11)婚約者に、会いに行きました 3
出迎えてくれたお母様は、侍女がバスケットを持っているのを見て、不思議そうなお顔をされました。
「ただいま…戻りました…」
お母様が不思議に思っているのは分かります。
それでも私は、帰宅の挨拶をするだけで精一杯でした。
シミひとつ無い床のカーペットを見つめたまま、お母様に手を引かれ自分のお部屋まで戻りました。
侍女が部屋着に着替えさせてくれます。
他の侍女がハーブティーを煎れてくれましたが断り、ベッドに横になります。
目を閉じれば、ユリウス様のお優しい微笑みが浮かびます。
目の端から涙が零れました。
大好きなユリウス様。
お優しいユリウス様。
そんなユリウス様が、あれほど恨んでいるこの婚約。
ユリウス様のために私が、できること。
お母様はベッドのそばで、ずっと手を握っていてくださりました。
「リリー、今日はもうおやすみなさい。明日が貴女にとってより良い日であることを願っているわ」
お母様の優しい声で、ようやく、私は夢の中に落ちていきました。
◇ ◇ ◇
夢の中にユリウス様が立っています。
その顔はいつもの穏やかな微笑みで、私は嬉しくなって走り寄りました。
いつもなら私に気がつくと両手を広げてくれて、私が飛び込むと「かわいいリリアーヌ」と優しく頭をなでてくれるのに、夢の中のユリウス様はすっと身を翻しました。
そして苦々しいお顔で「リリアーヌ、君に会いたくないんだ」と告げられました。
その途端、夢の中の私はパリンと割れて粉々になりました。
◇ ◇ ◇
思えば、私は6歳の頃からずっと、夢の中にいたのかもしれません。
お優しいユリウス様に王子様としての役割を押しつけ、自分はお姫様になった気持ちで好きなように振る舞う。
考えてみれば今まで、ユリウス様が穏やかに笑う以外の表情を見たことがありません。
あれは作られた笑顔だったのでしょうか。
微笑んでどんなお願いも叶えてくれるユリウス様が、1つだけ聞いてくれないことがありました。
リリ、と愛称で呼ぶことです。
何度お願いしても、ユリウス様は「かわいいリリアーヌのお願いだけれど、リリアーヌと呼ぶことを許しておくれ」と繰り返されました。
それが、ユリウス様の1つの線引きだったのかもしれない。
そう気がついた私は、泣き続けて腫れぼったい瞼に手を乗せました。