14)婚約者は突然、回想を始める sideユリウス 1
「ユリウス様、チャムリー嬢からの文が届きました!」
すっと私の横に立った部下は「便箋から良い香りがしますー」とニヤニヤしている。
その脛に蹴りを入れてから、丁重に手紙を受け取り、その丸みを帯びた字を眺める。
“親愛なるユリウス様”
彼女の字で書かれた文字ならば、自分の名前ですら愛しく思えるのだから、困ったものだ。
◇ ◇ ◇
リリアーヌは私たちが初めて会ったのは公爵家の茶会だと思っているが、それは違う。
私たちはそれより前に、会っている。
あの茶会より2年前の貴族子女の交流会に参加した時に。
その日、リリアーヌは小さな悪ガキ共に囲まれていた。
「おまえの髪の毛、たんぽぽみたいだな」
「すげぇ色」
「野草おんな!」
小さな口から放たれる暴言に、幼いリリアーヌは大きな瞳いっぱいの涙が浮かべていた。
赤い唇をぎゅっと噛みしめ、白く細い掌を握りしめて1人耐えていた。
あれは、泣く。
そう思い、彼らより年かさだった私が仲裁に入ろうとしたが、その前に彼女は反論した。
泣きそうになりながら、しかしきっぱりと。
「このかみのけは、だいすきなだいすきなお母さまから、ゆずりうけたものよ!ばかにするのは、ゆるさないわ!それになぜ、野草を笑うの?わたしはお母さまのすてきなおにわも、すきだけれど、のはらのお花も、ちゃーみんぐだとおもうわ。かんせいの、さみしいかたがたなのね」
まだ4歳の片言だったから定かではないが、「感性の乏しい方々」といいたかったのだろうか。
リリアーヌの、その家族を慕う強い気持ちも、見た目と違う気の強さも、感性の豊かさも、そしてそのたんぽぽ色の輝く髪の毛も、6歳の自分には眩しかった。
欲しい、と思った。
悪ガキ共は、言い返されると思っていなかったのだろう。
私が出るまでもなく、去って行った。
その後、チャムリー侯爵家の5人とギネス公爵家4人はそれぞれ挨拶を交わしたのだけれど、まだ4歳のリリアーヌはすっかり忘れてしまっていたらしい。
6歳になったリリアーヌは、私のことなど全く覚えていなかった。
それも全て、母に踊らされて2年間会いに行かなかった自分の落ち度なのだが。
とはいえ、2年ぶりに話したリリアーヌに「お初にお目にかかります」などと言われたときにめまいがしたのは、あの日の日差しが強かったせいではない。