俺とメイドの日常【あらすじ】
とある洋館、だだっ広い洋室には屋敷の当主、泰四郎と三人の少女が立っている。泰四郎の息子、鳴海恭介は、『大事な用があるのだと』だけ告げられ、この部屋に呼ばれ訪れていた。
彼には、何も知らされていない。
「――では、恭介。この中から好きな子を選ぶがよい」
「おい」
「あ~、言っておくが一人だけじゃぞ?」
「だから、ちょっと待てと言ってんだろうが……」
「なに、まさか!全員とか言うんじゃなかろうな?」
「あぁ、もう!人の話を聞けぇぇい!」
俺の話は無視かよ、だが、泰四郎は一方的に話を進めようとしている。というか、恭介には現状が理解出来ていない。
詳細も伝えられずに、部屋へ連れてこられたかと思えば、そこには見知らぬ三人の少女が。
しかも、何故、メイド姿?
まぁ、何となくは察しがつくのだが……
これは、一体どういうことなのか是非、説明してもらいたいところだ。
「まぁ、まぁ、そうカッカするな」
「そうさせてるのは、あんただよ!」
「相変わらず、容赦が無いな。まったく、もう少し年寄りをいたわらんか」
「都合のいい時ばかり、爺づらしやがって」
首まで伸びる自慢の髭を触りながらニヤニヤと恭介を見ている、この爺は、鳴海泰四郎。
恭介の父であり鳴海財閥当主。
七十歳にもなるというのに、何ともふざけた格好している。
白髪頭に首元まで伸びる自慢の髭が特徴的、いつも色眼鏡をかけ、春夏秋冬関係なく何故かアロハシャツという異色の姿。
これでも、世界に名が知れた大企業の創設者、衣食住と様々な方面に『鳴海』の名前は出てくる程だ。
恭介が、生まれた頃から、そんな環境で暮らしてきていた為にもう違和感などは、無いのだが、恭介自身は普通の暮らしに憧れを抱く。至れり尽くせりの、この環境は悪くない。
しかし、彼は不満を感じる。
何とも贅沢な悩みだ。
「で?これは、どういう事だ」
「そりゃぁ、お前見ればわかるじゃろう?」
「いや、わからんな」
「ふぉっふぉ、サプライズじゃよ」
泰四郎は自慢の髭を触りながら笑う。
「はぁ?」
「恭介も今年から高校生じゃろ?ワシからのプレゼントじゃよ」
「……で、それがこれか?」
え~と、プレゼントねぇ……
それらしい物は、この部屋に無いが?
ここにある、居るのは俺と、このクソ爺と、見知らぬ三人の少女達……
(いや、まさかとは思うが……)
「じゃから、早く好きな娘を選びんしゃい」
「結局、それかぁ!?」
「まったく、さっきから怒鳴りおって」
「で?この子らは誰だよ?」
「おっ、そうじゃ。自己紹介がまだじゃったな?ほれ、挨拶をせい」
泰四郎の後ろに立つ少女達、左から一番目の子は、身長は三人の中で一番小さく、幼さの残る顔立ちに綺麗な薄い黄色の瞳で垂れ目が可愛い綺麗な紅いセミロングヘアーの子。
真ん中の子は、紅い瞳のキリッとしたつり眼で、強気な表情を見せ高飛車的な雰囲気を感じさせる黄色髪のツインテールの子。
一番右の子は、三人の中で一番背が高く薄茶色の瞳に、さらっとした腰まで伸びる綺麗な黒髪と甘いコロンの香りが気品の良さを感じさせる。
お姉さん的な存在なのだろうか?
泰四郎は、隣に居る三人の少女に言うと彼女達も恭介に視線を向け、礼儀良く一礼し挨拶をした。
一番右に居た黒髪の子が最初に口を開き、それに続く様に他の子も重ねて喋る。
「チャーです」
「シューです」
「メンです」
「三人合わせてチャーシューメンです」
「どこの漫才師だよ!?」
恭介が思わず突っ込みを入れると、三人は円をつくり何やらヒソヒソと話をしている。
(なんだ?)
不思議に思ったのは一瞬だけ、くるっと、三人はまた恭介に視線を向けると改まって喋りだした。
「ワンです」
「タンです」
「メンです」
「三人揃ってワンタンメンです」
「いい加減、ラーメンから離れろっ!ってか、真面目に自己紹介する気あんのかお前等!?」
「ふむ、40点じゃな」
「爺も採点してんじゃねーよ!?」
(……なんだ、こいつら?)
恭介は、突っ込みに疲れ若干息を切らしていた。
彼女達は爺の差し金なのだから、こんな展開は不思議でも無いが、正直疲れる……
「ふぉっふぉっ、そろそろ、ちゃんと自己紹介するとしようかのう」
「前振り長いんだよ……最初から、そうしろ」
セミロングの子は一歩前に出ると
「僕の名前は如月 二津葉」
次にツインテールの子も一歩前に出て
「あたしの名前は如月 三津葉」
最後に黒髪の子が前に出てきて
「私の名前は如月 四津葉」
「三人合わせて、クローバーズ!」
「だから、やめぇぃ!しかも、今度は戦隊物っぽくなってるしぃ!」
「厳しめの35点じゃな」
「採点すんな!……ん?姉妹?」
「まさか……エ、エスパー!?」
「普通、判るわっ!」
てな具合で、なかなか話が進まずに結局は何をしたかったのかさっぱりわからん。
泰四郎は杖で床をトントンと突きながら、恭介に話しかける。
「あ~、めんどくさいから。三人でええか?」
「はぁ!?」
「じゃから、恭介のメイドじゃよ。嬉しかろう?メイドが三人じゃぞぉ?ハーレムじゃ、ハーレム」
「いや、何か違うような……ってか、彼女達の意見は聞かなくていいのかよ」
「問題ナッシングじゃ、彼女等に拒否権は無いのじゃ」
泰四郎は自慢の髭をさわさわと触れながら『ふぉっふぉっ』と笑いながら言うが、恭介には『拒否権が無い』という言葉が気になっていた。
「どういうこと?」
「借金じゃよ、借金。彼女等は返済までの間ここで働いてもらう訳じゃ」
「は?借金?どのくらい?」
「まぁ、軽く一千万といったところじゃな」
「い、一千万!?」
なんだ、その馬鹿みたいな金額は。どうしたら、そこまで溜まるんだよ。
すると、何事も無かったかのように四津葉は恭介に声を掛ける
「と、いうわけで宜しくお願いします。恭介様」
「決定なの!?ってか、借金の件を軽くスルーしただろ?」
「さぁ、なんの事かさっぱり」
「ふぉっふぉっ、三人まとめて相手するのは至難の業じゃぞ?ワシが、色々と伝授してやろうか?」
「何を伝授させようとしているのか、大体察しがつくだけに遠慮する」
恭介は掌を左右に振り、全力で否定した。
「三人もいるのじゃぞ?ハーレムじゃぞ?4Pが出来るんじゃぞ?」
「いや、最後の方に、おもいっきり本音が出てるから」
「しょーがない、後の事は任せたぞい。クローバーズよ!」
「承知!」
泰四郎の言葉に三人同時に同じ返事をする。
「承知って何だよ!ってか、その呼び名を定着させていいのか!?」
何だか俺の意見はまったくもって無視というか、完璧な押し問答的な展開で決まってしまった。
(えっ、決まったの!?)
しかも、メイドらしくないと言うか、漫才トリオ的なノリのこいつ等が四六時中一緒に居ると思うと先が思いやられる。
ボケが三人、それに突っ込む俺。いや、突っ込む義理などは無いのだが、反射的に体が動いてしまう。
素直に、一人にしておけばよかったのか?
はぁ、明日からの俺の日常は、どうなってしまうのやら……
-1-
何故、こうなってしまったのだろうか?
まぁ、こんな環境に住んでいるのだから身の回りの世話をしてくれるメイドの一人や二人居ても、おかしくは無いと思う。
でもね、流石にこれは無いと思うのだが……
「恭介様、おはようございます」
日差しが眩しい、部屋のカーテンを開け恭介に優しく朝の挨拶をする四津葉、まだ外は寒いだけあって恭介は中々、布団から出ようとはしない。
「御主人様、おはようござまぅ!……痛ぃ」
(あ、噛んだな)
二津葉は勢い良く部屋の扉を開けたのだが勢い余って顔を扉にぶつけていた。
そして、痛がりながら顔を擦ると恭介に視線を向け
「部屋にトラップとは、御主人様もなかなか……」
「何もしてねぇよ!自分の非を認めろ!」
恭介は反射的にバッと布団から体を起し、思わず突っ込みを入れてしまう。『あら、起きました?』と窓際に居た四津葉が笑いながら言う。
「嫌な起され方だな……」
「なんだ、もう起きたの?つまんないのー」
二津葉の後には、残念な表情をした三津葉の姿があった。
なんとも恐ろしい格好で三津葉は悩みながら一人言を呟くと百面相の如く、ころりと表情を変え恭介に笑顔を向けて挨拶する。
「まっ、明日でいいか……あ、恭介おはよう♪」
「あぁ、おはよう。……ってか、呼び捨てかよ!?」
「なに?不満?あたしだって、好きでこんな服着てる訳じゃないのよ」
「そりゃぁ、そうだろうな。というか、お前の持っているそれは何だ?」
恭介の視線の先には、釘バットを携えたメイドさんの姿。なんと、異色な組み合わせというか、恐ろしいというか……
(何をしようとしてた?)
「あぁ、これ?呼んで起きなかったら。これで起してあげようかと」
「死ぬわ!撲殺する気か!?」
「やぁね、ちょいと叩く程度よ」
「その言葉に殺意を感じる」
「じゃぁ、次回ってことで」
「するな!メイドが主人を殺めようとしてる時点でおかしいわ!」
「メイドだけに冥土にご招待ってね♪」
「おもしろくもねぇよ!」
何とも物騒なその釘バットをメイド服の中に仕舞い込むと『あははは』と笑い誤魔化す三津葉、恭介は朝から散々と突っ込み既に疲れていた。
興奮する恭介に四津葉は『どうぞ、紅茶です』と言い銀のトレイに乗せ恭介に差し出す。
(この子は落ち着いてるな)
一番、メイドらしいな。
と、思ったのは一瞬だけで差し出す直前、体制を崩しそのまま、熱々の紅茶は恭介の下半身に降りかかってしまい、彼と彼の息子は悶える。
「あっ、すいません!」
「ぐぁぁ、熱っ!」
「ふっ、計画通り」
横から三津葉はニヤリとしながら言う。
「う、嘘つけ!ってか、普通こういう時は『お拭きします』とか言うんじゃないのかよ!?」
「えぇ~何で、そんなとこ拭かないといけないのよ?」
「じゃかしいわ!メイドらしい事の一つくらいしろよ!」
肝心の四津葉はと言うと、何事もなかった様にそそくさと部屋を出て行き姿を晦ましていた。二津葉は、さっさと大広間に行き掃除をしている。
「まったく、さっきから命令しないでよ?」
「何で、上から目線?逆だろ普通」
「そうかしら?まぁ、そうゆう事にしてあげてもいいわよ」
「だから何で、俺がお願いする立場なんだよ!」
「さぁ、どうするの?」
「無視かよ!?」
(納得いかねぇ……)
何か立場が逆じゃないのか? これも全部あのクソ爺の陰謀か、ふざけやがって、俺の平穏な日常を返しやがれ。
まったく、こんな毎日が続くんじゃぁ、体が持たねぇよ。
「何していらっしゃるんですか?学校遅刻ですよ?」
「お前のせいだよ!」
結局、その日の学校は見事に遅刻し、廊下に立たされる事になった。
(メイドもどきの三人組のせいで、こんな破目に……不覚)
かくして、一度に専属メイドが三人という異例の事態に陥った恭介、まぁ最も彼女達がメイドなのかどうか疑問に思う彼でもあるが、この先にとてつもない不安を抱えるのは確かだろう。
(前途多難だな……)