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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
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2-12 異常者

       ◆


 俺は久しぶりの充実を感じていた。

 傷を負うのは苦痛だ。痛みに慣れることはない。たとえ、即座に治るとしても。

 しかしそれを差し引いても、剣術が身につくのは面白い。まだまだベッテンコードとは天と地の差があるが、黒の隊の少年たちとは勝負が際どくなってきた。組み打ちに限って言えば、五分五分、いや、四分六分程度には持っていける。

 それにしても、ベッテンコードという老人の技量は人間業ではない。

 いくら剣をぶつけに行っても、掠りもしない。人間離れした観察力があるのだろうと思うしかない。ただ目で見ているだけとは思えない。どういう能力か、想像もつかない。

 ベッテンコードの体の捌き方は常に最小限で、それも異常と言っていい。咄嗟に間合いを理解しながら、冷静に最低限の動きを取る。体の使い方も巧みなら、精神力も常軌を逸している。

 普通、剣が自分に触れそうになれば、大きく避けようとするものだろう。

 だがベッテンコードはそれをしない。しないが故に、ベッテンコードは即座に俺を切りつけることができる。ベッテンコードはこちらが次の振りに移行する間に、余裕を持って切りつけるのだ。

 対策として、一撃で仕留める、ということがあるにはある。

 稽古とはいえ真剣を使っている以上、ベッテンコードも覚悟しているだろう。それにイダサもいる。だからあまり気分は良くないが、即死しなければ問題ないのだ。

 最初の一撃でベッテンコードを倒すとして、さて、どうやって剣を当てるか。

 ベッテンコードは構えらしい構えを取らない。なのに隙はどこにもない。どこにどう打ち込んでも、避けられてしまうのは今までに嫌というほど痛感している。

 崩すには、誘導の、牽制の振りを打ち込みたいが、その打ち込みの反撃で、即座にこちらがやられる。

 なら、牽制を工夫するか、純粋に初撃を当てる工夫をするかだ。

 これをずっと、何日も何日も考えていた。季節は春の盛りで、もう冬の気配は少しもなくなっている。稽古をしていると汗をびっしょりとかくようになった。午前中の走り込みも継続中で、街を行く人々の服装も薄手なものになり、華やかに変わったのがわかる。

 どうしたらベッテンコードを崩せるか。

 自分に何が可能か。

 答えが出ないままのある日、ベッテンコードがいつものように俺に三ヶ所ばかり怪我を負わせた後、何気ない調子でそれを口にした。

「ファルス、魔法を使ってみよ」

 え、と思わず声が漏れてしまった。

 道場には少年四人とイダサ、ルーカスがいて、六人ともが動きを止めていた。ベッテンコードはそれを気にした様子もなく、言い含めるように繰り返した。

「魔法を使っても良い、と言っている」

「ほ、本気ですか、先生」

 俺もなんとなく、ベッテンコードを先生と呼んでいるのだった。

 ベッテンコードは表情一つ変えず、催促するように舌打ちしている。

「遠慮せずとも良い。早くしろ」

 俺は剣を構えたまま、とりあえず間合いを測った。

 建物が壊れるような魔法は避けるべきだろう。もちろん、ベッテンコードが致命傷を負うのもまずい。ほどほどに手加減し、かつ、ベッテンコードが確実に無力化される魔法か。

 考えている俺だったが、それは中断された。

 ベッテンコードの方から間合いを詰めてきたのだ。

 それもスルスルっと進む動きがひどく速い。まるで床を滑るようだ。

 とっさに魔力を励起していた。

 魔力が現象を捻じ曲げ、空中に炎が生じる。

 ベッテンコードにぶつけるまでには至らないが、包み込めばそれでいい。

 そう思ったが、それもまた、裏切られた。

「破ッ!」

 ベッテンコードの声が空気を震わした瞬間、俺が生み出したばかりの炎が砕け散り、盛大な火の粉になって一瞬で消滅した。

 有りえない。

 気迫による魔法の破壊なんて聞いたこともない。

 火の粉の残滓を突き破ってベッテンコードがついに俺を間合いに捉える。

 翻る切っ先。

 俺の思考が超高速で回転し、魔力が魔法に置き換わる。

 雷撃が横へ走る。

 手加減する余裕はなかった。

 殺される、と思ったからだ。確信したと言ってもいい。

 雷撃は見えなかったはずだ。なにせ、発動とほぼ同時に命中するのが雷撃魔法の優位性なのである。

 なので、その時に起こった現象は俺には想像を絶する事態だった。

 ベッテンコードの刃に雷撃が絡みつく。一瞬でベッテンコードは焼き殺されるはずなのに、刃が翻った刹那、雷撃が横へそれた。

 剣で雷撃を誘導した?

 俺が愕然とする前で雷撃は道場の壁に直撃し、爆発音ともに大穴が開いた。ちょっと火がちらついている。

 それをまったく意に介さず、ベッテンコードは自分の剣を見ていた。

「まぁ、こんなところであろうな。手が痺れたわ」

 手が痺れた……。

 普通だったら死んでいるはずなんだが……。

 黒の隊の少年たちが火を消すためにてんやわんやしているのをルーカスがまとめ始める。イダサはベッテンコードへ歩み寄ろうとしていた。

 ちょうど良い、とベッテンコードが不意に行って、イダサを睨みつけた。

「退屈していたところだ。二人がかりで私に一撃でも当てて見せよ」

 これにはイダサも足を止めたし、俺も絶句してしまった。

 ベッテンコードは、自殺志願者なのか。

 俺とイダサを同時に相手にしても、傷を負わない自信があるのか。

 それを過信、慢心と思わせないだけの技量に疑いはないが、もしもがある。

 あまりに俺とイダサを甘く見すぎていないか。

「剣を抜け、でなければこちらから行くぞ」

 意を決したようにイダサが剣を抜いて俺に並び、俺たちは短く視線を交わした。

 覚悟は決まっているとお互いの意思を確認する。

 一撃当てればいいのだ。

 俺とイダサは同時に間合いを詰めていった。



(続く)

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