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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
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2-8 再会

       ◆


 夢の中にいた。

 光に包まれて、俺は彼らの背中を見ている。

 しかし彼らは誰だろう。少年を先頭に、数人の男女が付き従っている。一人も知っている顔はない。

 俺も彼らの後に続こうとしている。

 どこへ向かうのだろうか。

 光景はゆっくりと溶けていき、俺は焦燥感を否応なく感じる。

 彼らと並び立つ必要があると、本能が告げている。

 そのために、足を踏み出さないと。

 しかし足は動かず、彼らは遠ざかり、ついに光だけが残った。

 体が温かい。湯に浸かっているよりも柔らかい温度。

 その熱が引いていくと体の感覚が明瞭になり、夢から覚める兆候へと変わっていく。

 最後に一度強く、胸に熱が起こり、それが消えたとき、俺は意識を取り戻した。

 横になっている。見えるのは天井。どこの天井だ? いや、それより、俺はどうして気を失った?

 老人に急に投げ飛ばされた。そして首から落ちて……。誰かが助けてくれた気がする……、誰だったか。

 起き上がってみると、すぐそばに座り込んでいる男がいて、思わずぎょっとしてしまった。気配がないのだ。今も動かない。

 見たことのある男だ。名前は……。

「イダサ、だよな?」

 俺の声に男が緩慢に顔を上げる。死人のような顔色だった。

 ついでに、こいつの服装は血まみれで、服もズタズタだ。

「おいおい、どうした? 何があった?」

 イダサはすぐには答えようとしない。呼吸が震えている。何が重大なことがあったらしい。

「どこも」かすれた声でイダサが言う。「調子が悪いところはないかい?」

「俺は何ともないが、どう見てもお前の具合が悪そうだぞ」

 いいんだ、とイダサは低い声で言って、黙り込んでしまう。

 俺もやっと記憶が繋がり始め、詳細が思い出せた。黒の隊で武術を習うためにここにきた、ここは道場だった。ルーカスという男に散々投げ捨てらえた後、変な老人がやってきて、俺を半殺しにした。正確には、殺すような技をかけてきた。

 右腕を見てみる。老人に投げられた時、めちゃくちゃにされたような、怖い記憶があるが全く問題なく元に戻っている。それを言えば、首から落とされた時に極めて深刻な感触があったが、それも治っている。手足のしびれもない。

 前にも似たことがあった。

 そしてその時も、イダサがすぐそばにいた。

「おい、イダサ。お前が俺を治療したのか?」

 問いかけに、錬金術士は無言で頷いた。

 どうして口を開かないのか、どういう状況か説明して欲しいところだが、今は無理らしい。

 仕方なく俺も黙っていた。黙っていたが、長い時間になり、沈黙に耐えられずにさすがに口を開く俺だった。

「ルーカスっていう男がいなかったか? あと、老人がいた筈だ」

「いた。老人というのが、ベッテンコード様だ」

 ベッテンコード? その名前は、剣聖の一人だったはずだ。

 つまり、俺は、剣聖の相手をしたわけか。

 怖い思いより、沸騰した興奮が強かった。

「お前もベッテンコード様の技を見たか? 凄い方だ。人ではないようだった。俺を片手で投げ飛ばして、それで殺せたはずだ。あんな技は、見たことがない。達人だ。間違い無く、最高位の使い手だな」

 俺がまくし立てると、イダサの目つきがどんどん鋭くなったので、言葉が尽きてから自分が何か間違ったことを言ったのでは、と気付いた。気づいたが、どこも間違っていないはずだ。

「そんな顔するなよ、イダサ。お前もここにいるってことは、さてはベッテンコード様の指導を受けに来たんだろう?」

 そうさ、といつになく荒んだ声で、イダサが応じる。

 そうして、両手で自分の体を俺に見せる。血まみれの体をだ。

「この傷は全部、ベッテンコード様がつけた傷だ」

 すぐには理解できないが、確信が持てることはある。

 ベッテンコードの力量なら、イダサを殺すのは容易い。それが殺さずに切りつけたということは、手加減したのだ。

 確信が持てないのは、どうしてベッテンコードがそんないたぶるような真似をしたのか、だ。

 それは俺に関しても言える。投げ捨てるなら投げ捨てるで、受身を取れる落とし方ができたはずなのに、あの老人は殺しにきた。

 イダサの様子も、俺の体験も、稽古の範疇を逸脱しているのはどうやら間違いなさそうだ。

「ベッテンコード様は」

 イダサが震えの混じる声を発する。

「残酷なお方だ。人を傷つけることに躊躇がない」

 冷え冷えとした声に、俺はどう応じるべきか、迷った。

 剣聖府とは、特殊とはいえ、本質的には兵士を育てる場所でもある。そこでは残酷さはどうしても存在してしまう。現在のソダリア王国が争いごととは無縁であっても、敵と味方になれば、手加減などあるわけもなく、残酷が通常となる。

 稽古で残酷になれないものが、戦場で残酷になれるだろうか。

 俺はイダサが言っている内容を理解する一方で、ベッテンコードの過剰な暴力性にも、理解が生じているのだった。

 俺が黙ってしまうと、イダサも喋らない。

 道場は静かだった。

 そこへ、扉が軋むかすかな音が、いやに大きく響いた。

 二人の視線の先で、ルーカスが少し笑みを浮かべながらカゴを持って立っている。

「二人とも、回復したようだな。先生はもう少しすればやってくるだろう。その前にこれでも飲みなさい」

 近づいてきたルーカスが、カゴから瓶を取り出し、俺とイダサに一本ずつ、投げてくる。水かと思ったが、真っ白い液体、牛乳らしい。

「これでも食べるといい」

 取り出された包みを開くと、焼き菓子が入っていた。

 昏倒させられた俺、血まみれのイダサと、牛乳と焼き菓子という組み合わせは、目が回りそうなほど食い違っていた。

 それでも礼を言って、焼き菓子を一つもらう。柔らかい生地の中に干した果物が入っているようだ。いかにも高級品に感じるけれど、そもそも高級焼き菓子を食べたことのない人生だった。

 イダサは牛乳を飲むだけで、ルーカスに鋭い視線を向けている。

 そのルーカスが、話し始めた。

「黒の隊には、弱いものは居場所がない」

 俺は自然、耳を傾けていた。

 無論、イダサもだ。



(続く)

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