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闇空のスカイライト  作者: 日明 観影
一章 知は旅の始まり
11/34

アルバという少年

 パチパチと、組まれた木の枝が音を立てて燃える。洞穴の外の広場に小さな火が焚かれていた。燃える火には、木の串で貫かれ、地面に突き刺すようにして、先ほどまで川の中を泳いでいた新鮮な魚が添えられ、香ばしい匂いを辺りに漂わせていた。

 

 暖かな光と熱をもたらす薪の周りには、しょぼんとした金色の少年が一人と、心底愉快そうな小動物が三匹。

 

「いやぁ、流石やわぁ」

 

「ほんとほんと、まさかあんな場面で、ねぇ?」

 

「フフ、お腹が……プクククッ、鳴る、プッ、なんて……」

 

「うっうるさいやい……。だって、あんなことがあってお昼も食べてなかったんだから仕方ないでしょ……」

 

 既に意気消沈といった表情の少年は、彼らに強く言い返す気力もなく、手にした気の棒で燃える薪を弄った。


 遡ること数十分前。



 ▲▽



 自身の心を閉ざした少女を、少年が救い出してから。彼女が泣き止むまで、アルバはマリアの肩を抱き、彼女の頭を撫で続けていた。

 

 それを見守るウルムと三匹も、それを穏やかな表情で見つめる。

 それは、二人の新たな門出。話しかけて、水を指すというのも野暮なことだろう。

 

「もう、大丈夫……」

 

「あっ、うん」

 

 そうして、マリアがアルバの胸の中にその小さな体を預けてから、数分は経っただろうか。

 抱擁の終わりは、やけにあっさりした感じで、二人は対照的な表情で身を離した。

 そのまま、スっと何も語らず、相手の顔を伺うこともなく、どちらも自分に宛てがわれた席に着く。

 アルバは、どこか顔を赤らめ、落ち着かない表情。

 マリアは、普段と変わらぬ無表情であったが、顔を上げ、まだ涙を流したことで赤くなった目をしっかりと開く凛とした顔は、どこか柔らかくなったように感じる。

 

 二人を見比べ、また穏やかな表情をさらに綻ばせるウルムは、満足そうに先ほど割った木の実を二人の前に差し出して、口を開いた。

 

「とても、そう“とても”良い表情をしています。今の貴方たちならば、過酷な運命にも立ち向かうことが出来るでしょう」

 

 その言葉に、アルバも顔を引き締め、ウルムを見つめた。

 

「手に取りなさい。これは、貴方たちの“信頼”の証。この木の実がいつか、そう“いつか”地に還り、新たな生命を芽吹かせる」

 

 ほとんど同時にウルムの手からその丸い木の実を受け取る二人。

 木の実は、薄く、青く輝く光を纏い、瑞々しい、まるで今にも芽を出しそうな程に活力に満ちていた。

 

「私の魔法の力を込めておきました。貴方たちの行く道標になってくれることでしょう。そのままではなんですね。~~~~♪」

 

 ウルムが短い祝詞のような言葉を歌にのせて発した時、彼らの手の中にある木の実が一層輝いた。

 光が収まった時には、その姿は水色の綺麗な指輪へと変わっていた。

 

 アルバが不思議そうな顔でその指輪を手の中で遊ばせている横では、マリアが少し悩んだ様子で、それを右手の小指から順に嵌めては外しを繰り返し、“左手の薬指”に嵌めた時にどこか納得した表情で小さく頷いた。


「あらあら、やっぱりマリアも女の子ですね」


「ん? 何がや? 似合うとるけども」


「何か特別な意味があるんだよ、きっと」


「フフ、私も、女の子……プクク」

 

 そのやり取りに、指輪の分析を中断して、マリアの方に視線をやったアルバは、数秒静止した後、顔を赤らめ、上ずった声で狼狽えた。

 

「い、いや、確かに指輪をそこに嵌めるのはどこもおかしくないんだけどっ! でも、そういうのはもっと深く知り合った男女がするべきで、その……」

 

「? ……収まりがいい。ここに嵌めるのが……、一番、落ち着く」


 心底不思議そうにマリアにそう返され、うっ、と口を噤んでしまったアルバ。


 アルバの知る常識というものが、彼女には分からないのだろう。恐らく、人と触れ合う機会がほとんど無かった彼女には、アルバの言う指輪の意味なんて理解できていないに違いない。

 しかし、この少女と一緒に暮らしていた、というウルムには、先程の発言から意味を理解していることが推測出来るわけで。

 アルバは口元を隠し笑っている水色の彼女に抗議の視線を浴びせた。

 

「うふふ、それでは、何から話しましょうか」


―面白がっている。そう視線で読み取れたアルバは、これ以上何か言っても更に火に油を注ぐだけと悟り、仕方なく指輪を“左手の人差し指”に嵌めて、彼女を見据えた。

 

 小さく、ちっ、と舌打ちのような音が聞こえたが無視をする。

 どこかあのマルシアに似た雰囲気を持つ彼女に何となく懐かしさを覚える。といっても、まだ離れてから一日も経っていないのだが。

 

 今はそんなことよりも、これから聞くことになるだろう真実に、心が躍るのを抑えられない。

 

 もう引き返せないところまで来ているのだ、という鬼気迫る心の重圧も、今ではもう好奇心を助長するものでしかない。

 

 全てを覚悟した上で、マリアを助けるという決意の上で、謎を追求すると決心したアルバ。

 その心を見透かしてか、ウルムも一度瞳を閉じて、心を落ち着かせる。

 

 ゆっくりと目を開ける彼女の瞳にも、表情にも、先ほどまでの面白がるような、茶化すような様子は感じられない。

 

 遂に、その口から真実が語られ始める。陽気な三匹でさえも身を固くして、ウルムの言葉を待つ。

 

「それでは―」

 

 と、ウルムが口を開いた瞬間に、ぐー、と間の抜けた音が、洞穴の中に幾度か反響した。



 ▲▽



 確かに、腹は空いていた。昼前にマルシアからおつかいの任を受け、あれやこれやと、もう時刻は夕飯時だろう。

 

 なぜあの時、露店の立ち並ぶ街道で何か食べ物を摘んで来なかったのか、とアルバは心の底から生真面目すぎる自分の性格を悔やまずにはいれなかった。

 

「あー、恥ずかしすぎる。鳴るにしても、もっと早いタイミングで……」

 

「いやいや、あれは神様があそこしかない、とでも囁いたかのような素晴らしさやったで!」


「お笑いの神は、君のことが大好きなんだね」


「プククッ……。プクククッ」


 先ほどからずっとこの調子である。

 先に……ご飯にしましょうか。とのウルムの半泣きの言葉で、話をするのは、後に持ち越された。

 

 彼女が、ちょちょい、と川から採ってきた魚を、非常用に持っていたトルクで魔法を使って火を起こし、調理し始めたのがつい先刻。

 

 マリアとウルムは、周囲の森から果実や野草を採りに行き、今は住処の中で調理している。

 

「魔法、使っちゃったなぁ。まぁ緊急時だし。火を起こす機械からくりも持ってなかったから……」

 

 自分に言い訳するように呟くアルバ。彼とて学生なのだから、魔法の使い方は知っている。

 しかし、彼は、まだ学園に入学して一年も経たない未熟な身。

 法的には、三年の修学を持ってしか許されない魔法の行使を行なってしまったことによる自責の念を少しでも和らげようと、彼は自身の置かれた状況を繰り返し呟き続ける。

 

 どこまでも生真面目な少年だが、彼も理解は早い。

 恐らく、これから自身のおかれる状況においては、今までの常識や法に囚われたままでは乗り越えられない。

 

 アルバは自分の傍らに置いておいた少し柄の長い短剣を見つめる。

 それは、彼らを助けようとして、命を落としてしまったであろう青年の遺品。

―サウラの短剣。アルバが“最初”に背負う一人の責任。

 

 先ほどウルムが魚を取るために川へ潜った時に川底の岩の隙間に引っかっていた物を拾ってきてくれたのだ。

 

 サウラは魔法をこの短剣で行使していた。ということは、この短剣は“トロイ”。

 トルクを武器の中に組み込み、武器自体を魔法の発動体にしたもの。

 



 魔法は、トルクと接しなければ発動しない。発動された魔法も同様だ。必ず行使された魔法は、トルクから接し発せられる。

 眼前の火を起こした、アルバの持っていたものは剥き出しのままのトルクだ。その形状はその辺りに転がっている石ころと変わりない。

 

 魔法はトルクから発せられる。これはそのとおり、トルク自体からその魔法が起こるのだ。

 魔法が持続する時間は術者がその意思を持つ限り、魔素を消費して保たれるが、今燃える薪の下で、トルクが火を起こし続けている訳ではない。

 魔法で起こされた事象はトルクから離れると自然界の法則に準ずる。

 薪は生じた火を燃え移らせただけだ。

 魔法が魔素を送り続けなければその事象を保てないならば、今頃アルバの手はトルクを持って、薪の中に突っ込まれていなければならない。


―では、トルクを組み込んだトロイとは、いったいなんなのだろうか。

 

 あの嫌味ったらしい教授は、指揮棒の先から火を灯した。サウラは、この短剣の先から雷を迸らせた。

 

 短剣を手に取り、柄の部分を目を凝らして見るが、どこにもトルクが露出しているところはない。代わりに目についたのは柄頭にある小さな一筋の線。

 ぐるっと一周柄を走るその線は、どうやら柄頭が着脱出来るものであるように感じさせられた。

 柄頭を引っ張ってみるが、取れる気配はない。次は右に捻ってみる。すると柄頭は少しの力で回り、柄を離れた。

 そして中から小さなものが三個転がり出てくる。

 中から現れたのは、アルバが持っているよりも小さなトルク。

 トルクの持つ魔素の質と量は、その輝きから見て取れるが、その小さなトルクたちは、微弱な輝きしか持っていなかった。

 アルバはトルクを短剣の柄に入れ直し、柄頭を閉じる。このトロイというものに興味は尽きないが、今は重要なことではない。

 これは、自分を守ってくれた人の大切な品であり、これから自分を守ってくれる大事な武器でもある。

 

 彼は忘れてはならないのだ。これから少女と共に背負っていくだろう責任を。

 それを気づかせてくれたサウラの短剣に、心で感謝し、アルバは目を閉じた。



 この少年は生真面目で、優しく、そして強い。物事を深く考え、それを常に理解しようとする。その彼の本質が、少女を救い、これから辿る運命の道を切り開いていくことだろう。

 

「……ルバ! アルバ!! 魚、魚! 焦げそうやで!!」

 

「えっ!? わわっ、ター! お皿になるものない!?」

 

「大きな葉っぱで良いならあるけど?」


「それで良いから持って来てくれない?熱っ!」


「フフ、了解……。後で採ってくる……プクク」


「今!! 熱っ! 串まで熱い!!」

 

 熱がる少年を指さして笑うパン。はいはいっと生返事で葉っぱを採りに行くター。ウルム達に知らせてくるわ、と住処へ向かうピー。

 

 暖かな火に照らされながら、笑い合う彼ら。

 

 今は、それで良い。苦しみも悲しみも、まだ“これから”なのだ。


 願わくば、真の闇の中にあってもこの笑顔が失われないことを願う。

 

 火の煌めきを映す短剣の刀身に、楽しげなアルバの表情が映った。


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