プロローグ
初投稿です。よろしくお願いします。
茶色という色はつくづく不遇である。
赤や黄色のような華やかさも、青や緑のような静謐さも、紫や橙のような神秘性も無い。無彩色のような統一感もなければ、パステルカラーのような柔らかみもない。印象の薄い色。
僕の人生を色で表すなら、まさにそんな感じだった。茶色の人生。教室の隅でいつもスマホをいじっていて、誰とも喋らず毎日を過ごす。一日に交わす会話と言えば、先生に当てられた時に答えるか、教科書を忘れて見せてくれと頼む隣の奴に「いいよ」と言うくらいのもの。運動は中の下、勉強は中の上。特に何が得意なわけでも何が苦手なわけでもなく、クラスにただ存在しているだけの、誰の印象にも残らない奴。
好きの反対は嫌いではなく無関心、なんて言うけれど、それと同じ論法を用いるなら、「バラ色の人生」の反対は「暗黒の人生」などではなく、僕のような「茶色の人生」だ。僕は平穏な人生を平穏なまま、ひたすら過ごした。茶色い枕木と、赤錆に塗れた鉄のレールの上を、何を得るでもなく、また何を失うでもなく、なんとなく走ってきた。
そんな人生だったから、その瞬間にも特に何も思わなかった。学校からの帰り道、これまた茶色のワンボックスカーに轢かれ、僕はあっけなく死んだ。飛び散った赤黒い血液で、アスファルトが黒褐色に染まっている――
それが僕の見た最後の景色だった。
「お待ちしておりました、茶色の勇者様」
気が付くと、目の前に一人の女性が立っていた。たぶん会ったことの無い人。だが、その美しく凛とした立ち姿に、思わず体が硬直してしまう。
女性は碧眼に高い鼻と西洋系の顔立ちでありながら、しかし髪色は黒く、十二単のような着物を纏っていた。その容貌とファッションの不似合いが、女性に関して、つかみどころのない印象を僕に与えた。
女性はにこやかに微笑み、言葉を続けた。
「第一の人生、お疲れ様でございました。先の人生で、貴方はきっと多くのことを学ばれたことでしょう。その経験と勇者の権能を存分に活かし、次の人生では、どうか、この世界を救ってくださいませ」
第一の人生。
目の前の美しい女によって、僕の生きた十七年間は、どうもそう定義されたらしかった。彼女の言いぐさはまるで、僕が未練も何もなく終えたと思っていた十七年間の人生が、「次の人生」で世界を救うために経験を積む準備期間であったとでも言わんばかりだった。
「あの、どういうことですか」
ここで僕はようやく口を開くことができた。
女性はやわらかに応答した。
「急なことで困惑するのも無理はありません。もう少し詳しくご説明させていただきますね。この世界には、無数の色がついています。そして、その色ごとに勇者が存在します。勇者の使命は、自らの司る色を駆使し、黒の魔王を倒すことです。貴方は茶色を司る勇者として選ばれたのです」
詳しいご説明は、大して詳しくもなかった。
突然言われても、理解に苦しむ話だ。
けれど同時にそれは、まさしく昨今腐るほど溢れかえっている異世界転生譚のような、腐るほど溢れかえってなお、僕みたいな現実をつまらなく思う学生の憧憬を一身に集めてやまない俺TUEEE系ラノベのような話であることもまた、確かだった。
本当なのだろうか。
仮に本当だとして、それにしても。
「え、僕、茶色の勇者なんですか?」
「はい」
にこり。
女性は微笑みとともに言う。
「茶色って、強いんですか?」
「それは、まあ……使いよう次第かと」
にこり。
さっきから、全く同じ笑み。どう見ても愛想笑いだった。
……はあ。転生したからと言って全てが恵まれた人生をやり直せるなんて、そんなのはたテイのいいご都合主義にすぎない。現実とはこんなものだ。
だいたい、彼女は「第一の人生で多くのことを学んだことでしょう」なんて言っていたけれど、僕が人生で――いや、彼女の言い方に合わせるなら〝第一の〟人生で学んだことなんて、人はそれぞれの身の丈に合った生き方をしなければならないということくらいだ。その経験で、いったいどうやって世界を救えるというのだろう。
「ま、無理だよな……」
転生までしたところで、僕はやっぱり茶色の人生を生きていくしかないのだ。パッとしない、茶色の勇者として。
「それでは茶色の勇者様。黒の魔王の暴走を止め、どうかこの世界に、永遠の安寧をもたらしてくださいませ。汝の次の人生にすばらしき幸福があらんことを!」
女性が声高に叫ぶと、視界が真っ白な光に埋め尽くされた。