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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
72/155

1-12 剣聖騎士団の目的

       ◆


 第一軍の野営地のそばにある剣聖騎士団赤の隊の野営地から戻って数日が過ぎた。

 僕は剣聖府の例の部屋でいくつかの手続きに入っていた。リフヌガードがどこかへ出かけていて、ここのところは僕は一人きりで、緑の隊の一員として必要となる道具の一覧表を作っている。それが僕の仕事道具になるのだ。

 というのも、王都の中に戻った翌日に、リフヌガードがやっと剣聖騎士団緑の隊の本来の役目を教えてくれた。

「簡潔に言えば、衛生兵だ」

 衛生兵、というのは馴染みのない言葉で、どうやら最近できたらしいと察しがついたけど、内実まではもちろん、説明されるまでわからなかった。

「緑の隊の隊員は、兵隊たちの後方において医療活動を行う。私が集めている隊員は揃って医学の知識があり、実際の仕事にも熟練しているものだけだ。錬金術士が多いが、魔力を持たない者もいる。とにかく、戦闘において負傷した兵士を救うのが任務になる」

 そんな隊があるのか、と僕は少なからず驚かされた。

 軍医という概念はあるけど、どうやらリフヌガードが言っているのはそれとは違うらしい。

 もっと機動的で、もっと戦場に近い場所で任務を遂行するのが、緑の隊らしい。

 そこまで想像がたどり着けば、僕が馬術を教わった理由も見えてくる。戦場というものがあるとすれば、それは狭い範囲ではなく、ある程度、広範囲になるのではないか。それに緑の隊の総勢は三十名程度と聞くから、とてもではないが手厚い活動は難しい。

 ならば、隊員を速やかに移動させ、必要な場所に必要なだけの支援ができるようにするべきだ。その時、まさか馬車で運んでもらうなどという悠長なことは言ってられないと思われる。高い機動力と柔軟性は、騎馬が最も得意とするところだ。

「今も、緑の隊の隊員は二名一組になって各地を巡っている」

 リフヌガードはこの時は少し、胸を張っているようだった。

「各地に配置されている第三軍から第六軍、それと軍警察や、国境警備隊で、医療活動を行う。これは慈善活動ではなく、実際的な医療活動の場で技術を高め、知識を得るためだ」

 わからなくはない。わからなくはないけれど、一つだけ、どうしても解せない要素があった。

「リフヌガード様、一つ、お訊ねしてもよろしいですか?」

 僕が確認する口調で切り出すと、リフヌガードはわずかに首を傾げ、その動作で先を促した。

「各地の軍での医療行為は、訓練中の事故での負傷者への治療や、あるいは周辺地域における住民への医療活動だと推測できますが、衛生兵が必要になる事態があるのですか? 例えば、商業国や、汗国と戦争状態になるような可能性が、迫っているのですか?」

 大陸はおおよそ三分されている。

 ソダリア王国、ダーモット商業国、汗国。

 この三国はかつては相争ったこともあれば、はるか昔に魔物との大戦争において共に戦ったこともある。現代では、それぞれが他国に食指を伸ばすこともなく、自国の安定と発展を推進しているはずで、火種のようなものも公には伝えられない。

 しかしリフヌガードが言っていることは、まるで今すぐにでも戦争が起こり、多くの負傷者が出ることを想定しているように僕には聞こえた。

 あるはずがない、と断言するのは確かに危険だろう。むしろ、ないと思っていることにもいざという時、対応出来る態勢を整える方が健全だ。ただ、僕の感覚からすれば、杞憂を過大に見ているようにも感じられた。

 僕の問いかけに、リフヌガードは少しだけ表情を引き締め、一度、二度と頷いた。

「商業国とも汗国とも、関係は良好だ。ただし、それ以外については一切が不明なのだよ」

 僕は目の前にいる剣聖が、北辺の部族の抗争のことを言っているのかと思った。しかし違う。そういう雰囲気ではない。もっと重大なことを、リフヌガードは念頭に置いているようだ。

「それ以外とは、なんですか?」

「聖剣についての伝説は聞いているか?」

 思わぬ問いかけに、はあ、などと僕は間の抜けた返事をしてしまった。それをあっさりと無視して、リフヌガードは言葉を続ける。

「聖剣の伝説とは、かつてこの世界において魔物と人間が争った時代があり、その世界において聖剣が人類を救い、魔物を打ち払った、というものだ。これをどれくらい信じる?」

 どう答えればいいか、さっぱりわからなかった。

 幼い頃は、僕はそのおとぎ話を結構、真剣に信じていた。

 錬金術士になり、魔法使いになった時、僕はそのおとぎ話を、創作だと信じ始めた。

 今もきっと、創作だろうと思っている。

 なのに目の前にいる剣聖は、真面目も真面目、真剣そのものだった。

「おとぎ話が事実だというのですか?」

「剣聖はみな、そう思っている。剣聖に近いものも」

 やっぱり反応に困る僕がいた。

 剣聖も剣聖騎士団もみんながみんな妄想に駆られている、などということはありえない。

 事実と認めるしかない何かがあるのだろう。

 でもそれがどう、僕の疑問に繋がるのか。

「聖剣は今も存在している。ならば、かつて聖剣によって駆逐されたはずの魔剣もまた、存在するはずだ」

 魔剣……。

 僕はぼんやりとその単語を口にしていた。

 かつて人類と魔物が争った時代、魔物を生み出したものが魔剣であったとされる。もちろん、おとぎ話の中では、だ。人類と魔物の熾烈を極めた戦いは全ての魔剣が破壊されたことで決着がついたと、おとぎ話は伝えている。

「魔剣が存在するかしないかは、誰にもわからん」

 おとぎ話の解説をしているのではなく、まるで実在する脅威を解説するような、リフヌガードの言葉だった。

「いずれ、魔剣が再臨する。それが剣聖騎士団の存在理由なのだよ、イダサ」

 絶句、というのはこの時の僕のことを言うのだろう。

 言葉を失っている僕に一顧だにせず、リフヌガードは核心を口にした。

「剣聖騎士団は全てが魔剣への対処のために活動している。騎馬隊も、衛生兵も、魔剣への対処のためだ。聖剣の存在理由を想像すれば、それしかない。強大な聖剣の力は、古い時代では人類同士の争いの種にもなったが、すでに現在では四本しか存在しない。その四振りの剣で世界を守る。その闘争において剣聖を支えるのが、剣聖騎士団の役目なんだよ」

 僕はただ黙って頷くしかなかった。

 僕は聖剣を見たことはない。どのような形状で、どのような力を持つのか。剣聖には二人に出会っているが、リフヌガードも、カスミーユも人間だった。

 人間が魔剣、魔物と戦うなんて、夢物語だし、現実に起こりそうもない。

 ただ、リフヌガードも、カスミーユも本気に見えた。二人は本気で、何か巨大なもの、重すぎるものを背負っているように、理解された。

 僕は冗談を向けられているわけではないと、信じることにした。

 僕はリフヌガードから、緑の隊の一員として実地で能力を磨くように言われ、医療活動に必要な道具は全て揃えるからと一覧にした申請書を提出するように告げた。

 その日のうちに、僕のための緑のローブが届けられた。

 一覧表の申請書を作りながら、僕は時折、リフヌガードが告げた魔剣の脅威について、考えるようになった。考える時間は増えていき、食事の途中や、眠りにつく前、繰り返し繰り返し、想像した。

 魔剣と聖剣の争い。

 恐ろしいようでもあり、空想のようでもあった。空想を恐ろしいと考えるのは、滑稽だ。

 でも笑い飛ばせないものがある。

 リフヌガードのあの表情、声、言葉。

 事実、なんだろう。

 僕は一人の兵士になる以上の重責を、この時、初めて実感した。



(続く)

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