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そこで、僕の張りつめていた糸が一気に緩んだ。
「はあ……疲れた」
こんなに人と話したのはいつ以来だろう。それも、初対面の人間と一対三でなんて。もしかすると、人生で初めてかもしれない。
そんなことを考えながら、三人の出て行った扉を惰性で見つめていると。
「あの、勇者様」
しばらく座り込んだまま黙っていたソマリが、口を開いた。
彼女の呼びかけによって、僕は自然、扉の方から、彼女の方へと視線を移す。
綺麗な瞳が僕を見つめていた。
「どうして、私を助けたりなんてなさったのですか」
不思議そうに、そしてどこか訝しむように、少女は言った。
「あ、いや、えっと……僕は、目の前で人が殴られているのを見るのは、好きじゃないので……」
「しかし、私は無彩者でございます」
「そんなの、この世界の人間じゃない僕には関係ありません。ムサイシャというのが何なのかもよくわかっていないですし……」
「無彩者というのは、彩りを持たない者、世界の理から外れた人間です。いや、人間と言って良いのかもわかりません。人と畜生の間、とでも申しましょうか。貴方は、畜生に対しても同じように慈悲をおかけになるのですか?」
なるほど、「ムサイ」は「無彩」か。
色の勇者と言われる僕たちのような存在が強くあがめられる世界だから、全く色素を持たない彼女のような人が、迫害されているということなのだろう。
だが、だとしてもやはり、そんなことは僕には関係なかった。
彼女がこの世界でどんな扱いを受けていたところで、僕の目には彼女はどう見ても、ただの儚げで美しい少女としか映らない。動物を軽んじているわけではないけれど、やっぱりどう考えたって、彼女は畜生とは違う。人間だ。
「慈悲、とかではないけど、傷つく人は少ない方がいい……とは思います。でも、」
僕は言う。
「でも、そうじゃないんです。僕が彼を止めた一番の理由は、」
後に続く言葉を、僕は躊躇った。理由としては、恥ずかしさが四割、気持ち悪さが三割、不適切かもしれないと思ったのが三割だ。
後に続けようとしていた「貴女が綺麗だったから」という言葉は、確かに僕の偽らざる気持ちであり、彼女を助けた最大の理由であったのだけれど、しかしそれは、初対面の、それも僕みたいな男に言われて気分の良いものでは決してないだろうと思ったのだ。
僕の逡巡のせいで、静けさが、部屋に充満する。
この静かな空間で、ソマリは僕の言葉をただ待っている。
そんな彼女の瞼が、ゆっくりと、ゆっくりと――
閉じた。
「……え?」
そして、体が徐々に前に傾いていき――
首ががくんと落ちた。
「おーい!」
「はっ!」
「今、寝てましたよね?」
「いえ、滅相もない。そんな無礼は致しません」
「眠いんですか?」
「眠くなど……はりまsせん」
欠伸を噛み殺しながら、彼女は言った。
どう見ても眠そうだった。
「して、先の話の続きは?」
「ああ、それは……」
「ニラとネギだけ持ってジャングルに赴かれたご友人は、どうなったのでございますか?」
「そんな話してない! やっぱり寝ぼけてますよ!」
まだ夢の中だった。
あいにく僕はそんなカモみたいな友人に心当たりはないし、なんならそもそも友人と呼べる存在自体に心当たりがない。友人だと思っていた人間にカモにされた過去はあるけれど。
てかこの一瞬でどうやったらそんな変な夢見れるんだよ。
「失礼いたしました、貴方様の召喚に当たり、少々寝不足が込んでおりましたもので。もう大丈夫です」
そう言ってぱちくりと目を瞬く彼女だったが、やはり瞼が重そうだ。さっき僕が召喚されたと同時に倒れてしまったのは、召喚が成功した安心感で、一気に眠気がピークに達してしまったからだったのかもしれない。
「勇者の召喚って、そんなに大変なものなんですか?」
「いえ、召喚の様子を観察・報告し、召喚後の勇者様にこの世界のことを教えて差し上げるだけでございますから、それほど労力の要るものではございません。しかしなぜかこのところ召喚にかかる時間が不安定なもので、予定を大幅に超過した観察報告業務が続き、このような失態に繋がってしまいました」
失敗の理由を言い訳がましくない程度に端的に述べ、申し訳ございません、と、再び彼女は謝った。
さっきと同じように、正座をして、額を地面につけて。
「か、顔を上げてください。そんなに謝られるようなことはされていないですから」
しかし今度は、僕がそう言っても、彼女は頭を上げなかった。さっき顔を上げた瞬間に頬を打たれたのがトラウマになっているのだろうか。
「大丈夫です。さっきの男たちはいませんし、僕は貴女をぶったりしませんから」
「…………」
「あの……?」
「…………ぐぅ」
「寝てんじゃねーか!」
「誰にでも下手」をモットーとしている僕も、これにはつい勢いで突っ込んでしまった。
「はっ! ここは……? 私は肉団子の妖精に丸呑みにされたはずでは……」
「だからどんな夢だよ!?」
この短時間でこうも面白い夢ばかり見られるとは、器用な人だ。
「その、眠いなら寝てくださって大丈夫ですよ。説明は起きてからで構いませんから」
「……いえ、そうはいきません。ただでさえ遅れをとってしまっているのです、一刻も早く説明を済ませてしまわなくては。たかが一週間寝ていないくらいで眠くなってしまっている私が悪いのです」
「今すぐ寝てください!!」
せいぜい二徹くらいの話かと思っていたら、まさか一週間とは。七徹とは。人間の活動限界をとっくに超えている。機能停止したように眠ってしまうのも無理はない。
というか、意志の力だけで一週間も起きていられるのがまずおかしい。この世界の人間は僕らよりも頑丈なのか?
ソマリはそれでもなお、「いや、しかし」「勇者様にこれ以上ご迷惑をおかけするわけには」とかなんとか駄々をこねていたが、僕がそれに対して静かにうんうんと頷いて対応し、何もしゃべらないでいると、「私は、だいじょ……」と言ったきり、言葉を止めてしまった。
喋りながら寝落ちする人、初めて見たよ……。




