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とある転生者の人間界での輝かしい功績と実情(後編)

全3話の第2話目です。最後まで投稿待ちになってるので確実に終わります。次の投稿は5/26の夕方になります。

 「一体これは何のために作られたものなのでしょうか?」


 研究者の一人が、徐ろにブラジャーを手に取り、上から覗いたり、下から見上げたり、片目を瞑り横から注視したりする。


 おいおい、前世なら変質者だぞ……


「今まで見たことのない形状の布が組み合わさっていますから、見当もつかないですね」


「今まで出土した物品は、現存する物品と何かしらの類似性があるので、推論もしやすかったのですが……」


 今更ながら今世で一番驚いた出来事は『下着という概念がない』ということだった。

 オレも乳幼児の頃はオムツをしていたが、幼児期になって以降下着を付けた事はない。

 名誉のためにいうが、排泄物が垂れ流しという訳ではなく、全て魔術で処理されていたのだ。


 今世の人たちは魔術が使えた。それには前世持ちのオレも含まれている。

 前世の人間の子孫なのに、今世の人々が、何故魔術を使えるようになったかは定かではない。

 ただ事実として魔術が使えるのだ。


 今世の人々は3歳頃に初めて魔術の手ほどきを受ける。その魔術と言うのが排泄物を処理するための魔術である。


 尿意や便意を感じたら、排泄器内に魔術で作った物質――オレは心の中で『魔術トイレ』といっているが――を生成し、それに排泄物を吸収させるのだ。

 その後、魔術トイレを消滅させ排泄終了。

 魔術トイレ内はいわゆる亜空間になっており、消滅させれば中にある排泄物も消滅するという仕組みだ。


 そういうものだと教えられた時、オレは初めて使う魔術がこれか……と非常にしょっぱい気持ちになったのを覚えている。

 ただ、少しの手ほどきで簡単に使えるようになったこともあってか、魔術トイレは非常に便利だった。

 トイレ待ちで我慢する必要もないし、漏らすこともない。排泄物の臭いの心配もないし、衛生面も安心だ。

 更にいうと魔術トイレが使えなくなるのは寿命の数日前。

 成人はその時だけ布おむつと他人の世話になる。

 つまり前世でいう、介護における排泄物処理の問題も、ないに等しい。


 今の今まで、魔術トイレのメリットしか享受してなかったが、オレだけが初めて魔術トイレのデメリットを感じている。

 下着の概念がないから、ブラジャーと女性用ショーツの用途が、今世の人々には分からないのだ。


 布おむつがあれば、ブラジャーはともかく、ショーツの方はなんとか類推できやしないか? と思わなくもないが、今世の布おむつの形状は『越中ふんどし』に近いので、ちょっと難しい。

 ブラジャーの方も基本的には魔術で解決するそうなので、やはり類推出来ないのだ。

 『魔術で解決するそう』と推定なのは、オレが前世の彼女一筋で、今世では女性のそういうところを一切見たことがないからに他ならない。


 そんなことを考えてるオレをよそに、目の前の研究者は、ブラカップの中に握りしめた拳を入れている。

 また別の研究者はチョキの形にした指を、ショーツのクロッチ部に宛てがい布地を伸ばしたりしている。


 頼む……止めてくれ。

 そんな真面目な顔で、変態チックな行動しないでくれ。


「ああ、新しい出土品に思わず興奮をしてしまい、お見苦しいところをお見せしました」


 オレには別の意味にしか聞こえないぞ。

 ブラジャー片手にそんな清々しい笑顔見せるな。


「おお、そうでした。遺跡研究の天才と評された御大に、是非この出土品についてのご意見をお伺いしたいものですなぁ〜」


 あー、こっちはこっちでオレに対して凄い期待の眼差し向けてきてる。

 

 オレは今までの苦労を思い返す。日本語の読み方を今世の人々にあらかた認めさせる為、苦労して数十年。

 もし仮にブラジャーと女性用ショーツの用途を意見したとして、それが認められるまでに、どのくらい年月と苦労が発生することか……

 そして正しい用途の認識が認められたとして、用途が魔術的方法で解決されてる今世で、ブラジャーと女性用ショーツにそれだけの価値があるかは疑問だ。 

 日本語解析には労力に対して対価が見合っていたので、論戦を戦う気力やモチベーションも湧いて出た。

 ただブラジャーと女性用ショーツの正しい用途を認めさせるために、そんな労力払いたいか? と問われると『NO』という他ない。


 オレの意見を聞きたいといってきた研究者の一言で、周りにいた研究者全員がオレの方を向いて、皆オレが意見をいうのを今か今かと待ち構えている。

 出来ればオレとは全く関係ないところで議論が転がっていき、正しい用途にたどり着くのが一番オレにとっていい。

 となれば、そんな訳あるはずないだろ! というような意見をいうのが一番いいか……


「これらは被るものでは?」


 オレはそう告げる。

 そんなことあるはずない! オレは即座にそんな意見が出るのを期待した。


「あーなるほど! さすがですね。それは考えもつきませんでしたね」


 ブラジャーを持っている研究者が持っていたブラジャーを頭に被り出す。

 

 おいおい、止めてくれ。その使い方は違う! それ前世でも上級者の使い道だから……


「おお、なるほどー。昔の人々はこのようにして、頭を飾っていたと考えて間違いなさそうですなぁ」


 間違いだらけだよ! 前世でそんな事して街を歩いたら、良くて遠巻きにされ、悪けりゃ逮捕ものだ!


「良く似合っておりますぞ! ではこちらはこのようにして使うものですかな?」


 そういってを女性用ショーツを手に持っていた古参研究者は、ショーツの足ぐりが頭頂部に来るようにして被って見せた。


 いや違うから!


「いや、それは違うと思いますよ」

 足ぐりが頭頂部に来るようにショーツを被った古参研究者に対し、若い研究者が反対意見を出して来た。


 そう、そうなんだよ。

 君、名前は分からないけど、見どころあるじゃないか!

 いってやってくれ、ショーツは被るものではないと……


「そのように被ると、もう一つの出土品と装飾する場所が同じになってしまうと思うのです」


 まあ、取っ掛かりはそれでもいいさ。ほら早くいってやってくれ。


「なので、こう被るのが正しいのではないかと思うのですが……」


 そういった若い研究者は、ウエスト部が後頭部に来るように、足ぐり部を耳に引っ掛けるように被って見せたのだ。

 結果として鼻と口はクロッチ部に覆いかぶさる事に……


 いや余計に酷くなってるぅ! そんな風に被ったら、変態メーターがMAX天元突破するぅ。


「おお! なるほど……その被り方は発想になかったわい。お主、若いのに見どころあるではないか!」


「そんなにお褒め頂けるとは……」


 変態チックにショーツを被った若い研究者は誉められたことで、気を良くし照れている。


 オレからすれば、若い研究者の評価はだだ下がりだ。


「ただ被って見て気が付いたのですが、布地が口を塞ぐので言葉を交わすには、若干の不便を感じますね」


「と、なると体を動かす必要のある労働者階級や、我らのように議論などで比較的話す必要がある研究者などが、使用する出土品ではないということか?」


「これは推測ですが、高位貴族のような比較的会話を交わす必要が少ない層が使用していたものかと……」


「なるほど話しづらいからこそ、言葉を発するのは重要な事柄に限るということか」


「はい、それが転じて『国を背負うものは、言葉に責任を持たねばならない』という覚悟と共に、この出土品を被っていたと考えれば辻褄も合います!」


 何が辻褄だ。

 そんな辻褄はどこにもない。

 あるのは正義と変態の権化だけだ。


「こんな有意義な議論は、もっと大勢の人間と交わしたほうがいいでしょう」


「そうじゃのう……高位貴族や王族の皆様のお考えも伺いたいですし」


 確かにオレと関係ないところで、議論が転がって欲しいとは思ったけど、転がって欲しい方向はそっちではない。

 何故そんなにすんなり議論が大きくなっていくんだ! 日本語解読の時には、あんなに反論していたじゃないか……


「謎の出土品の用途を一目で見抜くとは、やはり遺跡研究の天才と評されるだけのことはありますね。改めて敬意と尊敬の念を抱かずにはいられません!」


 周りの研究者が口々にオレを褒め称える。

 そうオレ以外の皆が、頭にブラジャーが女性用ショーツを被りながら……


 ここにいる研究者は曲がりなりにも、今世ではトップレベルの研究者。

 その全員がオレの間違った意見に賛同してしまった。

 こうなると、もうブラジャーと女性用ショーツが被りものだという間違った認識はひっくり返せないだろう。

 オレに出来るのは、間違った用途がこれから先、文化として定着しないことを祈るのみだった。


**********

 

 オレの祈りも虚しく、ブラジャーと女性用ショーツに関する議論は、その後も間違った方向に円滑に進んだ。

 そしてブラジャーと女性用ショーツを頭に被る文化は貴族階級と王族を中心に花開くことになる。

 また日本語解読が不完全なこともあり『ブラジャー≒ブラジャ』『女性用ショーツ≒ショツ』という名前で定着したのだった。


 そしてオレは遺跡研究の分野で多大なる功績を残した偉人として、今世で歴史に名を刻むこととなる。

 代表的な功績は『遺跡に残る古代語の解読』と『ブラジャとショツ文化の生みの親』 


 オレの意思と関係なく貴族に広がるブラジャーと女性用ショーツを被る文化に恐れ戦慄いた。

 どんどん作法が確立されていき、流行が生まれ、ブラジャーと女性用ショーツを被ることが賛美されていく。

 そんな中で俺の名声も更に高まっていった。

 名声の高まりには日本語解読の功績も寄与していたのだが、『ブラジャとショツ文化の生みの親』の功績のほうが、世俗的には圧倒的に強かった。


 ブラジャー作法を議論する会議には必ず呼ばれ、新作ブラジャーの発表会にオレを呼ぶことが、その会の格を上げることに繋がる。

 そしてオレはブラジャーを頭に乗せ、優雅に振る舞う貴族たちに囲まれるハメになった。

 名誉のためにいっておくが、オレはどんなに勧められても、ブラジャーを頭に被ることだけはしなかった。

 何が理由でそうなったのか謎だが、いつしかオレはブラジャーと女性用ショーツ文化の重鎮の名を欲しいままにしていた。


 その流れの強さは、いつの間にかオレみたいな矮小な人間がどうにか出来る域をとうに超えていた。

 それはオレの心に罪悪感として巣食い続けるが、その罪悪感を口にすることは出来ない。

 『これらは被るものでは?』などと、何故いってしまったのだろうか? オレはあの日からずっと後悔の渦中にいる。


 だからオレは懺悔のため、日記をしたため続けた。遠い未来の人たちへ向けて、せめてもの償いのために……


 そんな日記の序文はこうだった。


 未来の世界に生きる者たちへ……


 ブラジャーと女性用ショーツといっても、君たちはピンっとこないだろうし、本来の用途は分からないだろうから、精神的なダメージはないと思うけど、オレの自己満足のために謝らせて欲しい。


 ……本当、ごめんね。

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