21)婚約者はいつも、想っている sideユリウス 1
「はっはは!おっかし!ユリウスがより多くリリアーヌ嬢に会えるようにって、わざわざ魔法省にかけあったのに!その魔法のせいでリリアーヌ嬢に会えてないの?ははは!」
宰相は笑うが、私としては死活問題だ。
彼を睨みつけはするものの、リリアーヌ不足なことは事実。
「リリアーヌの名を、呼ぶな。減る」
八つ当たり半分、本音半分で言えば「なら会いに行けばいいじゃないか」と軽く返された。
行けるものなら、とっくに会いに行っている。
リリアーヌの澄んだ空色の瞳を見つめて、はやく口づけたいと常々思っている唇が動くのを見ようものなら、リリアーヌに知られたくない想いまで書かれた紙が豪雨のごとく降り注ぐに違いない。
そんな姿を見せたら、あの優しさだけで出来た砂糖菓子のようなリリアーヌが、どれ程心を痛めるか…。
いや、本心は、このリリアーヌへ狂おしいほどの想いを向けていることを知られて、嫌われることが怖い。
あと少し、もう少し、自己を抑える鍛錬をしなければ。
◇ ◇ ◇
リリアーヌのデビュタントのドレス選びの日が近くなっても有効な解除方法は見つからず、リリアーヌを想うと相も変わらず紙が降り注ぎ続ける。
いつ改善されるか分からない以上、奥歯が折れるかと思うくらい悔しいが、母にドレスの選定を頼んだ。
今まで手紙では自制できていた感情も、今の私では制御出来ず、長々とリリアーヌへの強い気持ちを綴ってしまう。
ただの断りの便りすら(“私の天使リリアーヌ、あなたの美しさ故に他の国につれさられぬよう云々”などと綴ってしまい)ろくな内容を綴ることが出来ず、リリアーヌへの手紙を初めて、部下に代筆をさせた。
しかし、部下がリリアーヌと綴ることすら赦せず、更にはリリアーヌを気遣ったりする内容を書くことも(私の言ったことを代筆させているとしても)赦せなかった。
結果素っ気ない連絡しかしなくなった私に、リリアーヌは不安になりつつも、私を待ってくれているという。
◇ ◇ ◇
ドレスを選ぶために邸にきたリリアーヌを久方ぶりに見た私は、本物の彼女を見ただけで感情が高ぶり紙をまき散らした。とても彼女の前に出られるような状況ではなく、影から見ていた。
母は「一言でも声をかけたら?」と言ってくれたが、「見ているだけで」と辞退した。
マダム=デューが来る前にリリアーヌと話した母に「リリーを悲しませないで…このままならいっそ…」などと言われたが、リリアーヌには私が王子様ではなく彼女に恋い焦がれているただの男だと知られたくなかった。
◇ ◇ ◇
そんな日々の中、憔悴しきった私をまた、宰相が揶揄ってきた。
「リリアーヌ嬢とは、今も会っていないのかい?お前から避けているんだろう?」
私はリリアーヌの名を呼ぶ閣下を睨みながら
「おい(リリアーヌの名を呼ぶな)」と睥睨した。
ひょいと両手を挙げて肩をすくめた閣下を横目に、「ああ、もううんざりだ(早く本物のリリアーヌに会たい触れたい抱きしめたい)」と大きく嘆く。
その時リリアーヌの気配を察知できなかったのは、我が人生一の不覚だった。
彼女があの会話を誤解し、傷ついたことを知ったのはその翌日、リリアーヌの兄君であるキール殿が突然我が家を訪れた時だった。