 なぜなら、彼の常識は本や人から聞いて、習ったことでしか形成されていないからだ。

 恐らく、彼女の言う説明と、アルバの常識では、大きな食い違いがある。

 

 持ち前の好奇心から、彼は、今すぐにでも彼女にその疑問を問いただしたかったが、今はマリアを休ませなければいけない。


 アルバは、彼女に腕の中の少女をあずけた。

 

「残念でしょうけど、今日は、ここまでにいたしましょうか。マリアもこの通りですが、貴方も、そう“貴方も”疲れているはずです」

 

 ウルムはアルバからマリアを引き取ると、彼女の魔法で形成した泡でマリアを包み、アルバにそう告げた。

 わかりました。と了承したアルバに、ごめんなさいね。と軽く謝って、ウルムは、水で形成したベッドに、マリアを寝かせた。


―確かに、一日で色々な事が有りすぎた。自覚した瞬間から、アルバにも酷い疲れが襲ってくる。

 気を張って抑えられていた疲労に、アルバの瞼もくっつきはじめていた。



 今日はゆっくり休んで、また明日、話を聞こう。そう考えて、彼は一つの事実に気がついた。


―ベッドが二つしかない。


 一つはマリアが既に寝息を立てている。もう一つは、恐らくウルムのものだ。


―ならば、彼の寝床はどこにある?


 いや、彼女はレミエルだ。何か特殊な寝方でもあるに違いない。そうだ。そうであってくれ。

 

 彼は、強まる心配を晴らすために、彼女に尋ねる。

 

「あの、ウルムさん……? そのベッドは、僕が、使うもの……ですよ……ね……?」

 


 その言葉に、ベッドで眠る少女を慈しむかのように、その髪を撫でていたウルムが振り向き―。

 

 「あら。貴方は、うら若き二人の乙女と相部屋が良いと言うのですか? 見かけに依らず、ケダモノ、そう“ケダモノ”ですね」

 


 非情にも、彼に返ってきたのは、そんな言葉と、―心底、“楽しそう”な、ウルムの笑み。

 

 彼女の瞳は、何よりも雄弁に物事を語っていた。


―“外で寝ろ”と。

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