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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
75/155

2-2 前進

       ◆


 馬上での激しい揺れの中でも、思考は澄み渡っている。

 魔力が充溢した俺の周囲の空間が、そのまま俺の「自我空間」だ。

 魔法使いは自我空間内を完璧に支配し、制御することがある。これは何もない空間で魔法を練り上げるより、効率的に、大規模に魔法を行使する基礎である。

 もっとも、魔法使いは基本的に足場を定めて、つまり停止した状態で魔法を行使する。

 理由は単純に、集中力と精密さの問題だ。思念の統一、魔力の励起に全神経を集中させる時、体を動かす理由はない。そして魔法の行使する対象を狙う時、自分が動いているのでは制御に集中力を削がれる。

 しかし、そんな本来的な魔法使いの手順は、剣聖騎士団赤の隊では無視される。

 俺は仲間の二騎とともに他の三騎と駆け合いの最中だった。間合いができているため、お互いに剣や槍の間合いではない。

 魔法の間合いである。

 先を行く三人が自我領域の尾をひくように、俺も味方の二人も、自我領域を引き連れている。

 本来的には円形で展開されることが多い自我領域は、馬の疾駆に引きずられる形で、まさしく尾のように引き伸ばされている。置き去りにされた部分は魔法を行使するのが困難な領域となる。

 前方で魔法の気配。

 雷撃魔法は発動から命中までがあまりに短いため、対処が難しい。

 しかしやり方はある。

 俺は片手で意思疎通のサインを出しながら馬の胴を締め付け、もう一段階、速度を上げさせる。

 そのまま斜めに疾駆させ、仲間二人の前方を横切る形にする。もし連携がうまくいかなければ、馬同士がぶつかる危険な事故が起こるが、仲間はそこまで素人ではなかった。

 むしろ、俺が一番の素人だ。

 俺たち三人が複雑な、入り組んだ交差を展開するところへ、前方から雷撃魔法が飛来する。

 それは俺たちが織りあげたばかりの自我領域の残滓で作った壁に命中し、四散する。

 自我領域は展開している魔法使いの支配下であり、他人の魔法への壁にもなる。一流の魔法使いの、最高位の魔法は他人の自我領域など容易に突破するが、俺たちはまさに今も馬で駆けているわけで、どれだけの使い手であっても、十全の威力は望めない。

 もっとも、相手が止まっていれば俺も止まっているわけで、より強固な自我領域を展開、確立して防御に徹すれば、五分五分だっただろう。

 隊形の変化を解いて、広がった間合いを加味してこちらからも仕掛ける。

 相手が進路を変え、横へ逃れようとする。

 ハンドサインをいくつか出して、仲間に戦法を伝達。

 その時には俺の自我領域内で魔力によって高熱が励起され、解き放たれている。

 目標は、先を行く三人の前方。足を止める牽制だ。

 高熱が線のように走り、三騎の前を横切る。馬が棹立ちになるが、三人とも落馬などしない。

 そこへ仲間二人の火炎の玉が無数に打ち込まれる。

 相手は自我領域を強く展開し、これを容易に防ぐ。一人一人が並の使い手ではない。

 ただ、この火炎攻撃は目くらましだ。

 俺と指揮下の二人は一気に間合いを詰め、肉薄している。

 やや間合いが残ったが、変更の余地はない。

 自我領域を最大展開。相手も同じことをした。

 自我領域同士が接触し、激しく火花が弾ける。

 俺は全力で自我領域を明確にし、目の前で動きを止めている三人の自我領域を侵食、同期させていく。もちろん、自我領域の同期は魔法を共鳴させる時に行う技能であって、こうした敵対する相手との同期は共鳴を拒絶されるために本来的な意味をなさない。

 では何が起こるかといえば、共鳴の破綻による自我領域の大崩壊が起こる。

 これには強烈な反動があり、精神、肉体まで影響がある。ただ、些細なコツで反動をおおよそ逃すこともできる。

 というか、赤の隊では誰もがそれを使う。魔法に知悉し、細部まで研究しているのだ。

 この時も俺は左腕が激しく痺れた以外、影響はなかった。

 ただ相手はそんな些細な影響さえもなかったようだ。

 俺が自我領域を再展開する前に、相手の自我領域が再び立ち上がる。

 ただ俺たち三騎は相手を射程に捉えている。

 強引な火炎と雷撃の同時攻撃。

 相手の自我領域で減衰されるが、到達。

 いや、防がれた。

 俺たちがぶつかっていく三騎でもっとも俺たちに近い位置にいる巨漢がさっと手を振っただけで、かろうじて成立していた魔法を決定的に破綻させてしまった。

 ついでに自我領域をぶつけるおまけつきで、俺も仲間の二人も、再起動したばかりの自分の自我領域を破壊され、今度こそ強烈な反動を受けて馬から転げ落ちていた。

 体が地面に落ちるのがゆっくりと見て取れる。

 何度も繰り返した光景だ。受け身の取り方は嫌でも覚えてしまった。

 脳裏に、短い期間だが一緒に馬術の訓練をした青年が浮かぶのも一瞬のこと。

 地面の固いようで柔らかい感触。勢いで体が転がる。どこに、どのタイミングで力を込め、力を抜けばいいかわかるのは自分でも不思議な感覚だ。

 勢いがなくなり、俺は仰向けに地面に寝転がっていた。

 風は暖かさを孕み始め、気候は春のそれだと認識される。地面も霜が降りることはなく、緑がそこここに見て取れた。

 息が上がっている。胸が上下するのを他人事のように思う一方で、自分の体の状態を確認。大怪我はしていないらしい。幸運だった、としておこう。

 上体を起こすと、俺たちを落馬させた巨漢が身軽に馬から降りてきた。

 ルルドだった。

「自我領域で魔法を防ぐまではいいが、攻め込むには間合いがありすぎたな」

 そんな評価をするルルドが手を差し出してくれたので、こちらから握りに行く。ルルドは巨体に見合った力で一息に俺を立たせてくれた。仲間の状態を確認、ルルドの側だった他の二人がそれぞれ様子を見ているが、身振りで無事だとルルドに報告した。

 馬が少し離れたところから、自ら戻ってくる。馬に対して、この一年と少しで友人のような感覚さえ抱き始めている俺だった。

「とにかく、怪我がなくてよかった。騎馬隊での魔法戦闘はまだ研究中だからな、訓練も手探りだ」

「新入りの俺がその研究に紛れ込んでいるんですから、望み薄なんじゃないですか」

 俺の方からそうルルドに言葉を向けると、期待の表れさ、とルルドは笑って見せた。

「ファルスといえば、魔法学校で神童ともされた奴なんだから」

「冗談はやめてくださいよ、ルルドさん。俺はもう一年以上学校には行っていないって、知っているでしょう。もう赤の隊の水しか飲めませんよ」

 今度は声をあげて笑い、帰るとしよう、とルルドが撤収を決めた。

 俺は訓練の上での部下になってくれた二人の先輩の様子を見に行った。二人ともあれやこれやと文句を口にしたが、確かに無事らしい。

 そのまま六騎で一塊になって原野を駆ける。

 目的地は赤の隊が調練の相手をしている第二軍の野営地。王都からはやや離れているが、夜になると遠くに街の灯りのようなものがぼんやりと見える。

 いつの間にか、この視野いっぱいの原野にも慣れてしまった。

 俺が赤の隊に参加して、短くない時間が過ぎた。

 何かが身についたようであり、しかしまだまだ、未熟だった。

 疾駆する馬が切り裂く風が、心地いい。

 それは、確かに前に進んでいる、と感じさせてくれるからかもしれなかった。



(続く)

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