3-7 占い
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僕とカスミーユが揃って国王陛下と面会したのは、ベッテンコード失踪の話を聞いて五日後だった。
五日というのはあまりにも間が空きすぎているが、国王陛下の予定がぎっしりと詰まっているがために、申請から時間だけが過ぎてしまった。
もちろん僕もカスミーユもその間、何もしていないわけではない。僕は緑の隊の隊員に通知を出し、各地の巡回の中でベッテンコードについての調査を指示した。カスミーユも黒の隊の支援に動いたようだった。
ともかく、御前での報告となった。
同席している貴族が複数人いたが、彼らは全員、すでにベッテンコードの件は把握していて、検討もしていれば、行動も始めている気配だった。
それは国王陛下も同じだっただろう。
僕が国王陛下と対面したのは、剣聖として任命されて以来だったので、あまり間隔は空いていない。しかし威厳というか、威光のようなものはこちらに強い圧迫感を与える。
膝をつくのが楽に思えるほどだ。
「剣聖二人の意見を検討する」
まだ若い国王陛下は、はっきりと言葉にしたが、それだけだった。つまり僕とカスミーユの提案がそのまま実行に移されるかは他のものと協議する、ということだ。
落胆というほどではないのは、想像よりも陛下の反応が穏健だからだ。ここでもう一歩、踏み込める感覚もあった。
しかしそれより先に、国王陛下が妙なことを言い始めた。
「カスミーユ、イダサ。ルマという占い師を知っているか」
顔を上げずに「存じ上げませぬ」と答える僕の横で、カスミーユは少し黙ってから答えた。
「先王陛下が王宮に留めたと聞いております」
そうだ、と陛下が答えた。
「私は占いなど信じぬが、興味深いことを言っているのだ。剣聖の意見を聞きたい」
この陛下の言葉には、臨席した貴族、重臣たちがわずかに呻いた。僕もカスミーユも知らないが彼らの中では議論が進んでいるのかもしれない。もしくは議論ではなく、占いというものを否定する動きが明確なのかもしれない。
下手に僕やカスミーユが動くと、彼らには都合が悪いのかもしれなかった。
ともかく、占いとやらを聞かないことにはどうしようもない。
陛下は軽い調子で言った。
「近いうちに、魔剣が復活するというのだ。魔物が地の底から溢れ出し、戦乱が起こると。数百年前の、魔物との争いが再び始まるということだ。どう思う?」
どう思うと言われても、それこそおとぎ話だ。
僕は、杞憂に過ぎませぬ、と言おうとした。
しかしカスミーユが意外なことを言った。
「魔剣が仮に復活するとすれば、魔剣を破壊しなければなりません」
陛下はこの剣聖の言葉に興味を持ったようで、沈黙で先を促している。カスミーユもそれを感じてか、言葉を続ける。
「現存する四本の聖剣はそれぞれに強い力を宿しますが、魔剣を破壊できるのはおそらく、一振りだけです」
「破砕剣だな?」
「その通りでございます。剣聖ベッテンコードが所有し、持ち出した聖剣、それが唯一、魔剣を破壊できるのです」
場は静まり返っていた。この場の誰もが理解していることを、カスミーユが確認しているからだろう。
魔剣が空想、妄想だとしても、ここにいる誰もが、聖剣の力を知っている。
陛下、とカスミーユが静かな口調で言葉にする。
「ベッテンコード殿はともかく、破砕剣は探さなくてはいけませぬ。失われてしまえば、魔剣の復活が現実となった時、我々には対抗する方法がなくなってしまいます。そもそも占い師殿の言葉が事実であろうと虚偽であろうと、破砕剣は容易に失われていいものではありません。四振りの聖剣で最も意義のある剣が、破砕剣なのです」
そうであろうな、というのが陛下の返答だった。
カスミーユはまったく平然とした様子で、破砕剣の捜索に黒の隊の人員を当てるべきである、ということを念押しした。これには重臣から、出過ぎた真似をするな、とお叱りがあったが、それに屈服するカスミーユでもなかった。
「一刻を争います、陛下」
返事はなかったが、僕がわずかに顔を上げた時、陛下は確かに微笑んでいた。
歳の頃は三十をいくらか超えたところで、若々しい。発散される明るい気配には、強い生命力が多分に含まれている。
「我々の議論のうちに」
不意に口を開いたのは貴族として、そして重臣として出席している人物だった。
小柄で、頭は禿げ上がっている。表情は優しく柔らかいが、どこか掴みどころのなさがある。
この人物こそ、宰相であるエスタ・フォン・ハイネベルグ侯爵だった。
「剣聖府の強化案というものがある。魔剣復活に関しては誰にも明言できないし、あるいは占い師の戯言かもしれない。ただ、魔剣に対抗するのが聖剣の本来的な役割だとして、その聖剣の使い手である剣聖を支えるものが今の剣聖府の規模では、やや心もとない気もする。二人の意見はどうかな」
僕はカスミーユに視線を送りたいのを、ぐっと堪えた。
僕が剣聖であり、僕なりの意見を言う必要があるのだ。
カスミーユが先に答えた。
「頭数を揃えることは容易でも、訓練は容易ではありませんね。しかし、明日や明後日に魔剣が復活するわけではない以上、あるいは訓練の時間もあるのかもしれません」
「カスミーユ殿の隊は、騎馬隊であったな」
「はい。魔法使いを集め、騎馬隊として運用できるようになるまで、長い時間が必要です」
「仕方あるまい。イダサ殿はどうかな」
僕は少しだけ返事を遅らせた。判断がこの段でも付きかねたからだ。
しかし答えないわけにはいかなかった。
「緑の隊でも、十分に学習し、医療を実践してきた医者が欲しいところです。しかし、そのようなものは容易には揃いませぬ」
「よかろう、各地に触れを出し、人を集めよう」
ハイネベルグ侯爵は一方的に決めていくが、他のものは異論はないようだ。空気には反発の気配もあるが、口にするものはいない。ここは本当の議論の場ではないのだろう。
「剣聖府の強化案についてはまとまり次第、剣聖府に通達する。良いかな」
僕とカスミーユは侯爵に深く頭を下げた。
いくつかの確認事項があり、それが終わると僕とカスミーユは他のものより先に退席した。彼らはさらに議論を深め、また別の議題について討論するのだろう。
カスミーユと揃って廊下を歩くが、どちらも無言だった。
思わぬ展開になってきた、と僕は考えていたが、それにしても予想外だ。
まさか、占い、とは。
今まで、占いを真剣に考えたことはなかった。占いは荒唐無稽で、当たるも外れるも、偶然の結果だと思っていた。しかし陛下はそういう態度ではない。聡明とされる陛下が占いを信じるとは、意外だった。
「当たるのだよ」
不意にカスミーユが低い声で言った。
「何がです?」
「占いだ」
はあ、としか僕は答えられなかった。
ずんずんと歩きながら、「実体験だよ」と吐き捨てるように言った。
実体験の意味を聞きたかったけど、カスミーユが先へ行ってしまう。彼女の背中に早足でついていくものの、彼女の発散する苛立ちを前にしては発言の真意の確認などとてもできなかった。
どういう意味だろう。
(続く)