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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第一部 人形、剣、孤島
7/155

1-6 一撃

      ◆


 カル・カラ島がどういう島か、僕はよく知らないけど、クロエスの館は山の中腹に建てられている。傾斜をそのまま利用しているので、建物自体が斜めになっていて、上から見ると四角形だろうけど、やたらと階段が多い。

 その上で三階建てになっており、四つの角に当たる部分には尖塔が設けられている。

 僕は今はそのうちの一つに部屋を与えられていて、そうと理解した時はちょっとびっくりしたものだ。

 クロエスは「あまり見晴らしは良くないけど」と言ったけど、高級そうな板ガラスがはめ込まれた窓からは、海がわずかに見える。

 そう、海だ。館の外の島、その島より外へ通じている海なのだ。

 小さく見える海でも、僕にはそれが可能性に見えた。それも無限大の可能性に。

 ベッテンコードも尖塔の中の一室を与えられているという話だけど、僕はこれまで訪ねるどころか、そこに通じる螺旋階段の一段目すら踏んでいないし、その階段を前にもしなかった。

 最初に会った時の印象が最悪だからかもしれないけど、どうしてか、あの老人が、怖い。

 あの食堂で、僕を投げ飛ばして床へ叩きつけた後、胸を強く踏みつけられた。

 ベッテンコードが去って行ってからクロエスが教えてくれた。あれは活を入れてくれたのだと。だいぶ乱暴で、危険で、非常識なやり方ではあったけど、と言葉を付け加えたけど。

 乱暴、危険、非常識、どれか一つだけでもだいぶ悪質じゃないか? とは思う僕だけど、黙っておいた。

 いずれにせよ、どういう理由、意図だろうと、あんなことがあっては好印象を持てるわけもない。

 しかしさすがにクロエスが誘ってくれたのだから、好機でもあった。クロエスがいれば、デタラメなことはできないだろう、という打算でもある。

 僕はクロエスに続いて螺旋階段を上がり、あっという間に突き当たりの扉に着いた。薄暗いけれど、クロエスは階段を迷いなく上がっていった。僕の方が危うく足をもつれさせるほど、光量は弱かった。

 そっと扉を叩いて、「ベッテンコードさん、入りますよ」と断って、クロエスが扉を開ける。

 その時の様子は、光が押し寄せてくるようだった。

 思わず、うわぁ、と声が漏れていた。

 屋敷で一番高い位置にある尖塔の窓の向こうの光景は、僕の部屋とはまるで違う。

 海が水平線まで続くのが見て取れた。

 光の強さも、太陽が近いのか海が光を反射するのかと、そんな連想をするほど鮮烈だった。

「なんだ、何の見物に来た」

 声の主の方を見ると、僕が見惚れてしまった光景に背中を向けるようにして、老人は椅子に座り、書籍を開いていた。この部屋にはちゃんと家具が揃っている。

 クロエスが進み出ていくのに、僕はまだ圧倒されながらついていった。

「ええ、ベッテンコードさん、あなたが剣聖だということを、アルカディオに教えてあげて欲しいんですよ」

「証明したはずだ。最初にな」

 取りつく島もないベッテンコードの言葉の内容を考えると、つまり、最初に僕を投げ飛ばした時のことを言っているんだろう。

 あれだけのことで、証明になるだろうか。

 ここ数日に学習した断片的な情報によれば、剣聖というのは剣術に長けるだけではなく、体術にも馬術にも通じ、その上で魔法にも高い適性があるはずだった。

 目の前にいる老人は、今はどこか眠そうな顔をして、しかし不機嫌そうでもあるけど、とても万能の戦闘能力を持っているようには見えない。縁側に座っている老人という趣でもある。あれ? これはどこからの知識だろう?

「あなたから剣聖について、アルカディオに教えてあげてもらえますか」

 食いさがる形のクロエスに、「知らん」とベッテンコードは短くはねつけた。

 しかしそれはクロエスの計算のうちだったようだ。

「今のままでは、あなたは逃亡者で、ここで身を潜めてのんびり余生を送っている、元剣聖を名乗る老人、となりますよ」

「誰がなんと言おうと構わんよ。それにおおよそ事実だ」

 案外、簡単にベッテンコードは誹謗中傷をやり過ごした。どうやらクロエスとベッテンコードでは経験に差がありすぎるようだ。クロエスは劣勢だったが、食い下がった。

「まぁ、本当の逃亡者である僕が言うのもなんですが、少しは本気になってくださいよ、ベッテンコードさん。僕の研究が間違っているのかいないのか、成功したのか失敗したのか、何もわからないじゃないですか」

「では、わしがその小僧の首をはねてみようか?」

 それは一瞬だった。

 椅子に座っていた痩せた体が跳ねたと思った次には直立していた。

 信じられない。

 見落としてなんていないはずなのに、まるで動作が見えなかった。

「ちょ、ベッテンコードさん!」

 咄嗟にだろう、クロエスが僕の前に立った。

 立ったはずだ。

 ベッテンコードの体が、僕とクロエスの間にある。

 どうやってそこに立った?

 まっすぐに踏み込んだわけじゃない?

 そうだ。

 僕は知っている。

 反射的に首を手で守った。

 その上に老人の手刀が食い込む。

 驚嘆するのがだいぶ後になってからになる、という経験を僕はした。

 僕の左手首と肘の間を、奇妙な感触が横切り、腕が唐突に軽くなった。

 次には首に衝撃。

 体を逃したのは、本能だった。

 生物としての本能か、別の本能かはわからない。

 足が床を離れ、体が激しく転がり、壁にぶつかった。

 窓ガラスのすぐ下の壁に頭がぶつかり、よかった、ガラスを割らずに済んだ、と思った時にはもう意識が薄れていくところだった。

「何をするんです!」

 クロエスの声が遠くで聞こえる。ベッテンコードの返事はかろうじて聞こえた。

「どうせ死なんのだろう?」

 死なない……?

 クロエスが何か答えているけど、それはさっぱり聞こえなかった。

 体が冷え、凍りついていく。

 僕は急速に意識を失った。

 遠くで何かが鳴いているのが最後に聞こえた気がした。

 地鳴りと聞き間違えそうな咆哮だったように思うけど、何の咆哮だっただろう。



(続く)

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