9)婚約者に、会いに行きました 1
アマンダ様がユリウス様にお会いできないことを報せてくださっていたけれど、何かの奇跡が起きてお会いできるかもしれない。
少しの期待を胸に、朝早くから湯を浴びてマッサージもしてもらい、舞踏会の準備のように念入りに支度をしました。
ワンピースはユリウス様からいただいた白くてスズランの刺繍のはいったものにしました。
腰には細いリボンが巻かれていて、「初めて会ったときに着ていたデイドレスみたいだから」と贈ってくださったのです。
私にとって特別なあの1日が、ユリウス様にとっても忘れられない思い出なのだと感じてとても嬉しかったことを思い出すと、気持ちも上向きます。
ユリウス様は出会ったときから10年、ずっと変わらず私のことを思いやってくださっていたのです。
たったの数週間お会いできなくて落ち込むなど、なんとぜいたくなことでしょう。
すっかり気持ちも落ち着き、出かける支度が済んだ頃、アマンダ様が用意してくださった公爵家の馬車が到着しました。
侍従からの挨拶を受け、馬車に乗り込みます。
私も少し作るお手伝いをしたサンドイッチと、冷めても香り高い紅茶をいれたバスケットを、侍女が馬車に載せて出発です。
ユリウス様に会えますように。
ユリウス様とお揃いの指輪に触って目を閉じると、ユリウス様の優しい微笑みが浮かびました。
◇ ◇ ◇
お城に着くと、公爵家の侍従から女性騎士の方へと案内が変わりました。
「ここからのご案内を任ぜられたサラ゠デューと申します。いつも母が世話になっております」
すらりとした女性騎士のサラ様は、少し日に焼けた顔いっぱいに笑顔を浮かべました。
「まあ、マダム=デューのお嬢様ですの!?こちらこそ、マダムには大変お世話になっております。マダムのお洋服は本当に素敵ですもの」
「母も常々、チャムリー家の奥様とご令嬢からアイデアがどんどん沸いてくると申しております。実は母のデザインしたドレスのほとんどが、ギネス公爵家のアマンダ様、チャムリー家の奥様と姉上のローズ様、そしてリリアーヌ様に着てもらうなら、と考えたものなのですよ」
なんと、思わぬ裏情報を伺ってしまいました。
闊達なサラ様とは思ったよりも話が弾み、ユリウス様の執務室まであと少しなのは残念だわと思ったその時、遠くにキラキラ輝く白銀の殿方を見つけました。
ユリウス様だわ!
朝から入念に支度してきてよかった。
久しぶりにお会いするのだから、少しでも可愛いと思ってほしいもの。
私は昔キラキラ光るお菓子たちに少しでも早く到着するために練習した、走っているようには見えないギリギリの走り方を駆使してユリウス様に近づきました。
隣をサラ様が音もなくついてきてくれます。
ユリウス様は足が長いので、はしたなくない程度にしか走れない私はなかなか追いつけません。
やっと声が届きそうな距離まで迫り、ユリウス様に声をかけようと口を開いた、その時です。
「リリアーヌ嬢とは、」
ユリウス様とお話しになっていた殿方が、私の名前を出しました。
私の足は、反射的に止まってしまいました。
「リリアーヌ嬢とは、今も会っていないのかい?お前から避けているんだろう?」
それを聞いたユリウス様が、ため息を吐き出されました。
「おい。…ああ、もううんざりだ」
お相手の愉快そうな口ぶりとは対称的に、ユリウス様のお声は低く怒りを堪えているようでした。
いつも穏やかで優しいユリウス様の声しか聞いたことがなかった私は、吐き捨てるように出されたその言葉に、心臓が凍り付いた気がしました。