私、小さくなりました
関西にある一つの高校。やっと明日から待望の夏休みが始まる。
では、主人公の紹介をしよう。
この物語の主人公は、人巴眞朱(十六歳)。黒い髪のショートカットに黒い目の平々凡々な、とある高校に通う女子高生である。因みに二年生だ。
彼女はこれから始まる夏休みに、期待に胸を膨らませ、学校から宿題などを持って帰り、いつものように過ごし、寝た。
* * * * *
翌日、起きると、眞朱は動きづらさを感じた。いつもと違う。
とりあえず、動きづらいのを我慢して上半身を起こしてみた。
「……低い」
第一声がそれだ。
低い、といったのは視点が低いという事だ。
赤やピンクに統一された布団やカーテン。そのカーテンの後ろには白いレース。茶色の箪笥や机、回転椅子にピンクのクッションが置かれている。
しかし、どれも今の眞朱には大きく見える。
「なんだ、これ」
訳が分からん。眞朱はそう続ける。随分と男勝りな口調だ。
しかし、彼女が訳が分からないといった理由も分からなくはない。見慣れている物が突然大きく見え、身体は動かし辛い。
「……」
とりあえず、降りてみよう。そう思い、ベッドから降りようとした――しかし。
「あ、足が届かない……だと!?」
少し高さ――というか足の長さが足りない。
仕方ない。そう思いぴょいっと効果音がつきそうな感じで飛び降りる。
そこで違和感。服が大きい。普段眞朱はスウェットで寝ている。そのスウェットの上だけで、ワンピース状態。ズボンはズルズルと引きずってピンクで縁取られた全身鏡の前に立つ。
そして、自分の体に起きている変化に気がついた。
「ち、縮んでる!?」
一メートルもない身長。短くなった手足。幼くなった顔。
鏡に映ったそれは、まず間違いなく三歳頃の子供の姿だった。
* * * * *
突如、階段を上ってくる足音が聞こえた。
余談だが、眞朱の部屋は二階にある。
「おーい、飯だぞー」
「(に、兄さん!?)」
聞こえた声は、足音の主は、眞朱の兄、人巴青爛(十九歳)のものだった。青爛もまた、茶色交じりの黒髪のショートカットに黒い目という平々凡々な容姿だ。
今ドアを開けられると非常に不味い! 因みにドアは内ドアだ。
そう思い、ドアに鍵を掛けようとするが、畜生、届かない!
ならば押さえつけて……と思っても三歳児の体重で男の力を抑えられるわけがない。
そして、バンッと痛そうな効果音と共に、ドアは開いた。
眞朱は鍵を掛けようとドアに近づいていたため、鼻を打った。
痛そうに鼻を押さえてしゃがみこむ眞朱。
青爛はドアに何か中ったことを感覚的に捕らえ、何が中ったかドアの内側、陰になっている部分を覗き込み――鼻を押さえて蹲る三歳児を発見した。
「ま、まさか……」
「(そ、そう!)」
鼻が痛くて声が出せない。気付いてくれ兄さん、と眞朱は思った。
そして、青爛が発した言葉は――
「眞朱の隠し子!!?」
「何でそうなるんだ、バカ兄貴!!」
青欄の斜め上の発言に、痛みを忘れ思わず叫んでしまった。
「相手誰だ!?」
「だから違うっつってんだろ、馬鹿野郎!!」
眞朱はこれかあら必死に、自分が妹である眞朱であることを訴えるのだった。
* * * * *
ベッドに眞朱を抱いて座る青爛。
「なるほど。朝起きたら体が縮んでいた――と」
「ああ」
「身体は子供、頭脳は大人、てか?」
「おう」
「コ○ン君か馬鹿野郎!」
ズビシッと眞朱の頭につっこみのチョップを下す。
「痛てーよ! それに馬鹿じゃないし! 野郎じゃないし!」
もちろん眞朱は反論した。
「とりあえず、母さん達に話そうと思う」
「ああ。それには俺も賛成」
じゃ、と青爛の膝から飛び降りようとしたが、それよりも早く青爛が眞朱を抱きかかえた。
「に、兄さん? 下ろしてくれない?」
「このまま慣れない身体で階段下りる気かよ。
危ないから、俺が抱いてく」
「あ、ありがとう」
変なところ(?)で優しい兄さんだった。
* * * * *
所変わって場所はリビング。
ここの隣にはダイニング及びキッチンがある。
リビングには三十二インチの薄型テレビが入り口から見て右側にあり、その前にガラステーブル、その後ろ、入り口から見て左側に三人掛けのソファと正面に向いて一人掛けのソファがある。他にも色々とあるが、そこは割愛しよう。
「まぁ、眞朱ったら三歳に戻っちゃったのねー」
頬に手を宛がい、おっとりと、感心した風に言うのは、長い黒髪に黒い目をした母親――人巴緑梨(三十八歳)。
全然、全く困った様子じゃない。
「懐かしいなー!」
ぐりぐりと頭を撫で回す、明るい茶色い髪に黒い目をした父親――人巴紬黄(三十六歳)。
寧ろ面白がっている。なんなんだ、この夫婦。
「「(この天然ボケ夫婦が!)」」
子供二人の意思がシンクロした。尤もである。
二人に危機感というものは存在していないのか。割かしおっとりしている青爛でさえ焦った事件だというのに……。しかし、だからこそ子供二人がしっかりしているのだと言えば、納得してしまいそうである。
「そうだわ、眞朱に何か合う服を着せないと」
緑梨が言う。
今さらだが、眞朱はスウェットのままだ。しかしMサイズでも三歳児には大きすぎ、右肩が出ており、もうズボンは二階に置きっぱなしのワンピース状態だ。
「確かー」
そう言って二階に服を探しに行く緑梨。若干不安そうに、眞朱は紬黄に頭をぐしゃぐしゃにされながら、嫌な予感がする、と思っていたのだった。
* * * * *
ぎゃーと、女らしくない叫び声が聞こえる。
声の発生源はまあ、皆さんの予想通り眞朱。原因は、緑梨の手にある服だ。
「絶対、着ないから!」
「だって、これしかなかったんだもの。明日お洋服買いに行くから、今日はこれで我慢して、ね?」
びろん、と緑梨の手にある服はピカチ○ウの姿をした繋ぎ――いや、もういっそ着ぐるみと称した方がいいようなものだったのだ。
十数分の着ぐるみとの格闘。にこにことしている三人。眞朱はイラつきで近くにいた青爛の脛を蹴った。しかし、所詮三歳児の力、大して痛くもないのだが――
「――っ」
爪が刺さった。血は出てないが、痛みが半端ない。あ、切るの忘れてた、眞朱は青爛の反応で気付いた。痛いだろうなー。暢気である。
そしてそれに負けた眞朱は「しかたない」と、渋々それに腕を通す。
実写版ピ○チュウの完成だ。
青爛と紬黄も「似合う、似合う」と褒め言葉を送るが、眞朱は嬉くなるわけがない。
ぶすっと剥れて不機嫌そうに胡坐をかこうとしたが、失敗。足が短くバランスが取れない。仕方なく足を伸ばして座ると、青爛は「本物そっくりだ」と先ほどの仕返しのように笑い、眞朱は余計に剥れる。が、それで終わるはずもなく。
「ハッ、小さい奴」
鼻で笑ってやった。そして小さいのはお前だ、とお決まりになりかけている青欄のつっこみのチョップが眞朱の頭に決まった。
* * * * *
翌日、あれから眞朱はまだ戻らない。
では、昨日の話を簡単にしよう。
あの後、幼児の身体で一人でトイレや風呂に行くのは危険と判断され、殆どの行動に緑梨が付き添った。
青爛がやると挙手した際は、眞朱が即効で却下と言った。そして青爛は、のの字を書いて落ち込んでいた。
そして今、眞朱は緑梨と共に服を買いにきた。
「どれがいい?」
緑梨はウキウキと買い物を楽しんでいる。しかし、眞朱の格好はあの○カチュウ。眞朱は服より羞恥に耐えるので精一杯だった。
なので、結局服は全部緑梨が決めた。
「本当に良かったの?」
「うん。寧ろこっちの方がまだいいよ」
今の眞朱の格好は、黒いノースリーブに金色で英語が書かれてあり、下は白のふわふわしたレース付きのスカート。それに黒と紫の横縞の入った膝上までのロングソックスに黒に赤の紐の紐靴。
全く眞朱の趣味ではないが、いや、靴は割かし好きだ。そして、今の格好はピカチュ○よりは幾分もマシだった。
母親――緑梨の趣味丸出しだが。彼女は昔からパンクやゴスロリを眞朱に着せたがった。
眞朱が男勝りな原因の一部であることを、緑梨は知らない。
因みにピ○チュウの着ぐるみは、緑梨の持つその服屋の文字の入った袋に入っている。
店で着替えたのだ。勿論値札は切ってもらった。
* * * * *
そして、二人は帰路についた。あの後、子供用の食器類なども買っておいた。
しかし、ここで問題発生。
近所のおばさんに見つかってしまった。
しかも、このおばさんは噂好きで近所では有名なのだ。下手なことを言って噂にされれば堪ったものじゃない。
「あら、人巴さん、こんな小さいお子さんいらしたの?」
眞朱は顔を見られないように下を向く。ばれたら何を言われるか。
母さん、頑張って誤魔化してくれ!心の中で母にエールを送った。
「いえ、ウチの子じゃないんですよ。私の妹の子でしてね」
「あら、妹さんがいらしたの」
「ええ。それで今、少し妹が忙しいんで、ウチで預かってるんですよ」
ナイスだ、母さん。眞朱は心の中で母に感謝した。
それからしばらく雑談をし、別れの言葉を交わしておばさんは去っていった。
「危なかったー」
眞朱はホッとし溜息を漏らす。
「私に妹なんていないけどね」
そう、緑梨の言葉は真っ赤な嘘。実際緑梨は一人っ子だし、妹がいるのは父である紬黄の方だ。
だが、そんな事を近所のおばさんが知っているわけない。それを、緑梨は利用したのだ。天然ではあるが、頭の回る緑梨だった。
* * * * *
あれから数日。
眞朱は今、携帯と格闘していた。
こんな身体になってしまった今、折角夏休みにプールに行く予定を友達と立てていたというのに、全て断らなくなってしまった。
三歳児の身体に対しては大きい携帯。ボタンも一つ一つ丁寧に押していく。
一体何人の友達に『ごめんね』と書いたメールを送ったことやら。泣けてくる。眞朱の思いはそうだった。
「大丈夫か?」
「おう、何とかなってる」
青爛の言葉にそう返す。しかし、実際はかなり苦労していて何とかなってはいない。何度打ち間違えたか。数えだしたら限がない。いや、すでに数えることも不可能なほど間違えた。
カチ、カチ、ゆっくりと携帯のボタンを押す音がする。
後ろではそれを心配そうに見ている青爛。
微笑ましそうに見ている緑梨。
因みに、父――紬黄は仕事で今日は家にいない。
「可愛いわー」
懐かしそうに目を細める緑梨だが、横では青爛がハラハラとしながら眞朱を見守っている。
「よし、これでいい」
ふう、と額に浮かんでいる汗を拭う。
凡そ十七件。眞朱は友達との約束が多かった。なので、メールを送るのにも時間が掛かってしまった。
いっそ一斉送信で『ごめんねメール』を送ってしまおうかとも思ったが、いやいや、それは不味いと止めておいた。文句が来そうだと思ったからだ。
「お疲れ様」
「おー」
眞朱がグタッと力尽きたようにフローリングの床に倒れた。
それを見て、終わったと確信した青爛が労りの言葉をかけた。それに眞朱は気の抜けた返事を返した。
「もう、疲れた」
そう言って眞朱は携帯を閉じ、うとうととし始めた。
それに気付いた緑梨が、パタパタと小走りで部屋を出て、二階からタオルケットを持ってくる。
その間に、すでに眞朱は寝ていた。その横で、青爛が眞朱の髪を撫でている。それに目を細め、緑梨は眞朱にタオルケットを掛けた。しかし、三歳の眞朱には、このタオルケットは大きすぎ、まるで小さなカーペット状態になってしまったのだった。
* * * * *
眞朱が縮んで約半月。八月前半。
この日はお墓参りに家族全員でお寺に出かけた。
眞朱が生まれる前に母方の祖父が亡くなり、五歳頃に父方の祖母が亡くなった。そして七歳のときに父方の祖父が亡くなり、十五歳、つまり去年に母方の祖母が亡くなった。
特に眞朱は母方の祖母に懐いていた。なので、今年の墓参りは眞朱にとっても大事な行事なのだ。小さくなったけど。
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん、久しぶり」
どちらの祖父か、祖母か、そんなことは関係ない。
今、兄、青爛と父、紬黄が水汲みと掃除用具を取りに出かけた。眞朱はその小さな手いっぱいに活ける花を抱えている。
そして、青爛と紬黄がきて二つの花筒を掃除し、片方に緑梨が、片方に眞朱が花を活ける。
そして墓石に水をかけ、墓石の方の掃除に取り掛かる。三人が掃除し、眞朱一人が辺りの地面に生えている雑草を引っこ抜いていた。
そこでも問題発生。三歳児の力では引っこ抜くのが難しい雑草発見。しかし誰かに頼るのも嫌だ。そう思い、踏ん張る。グググっと根が出てきた。ちょっと休憩。
「ふう」
もう一度引っ張る。根っこの先が出てそうだ! 頑張れ! エールを送りたくなるような姿だった。
引っ張り、引っ張り、引っ張り――ぷちん、と音を立てて根が切れた。
「あうっ」
突然根が切れたので尻餅をついてしまった眞朱。そして、三歳児VS雑草の対決は、眞朱の勝利で終了をした。
余談だが、この時の眞朱の頑張りを三人が掃除しながら見ていたことを、眞朱は知らない。
――チーンとどこからか鉦の音が聞こえた。
* * * * *
八月中旬、比較的涼しい日に眞朱と青爛はプールに出かけた。因みに眞朱の水着は母、緑梨がワンピースタイプの物を買い込んでいた。
「「行ってきまーす」」
なんとも気の抜けた挨拶をし、青爛は玄関のドアを開けた。眞朱ではドアノブに届かないから青爛が開けたのだ。
そして数十分歩いて、近所にある市民プールに着いた。
「眞朱、一人で着替えられるな」
「もち!」
水着に着替えるには男性と女性で部屋が分かれる。
本来なら、男性用の部屋に三歳の眞朱は入ってもいいのだが、精神年齢は十六歳。女子高生だ。入れるわけが無い。だから部屋で別れるのだ。
「じゃあ後でな」
「うん」
割かし空いている日だったのが幸いしたのか、この二人を不審な目で見ている輩はいない。
そして別れ、部屋に入った――が、そこで後悔。羞恥を押し殺してでも兄さんに着いていけば良かったと後悔する。
――そう、ロッカーに届かないのだ。唯一届く一番下とぎりぎり届く二段目は全部埋まってしまっている。
どうしよう、困り果てた時だった。
「お譲ちゃん、大丈夫?」
「あ……」
一人の成人――二十代後半くらいだろうお姉さんが眞朱に声を掛けた。
「ロッカー、届かないの」
出来る限り、子供らしく、三歳児らしく演じる。
「そっか。じゃ、私のロッカー使う?」
お姉さんのロッカーは一番下だった。
「いいの?」
「勿論」
「ありがとう!」
「いいのよ。私にも貴女くらいの子がいるからお節介焼きたくなるの」
そして眞朱は、何とかロッカーは親切なお姉さんのお蔭で確保できたのだった。
しかし、お姉さんは不審に思わなかったのだろうか、三歳児が一人でいることに。
* * * * *
先ほど分かれた場所で、眞朱は青爛と落ち合った。
兄は青をメインにした海パン。眞朱はピンクをメインにしたフリル付きのワンピースタイプの水着。
「大丈夫だったか?」
「ロッカー、親切なお姉さんが譲ってくれた」
「そっか、よかったな」
二人で少し言葉を交わすと、手を繋いで二人はプールに向かう。
流れるプールに普通のプール、三本の短い滑り台のようなウォータースライダーと、二本の渦を巻いた長いウォータースライダー。
人もそれほど多くなく、割かし大きい市民プールなので楽しめそうだ。
「まず、流れるプール行くか」
「うん」
青爛は歩幅を狭め、タッタッと早足気味で歩く眞朱に合わせてやる。
そして流れるプールに着く。
眞朱の足は絶対に地面に着かない。しかし浮き輪も無い。だから眞朱は青爛に抱かれてプールに浸かる。
そして次はウォータースライダー。当たり前のように長い方を二人同時に選んだ。
だが、三歳児一人で滑れるわけがなく、青爛と一緒に滑る。かなり楽しいぞ、これ! それを、三回ほど繰り返した。
その次は短い方のウォータースライダーだ。
まるで滑り台を滑っているようで思った以上に楽しい。勿論二人一緒に滑った。これは二回繰り返し滑った。
そのあの、普通のプールで少し遊んだ後、もう一度流れるプールに入る。三歳児の体重でもぎりぎり浮くか? そう思い、青爛は手をそっと離し――ぷかぷかと浮かぶ眞朱を見て笑った。
そして眞朱は幼少期に戻ったように、青爛も久しぶりのプールを思いっきり楽しんだのだった。
* * * * *
まだ、八月中旬、そこで眞朱は大変なことに気がついた。
「宿題、やってない!」
やばいぞこれは! そう思いタッタッと階段を上り――このとき一度眞朱がこけかけたのはご愛嬌だ――部屋から宿題を持って下りる。このときはこけなかった。躓かなかった。
「おう、どうした眞朱、両手いっぱいに本抱えて」
「不味いぞ兄さん、宿題を忘れてた!」
「……馬鹿だろ、お前」
「あんたもな!」
くそう、否定できないじゃないか。唯一の反論が最後の言葉だ。
そしてリビング。机に勉強道具を広げ、クッションで座高を高くする。
よし、何とかできそうだ。
短い鉛筆を持ち、悪戦苦闘、四苦八苦しながら宿題をやる。
勿論現役大学生の兄、青爛にも手伝ってもらった。
分からないとこかってあるんだ! 眞朱の意見である。
まあ、宿題のドリルを全部完璧に解けるかといえば、それは少し難しいだろう。
「ふう、なんとかなりそうだぞ」
「よかったな」
眞朱の通う高校は、比較的宿題が少ない。これは幸いだった。
あまり苦労せずに済みそうだ。
「おい、ここ違うぞ」
「え、だってここはこう――」
「そうじゃなくて、ここはこう――この公式使うんだ」
「あ、本当だ」
現在数学と格闘中です。眞朱の書いた答えを見ながら青爛が間違えを指摘する。
実は青爛、頭が良かったりする。たまに斜め上の発言をする事があるが。
そして、数日に渡り、眞朱は宿題をやり遂げたのだった。
そのやり遂げるまでの経緯は、まあ割愛させていただこう。
あの会話のような感じでやり遂げたとでも思っておいてくれ。
* * * * *
眞朱が縮んで一ヶ月が経った。
日にちは八月二十三日。
そして、今日は特に暑い、茹だる様に暑い日だった。
「うだー」
本当に茹だっていた。
「あー、涼しいー」
エアコンの効いたリビング、そこに眞朱はいた。
横にはタオルケットをお腹に掛け、クッションを枕代わりにして仰向けで寝ている青爛がいる。
何だかムカついた。
眞朱はその小さい足で横腹を蹴る。青爛は何の反応も示さない。
更にムカついた。
「起きろよ、馬鹿!」
片足で、思いっきり腹を踏ん付けてやった眞朱。
「うぐっ」
流石にこれは効いた。しかし、踏まれた理由がなんとも理不尽である。
「な、なんだよ、眞朱」
「なんかムカついた」
「理不尽すぎるだろ、それ!」
尤もである。
しかし、もうすぐ夏休みも終わるというのに、なんとも暢気な眞朱達である。
一体学校が始まったらどうするのであろうか。
* * * * *
夏休み最終日、到頭この日がやってきた。
「どうするよ」
「どうしましょう」
「どうするか」
青爛、緑梨、紬黄が言う。ダイニングの四人掛けのテーブルの右側に眞朱と青爛。左側に緑梨と紬黄とで座っている。眞朱の前には紬黄、青爛の前に緑梨が座っている。
明日から学校が始まる。しかし、眞朱が戻る兆しは全く、全然、一切無い。
「お前ら真面目に考える気ないだろ」
眞朱が言う。しかし、それは実は当たっていたりする。
三人に危機感を言うか、そういうものは存在していない。
「一週間くらいは夏風邪で誤魔化せんだろ」
「いや、一週間はきついよ」
「そうねー。旅行から帰ってないっていうのは?」
「いやいや、それは不味いって、。ていうかそれじゃ予定断った意味ないしただの馬鹿だろ」
「全部に文句言うなー」
「あんたにも言ってやろうか?」
青爛、緑梨の意見をスパッと切り、紬黄が笑う。それにムカついた眞朱がギロリと紬黄を睨んだ。しかし、どこ吹く風、紬黄には効かない。流された。畜生! 心の中で叫ぶ。脛を蹴ってやろう。だが届かない! 足が短い! 畜生! また心の中で叫んだ。
眞朱の格闘に気付かない三人は話を広げていくが、眞朱は紬黄の足を蹴ろうと格闘中だ。気付かない。
結局まともな意見の出ないまま、一先ず明日は休みの連絡を入れよう、という事になった。
そして、眞朱は眠りについた――ところで目が覚めた。
* * * * *
呆然と、起き上がる。
窓の外を見ると朝日が燦々と挿し込んでいる。
全身鏡の前に行く。身体が元に戻っている。服もスウェットだ。何故? 子供用の服を着て寝たはずだ。
それならば、多きくなった際に服が敗れたりするのではないだろうか?
今日の日付を確認する。今日は――夏休みの初日だった。
「夢落ちかよ!」
ありきたりすぎんだろ! 心の中で叫びました。
妙な焦燥感に駆られたときだった。
ばたばたと階段を駆け上がって来る足音がする。しかし、母、緑梨はこんな足音を立てない。父、紬黄にしては、二階に来る理由が思い当たらない。
ならば消去法で、こんな音を立てるのは兄、青爛くらいという事になる。
「なんだ?」
そう言い、自らドアを開けた。
「起きてたか、眞朱! 大変なんだ!」
訳が分からない。しかし、眞朱は考える前に青爛に腕を捕まれ引っ張られる。
そして階段を駆け下りる。
バランスを考えろ! 叫びたくなった。それほどまでに危ない足取りで階段を下りているのだ。意外と、下から引っ張られて階段を下りるというものは怖いものだ。
そしてリビングのドアを開けた。そこにいたのは――ピ○チュウの繋ぎ――とういうより着ぐるみを着た、三歳児の女の子がいた。
正夢かよ! 予知夢かよ!
思わず叫んだ。勿論声に出して。前にいた青爛が驚きで振り返った。
* * * * *
事情を話せ。そう言い眞朱は青爛に詰め寄る。
「まー詳しい話は両親と、な」
どーどー、そう言い眞朱を落ち着かせる。馬か私は! 逆効果だった。
そして、四人掛けの席に夢通りの位置に四人が座る。
三歳児はリビングでぬいぐるみ相手に遊んでいる。かと思えば傍に置いてあったクレヨンで紙に絵を描きはじめる。かと思えばテレビを見始めた。
好奇心旺盛な子供だ。
「あの子誰?」
尤もな疑問だ。起きて知らない子供が家にいたら驚くだろう、普通は。
「俺の妹の子、人巴紫音ちゃんだ」
「父さんの妹?」
確かに紬黄に妹はいる。しかし、じゃあ何故ここにその人の子供がいるのか、という話になるのは必然だ。
「実はなー、おばさん、蒸発したんだよ」
「蒸発――消えたのか?」
青爛の言葉に驚いたように目を見開き青爛の方を向いた眞朱。
しかし、知り合いが蒸発するとなれば、驚かざるを得ないだろう。因みにおばさんは二十九歳だ。
「ああ、連絡も取れないんだ」
父、紬黄が言う。
「手紙で『旦那が死んで、私一人ではこの子を育てていくことが出来ません。どうかこの子を、紫音をお願いします』って書いてあってね」
母、緑梨が言う。
紬黄の妹は遅くに結婚し、早くに旦那を亡くしている。
緑梨と紬黄曰く、旦那の死に耐え切れなくなり、娘だけを兄夫婦に頼んだ、という事らしい。
「朝起きたら、紫音ちゃんが紙を持ってが玄関にいたのよ」
そりゃもう吃驚した、と続ける緑梨に、そりゃ当たり前だと眞朱は驚く。
しかもこの子の『紫音』という名前は青爛の『青』と眞朱の『朱』の色を混ぜて『紫』音と名付けたらしい。
おいおい、おばさん、適当すぎじゃね? 眞朱の思いはそうだった
「まずどうしましょうか。家には三歳のころの服はないもの」
夢よりも、緑梨は不安そうだ。
「――買いにいくしかないな」
まるで夢にいるみたいだ。そんな事を思いながら、眞朱は声を発した。
「まず、服を買って、風呂やトイレの面倒は母さんが見て。寝る時は私が一緒に寝るから。
それで、墓参りとかにもちゃんと連れて行こう」
「あら、随分としっかりしてるわね」
夢で見ました。なんて言えるわけがなく「ちょっと考えればすぐ分かる」と誤魔化した眞朱だった。
* * * * *
あれから服を買いにいき、夢通りの服を買って緑梨と紫音が帰ってきた。
さすがにこれには驚いた。服が全く一緒じゃないか。眞朱は呆然としたが、それに気付いた者はいなかった。
これは幸いなのは、不幸なのかは分からない。
そして夢どおり、墓参りに行き、プールに行き、夏休みの最終日を迎える。
驚くことに、宿題の内容まで全く同じだった。これはラッキー、答えを見て解いている様なものじゃないか。十七件のメールの送り主達とも遊ぶことが出来た。
今年の夏休みは最高だ! 思わず叫びたくなる。
しかしそれでは変な人だ。我慢、我慢。
因みに紫音ちゃんに宿題はない。当たり前だ、三歳児だもの。携帯も持っていない。当たり前だ、三歳児だもの。
最終日も、いつもと変わらず五人で過ごす。おばさんと連絡はまだ取れていないらしい。緑梨も紬黄も非常に心配している。
何かあったんだろうか。そんな事を言った眞朱。
何もないだろう。そう言い返した青爛。
とにかく、紫音が人巴家に来て一ヶ月以上経った以外は、何も変わらない日常。
そんな時、ふと眞朱は緑梨に聞いた。
「おばさんって、どんな顔だったっけ?」
「もう、眞朱ったら忘れちゃったの?」
そう言いつつも、緑梨はアルバムを持ってきて眞朱に写真を見せる。
そこに写っていたのは、優しそうな二十代前半くらいのお姉さんが赤ん坊の眞朱を抱いた姿だった。
「――っ(このお姉さん!)」
夢の中で、プールに行ったときにロッカーを譲ってくれた人だった。
そう言いたかったが、所詮夢の中の話。話したところで意味はない。
眞朱は言いかけた言葉を呑み込み、緑梨にお礼だけを言って二階の自分の部屋に入る。
――夢の話なんて、意味なんかない――
ベッドに倒れ込むように寝転ぶ。
「畜生っ」
そう言って、眞朱は眠りについた――ところで目が覚めた。
* * * * *
またも呆然とする。
日付は、夏休みの初日を示していた。
頬を抓る。痛みは感じる。
「夢から覚めても、また夢でした、てか」
笑えねーよ! 心の中で叫ぶ。
暫く呆然としていれば、階段を上る足音がする。
どうせ兄さんだ。そう思いドアを自分から開ける。そこに立っていたのは――母、緑梨だった。
「母さん?」
「あら、起きてたのね! 良かったわ!」
妙にテンションが高いぞ? 眞朱は疑問を抱く。
「今、お父さんの妹さんから連絡が来てね、赤ちゃん、産まれたんだって!」
「おばさんの子供――?」
ああそうか、現実、本来はおばさんは妊娠中だったはずだ。それて、赤ちゃんが生まれたんだ。
ん、待てよ……と眞朱は思い考える。
「もしかして、赤ちゃんの名前って、紫音、だったりする?」
「あら、よく知ってるわね!」
正夢かよ! 予知夢かよ!
心の中で叫びました。