夕と憂
彼は死んだ。俺を残して。
◇◇◇
馬鹿げた話をしよう。俺は死に、今この現世で漂っている。……え?なに?馬鹿だって?だから言ったろ、馬鹿げた話をしようって。でもま、事実なんですけどね。
あ、なぁ見ろよ、あいつ。ほら、そこ歩いてる奴だよ。いかにも死にそうな顔してやがる。なんなら俺より死んだ顔じゃね?はっはっ。なんてな。困るなよ。……ん?あいつが知り合いか?あーさすがに知り合いでもない奴にここまでは言えねえよ、俺でも。なに?聞きたいわけ?いーよ。話してやろう。つっても大した話出てこねぇけど。
あいつはなぁ、俺の幼馴染なんだ。だったって言った方がいいか。まぁそれは置いといて……もうね、幼稚園から一緒で仲良し。いや、そこまでじゃないか。多分ちゃんと仲良くなったのは小学校か。あんま覚えてないけど。んで、なんか母さん同士仲良くなったのもあって一緒によく遊んで、漫画貸し借りして、テレビ一緒に見て、お互いの家にも泊まったりしてたな。あー楽しかった。さすがにさ、高校生にもなって人様の家、泊まんのも申し訳なくなってあんまできてなかったんだよな、最近。またやりてぇなー。まぁでも一番記憶に残ってるって言ったら、親に言われて向日葵を庭に植えさせられたんだけど、あ、あいつの家のね?で、めっちゃでっけぇのが咲いて、もうめっちゃ笑ったよね。俺ら才能あんじゃね?って。それがつい最近の高2っていう。笑えるでしょ。あれってもう枯れちゃったかな。……なぁ、あいつん家行こうぜ。……え?嫌?俺が嫌っていうのが嫌!ほら行くぞ。
ここがあいつの家だ。でっけぇだろ。ついでに言っとくと、俺ん家が隣の隣の隣のあれ。……え、興味ない?あ、そう。まぁいいや、こっちこっち。ほら入るぞ。……だーいじょーぶだって!俺ら幽霊だよ?お化けだよ?見えるはずねーって。ほらほら。おっじゃましまーす!なに、大声出すな?いや、お邪魔すんだからちゃんと言わな……ただ声がでかすぎ?おまっふざけんな。はぁ……えーっと、あいつの部屋はここ!もう何年も一緒にいるからな。もうここも俺の家みてーなもんだよ。じゃ、入るか。
「うっひぐっ」
え、泣いてる。え、泣いてるんですけど。……俺に言うなって言われても、え?泣いてるんだけど。えーどうしたんだよ、なんか嫌なことでもあったか?……まー聞こえねぇか。あーどうしよ。俺今めっちゃ泣かしちゃった気分。……え?事実?なんで……俺がいなくて泣いてんの?あ、そういうこと?え、なに、馬鹿って言った?おまっ一旦黙れ。……ごめん、俺死んじゃって。おまえを置いてくつもりはなかったけど、おまえを一緒に死なすつもりもなかったよ。だから……え?なに?……あーなんで死んだか?言ってなかったっけ。言ってないか。えっとな、あ、そうだ、夕陽。夕陽が綺麗でさ……誤魔化そうとしてる?いや、違うって!本当の本当にそういう経緯なの!夕陽がめっちゃ綺麗でさ、あー絶対こいつの好きな景色だよなーって思って写真撮ろうと思ったんね?まぁでもこいつ、写真部だったし、絶対、俺の方が綺麗に撮れる、とか言ってきただろうけど。なんか、そういうどうでもいい会話のために写真撮ってたらさ、車来ちゃって、普段あんま車通んないから普通にど真ん中で撮ってたら普通に轢かれた。ははっ。ちょーくだらん死因でしょ!本当、馬鹿みてぇ。……あーほら、だってその日はやけに夕陽が綺麗だったからさ、つまり、眩しくって俺が全然見えなかったんじゃね?ねー、本当死ぬはずじゃなかったんだけどなー。……なぁここにいてもこいつ泣き止まねぇし、ちょっと移動しね?……は?泣きそう?俺が?馬鹿言ってんじゃねぇぞ。俺は別に……これだよ。俺たちが育てた向日葵。でっけぇだろ。……もう枯れちゃったけどさ。ほら、夕陽。あー今日も綺麗だ。結局あいつに見せらんなかったのか。てか俺のスマホは?親が持ってんのか。え、中身って親に勝手に見られたりする?まじ無理なんだけど。……知らねぇ?他人事だと思いやがって。おまえは?……あーなんかごめん。えっと、なんだっけ……あーそうだ。こっからはあんま見えないけど、もうちょい坂上ったところからだとさ、夕陽が海に沈むように見えるんだ。それが、綺麗。え、見たい?いーよ。連れてってやる。そうと決まれば急がねぇとな。……好き?もちろん好きさ。あ、恋愛か?そういうのじゃないんだけどなー、でもま、近しいもんだよ。俺にとっては、多分あいつにとってもそういうもんだったんじゃねぇの?……あーあんま未練って感じもしてねぇけど、なんつーかな、あいつには早く俺のこと忘れてほしいと思ってるよ。だったらさっさと成仏しろって話だよな。やっぱ未練タラタラなのかも。あっははっ。あ、そろそろ見えんじゃね?見える見える。ほら、赤い。真っ赤だ。綺麗だろ?これを、見せたかった。……なんて、きっとあいつだって何度も見てるだろうけど、でもさ、あいつ体力ないからあんま外出ねぇし、意外と見てないかも、とか思っちゃってさ。あーこれじゃあいつのこと大好きみたい。……あーまぁ嘘じゃあないけど。おまえは成仏しねぇの?……なんだそりゃ、まぁいいけど。俺と一緒にあいつのこと見守るか?遠慮すんなって。……あ、わかったかも。俺、あいつ見守ってから死ぬわ。いや、違う、死んでたわ。えーと成仏。……いや、さすがにあと80年とかはバケモンすぎるって。んー、あいつが程よく俺を忘れるまで?……そりゃ寂しいよ。でも、俺だって成仏したら忘れる。忘れるどころの話じゃないだろうけど。俺はさ、やっぱ楽観的に生きてきたけど、あいつは真逆だからさ、俺がいなくなって尚更。だから、だからってのもおかしな話だけどさ、俺のこと忘れて、余計な煩わしいもん無くして、心のつかえは全部死んだ俺に飛ばして、元気取り戻して、あの夕陽とか見てたまに、あ、こういう奴いたなって思えるようになってほしいんだ。……我儘?知ってるよ、そんなの。それでもいいじゃん。こっちが勝手に祈るくらい。
◇◇◇
なんで、なんで死んだんだ。
車に轢かれた無惨なその光景は、目に焼きついて離れない。きっとこの夏の終わりが来る度に吐きそうな程に思い出すのだろう。黒い乗用車。言葉にするのが憚られる身体。中身がぐちゃぐちゃのリュック。ーー割れたスマホに映る夕陽。
俺は夕陽が嫌いになった。赤くて、赤くて、海に映る夕陽は血が広がっているようで。
『俺、夕陽が好きなんだ』
そう、馬鹿みたいに笑っていた彼はもう此処にはいない。
忘れたい。忘れたくない。忘れたい。忘れたくない。
これが悪い夢だと思いたくて何度眠ろうと、起きるといつも、あいつはいないのだ。
いつか、俺がもう一度笑える日が来るだろうか。
◇◇◇
あれから、10年が経った。さすがの俺ももう毎日泣いたりはしていない。
「元気か?元気かってのもおかしな話か。俺さ、あの日から夕陽が怖くて仕方なかった。赤くて、おまえを思い出して。でもさ、今はもうおまえを毎日思い出すための夕陽だと思ってるよ。てか、思わされてる?何度も夢に出てきやがって。夕陽綺麗だろ?ってばっか言うから」
俺は毎年墓参りに来ていた。そして独り言のように、こいつに話し掛けるのだ。
「おまえの馬鹿っぷりは忘れてやらねぇから」
なんて、きっと馬鹿は俺の方だ。
突然思い立って勢いで書きました。また時間ある時に『天才の弟』も更新していきたいと思っています。お読みいただき、ありがとうございました。




