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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
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3-8 予備隊

      ◆


 俺がイダサの執務室を訪ねるのは、久しぶりのことだった。

 季節は秋となり、俺は多忙を極めていた。

 というのも、どこの誰の提案か知らないが、剣聖騎士団の増強が唐突に始まり、各地の軍に限らず、一般からも募集が始まったせいで、結果、誰かがそういう新人を教育しないといけなくなったのだ。

 誰が教育するのか、という疑問を剣聖騎士団の誰もが持ったはずで、俺も同様だった。

 それがカスミーユ、イダサ、ついでに重要人物であるハイネベルグ侯爵さえも同席する場に呼び出され、さすがの俺も、誰が教育係をするか、理解せずにはいられなかった。

 疑いようのない言葉はハイネベルグ侯爵の口から出た。

「ファルス、きみに剣聖騎士団予備隊の隊長の任を与える」

 俺は赤の隊でやっている通りに直立して「承りました」と即座に声にしたが、当のハイネベルグ侯爵は「威勢がいいな」と笑っていた。からかわれたようだが、俺としては他にやりようもない。

 というわけで、剣聖騎士団予備隊という呼称の新兵部隊をなんとか、まとめなくてはいけないことになった。

 予備隊の運用に関してはカスミーユ、イダサと何度か話し合いを持ち、そこへ白の隊の実質的指揮官のカテリーナが同席することもあった。

 新兵は力にばらつきがある。武器を扱うのに慣れているもの、いないもの。馬に乗れるもの、乗れないもの。魔法が使えるもの、錬金術が使えるもの、使えないものと、そもそも教育の機会がなかったもの。

 結局、予備隊は赤の隊、緑の隊から教官役を派遣してもらいながら、各人の個性や力を確認する方針を取るしかなかった。十人隊を最小単位として隊長を決めたが、これはまだ無意味だった。兵士としての単位ではなく、日常生活の単位のようなものという意味しかない。つまり現状の十人隊は戦闘を考慮していない。

 いずれはまとまった練度で、実戦向きの集団を構成させた上で、将校、下級将校にふさわしいものも見つけなくてはいけなかった。

 というわけで季節が夏から秋へ変わるまで、俺は王都のすぐそばの新設の野営地で、新兵三百人をどうにかこうにか、まとめていた。激務に次ぐ激務、困難に次ぐ困難だった。

 久しぶりに剣聖府へ戻っても、逆に落ち着かない。あの新入りたちが何か揉め事でも起こすのではないか、と気が気ではない。

 イダサの執務室に入ると、彼は彼で書類をまとめていた。

 俺を見て、柔らかい笑みが向けられる。堂々として、落ち着いている。度量の広さ、人格のおおらかさが表情に表れていた。

「久しぶり、ファルス。予備隊はどうなっている?」

「どいつもこいつも、やる気だけはあるよ。まだまとまっちゃいないな」

「上は焦っているようだよ。黒の隊が実質、消滅してしまったからね」

 黒の隊はハイネベルグ侯爵によって剣聖ベッテンコード探索を命じられ、すでに王都には残っていない。ベッテンコードに関しては各地に手配書が配られ、しかし秘密裏に捜索が進められている状態だった。

 いずれは噂として広まるだろうが、これが他国にまで知られるとややこしくなる。ソダリア王国に現存する四本の聖剣の全てがあるという状況は、王国がその存在を守り続けたからだ。

 破砕剣は今、ソダリア王国の手からこぼれ落ちかけている。他国のものが手に入れ、聖剣を抜くことがかなえば、その時は他国に剣聖が誕生する。

 厄介なことに、仮にその剣聖が誕生すると、それはこの世界で唯一、聖剣を破壊できる剣聖でもある。

「ベッテンコード先生はどこへ行ったのやら」

 俺の言葉に、どうだろうね、とイダサは笑いながら、書類にペンを走らせるとそれを脇へ押しやる。俺はちょうど彼の仕事が区切りになったと見て、食事に誘う気になった。

「何か食べに行こう、イダサ。どうせ剣聖府の食堂でばっかり食事しているんだろう?」

 俺があまりに素朴なことを言ったせいか、イダサは苦笑いしている。

「たまには外にも出ているよ。それより、今日は客人がある。僕と、きみに用事があるそうだ」

「客人?」

 意外な言葉だった。イダサが俺を呼び出したと思っていたが、俺を呼び出したのはその客人ということだろうか。

「いったい、どこの誰だ?」

「カテリーナ殿だ」

 さすがに俺も眉をひそめてしまった。

 ソダリア王国の剣聖騎士団は四つの隊から成り立つ。

 剣聖ベッテンコードの黒の隊。これは解散した。

 剣聖カスミーユの赤の隊。

 剣聖イダサの緑の隊。

 そして、剣聖従騎士カテリーナが指揮する白の隊だ。

 白の隊の本来的な指揮官に当たる剣聖がどんな人物か、俺は知らない。国王陛下の命を狙った大逆人と言われることもあるし、聖剣によって狂気に支配されて牢に繋がれていると言われることもあるが、どちらも俺が魔法学校の生徒だった頃の、いわば都市伝説だ。

 赤の隊に入り、副隊長まで上がったところでカテリーナと話す機会もあったが、彼女は口数が少ないし、表情にも感情が乏しい。白の隊の実態についても彼女の口から語られることはなかった。そもそものところ、白の隊の隊員は剣聖府にはいない。剣聖府にいるのは事務の担当者と、責任者のような立場のカテリーナくらいだ。

 正体不明は、白の隊のお家芸と言える。

 さて、そのカテリーナがどのような用があるのか。

 お茶でも用意しよう、とイダサが立ち上がりかけた時、扉が軽く叩かれた。

 イダサが声を返すと、開いた扉の向こうにはカテリーナが立っている。いつも通りの白を基調とした衣装。

「ようこそ、カテリーナ殿。お茶を淹れるところでした、中へどうぞ」

 愛想よくイダサが声をかけるのに、「それには及びません」とすぐにカテリーナが応じる。

「剣聖様の指示で参りました。お二人をお連れするように、ということです」

 剣聖様、という言葉が誰のことを示すのか、すぐにはわからず、俺はイダサと視線を交わしてしまった。イダサもわかってないようだった。

 そんな俺たちに、ひっそりとカテリーナが静かな声で言う。

「私がお仕えする、剣聖シン様です」

 剣聖、シン。

 四人目の剣聖のことか。

「どちらにおいでかな、シン殿は」

 イダサの言葉に、カテリーナがわずかに頭を下げた。

「ご案内します、どうぞ」

 カテリーナが身を引くので、俺たちはもう一度目配せをして、イダサは席を立って緑のローブを手に取った。二人でカテリーナの後についていくことになった。どうやら玄関の方へ向かっているらしい。行き先は別の建物、別の場所か。

「何か知っているか」

 こっそりとイダサに確認すると、歩きながら「いや」という返事があった。

 剣聖でも知らない剣聖、か。

 


(続く)

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