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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
68/155

1-8 物騒な歓迎

       ◆


 剣か、馬か。

 それは僕には非常に難しい問いかけだった。仮にこれが、魔法か、錬金術か、という質問だったら、それはそれで困っただろうけど、おおよそは想像できた。魔法も錬金術も、指導されたことがあるからだ。

 僕は生まれてこのかた、剣を持ったこともない。馬に乗ったこともない。

 どちらを選んでも同じようなものだけど、しかし、見当がつかないのでは容易に答えられなかった。

 それでも答える以外に道はなく、僕は渋々ながら、馬、と答えた。

 その結果が、翌日には軍の野営地に連れて行かれる、というところに繋がる。

「第一軍は精強だが、まぁ、どうとでもなるだろう」

 リフヌガードはそんな風に言っていたけど、僕は血の気が引いていた。

 ソダリア王国軍は第一軍から第六軍が存在し、それ以外にも近衛兵団があったり、軍警察隊があったり、もちろん剣聖騎士団もあるのだけど、第一軍はエリートとして知られている。

 王都の城郭を出てから進むうちに、自分が軍用地、それも訓練用の野営地に踏み込んでいるのはわかっていた。わかりたくなかったけど、わかってしまう。見張りの歩哨も立っていた。

 もし、何かの手違いがあって拒否されればいいのに、と思ったけど、次々と現れる歩哨はリフヌガードを見ると恐縮した様子で、僕の身分や身元には一切、質問も向けず、疑念さえ向けなかった。リフヌガードはいつもの緑のローブを着ているけど、僕は訓練技として与えられた粗末な服装だったのに。

 従者、には見えなかったはずだ。

 ではどう見えたのか。それはわからない。

 ともかくやがて道もなくなり、馬の蹄が抉りに抉った痕跡が無数に見え始めた。

 馬、か。

 僕が自分がこれから乗馬の訓練を受けるのだと理解し始めたのを察したのか、リフヌガードが説明を始めた。

「うちで調練するより、専門家の方がよかろうと思ってね。赤の隊は知っているか?」

 全く断片的な情報だったけど、うち、というのは緑の隊のことで、赤の隊というのは、剣聖の一人が指揮する隊だったはずだ、と理解できた。赤の隊を指揮する剣聖は、確か、女性で、名前は……。

「赤の隊というのは、カスミーユ様の指揮下の?」

 僕がそう言葉にすると、まさに、とリフヌガードはなんでもないように頷く。

 そのあまりの落ち着きようが、信じられなかった。

 赤の隊というのは、確か騎馬隊だったはずだ。それもソダリア王国でも最強と名高い騎馬隊……。

 僕を案内した剣聖は、その隊に僕を放り込もうというのか?

 それで、いったいどうなる?

 僕に何ができる……?

「まぁ、奴も鬼ではあるまいし、お前を殺しもしないだろう」

 鷹揚な剣聖の言葉に僕は絶句していた。

 殺しもしない? 悪い冗談だ。

 もうそれきり僕は口もきけず、ただ先を行くリフヌガードの背中を追った。

 やがて幕舎が見えてくる。すぐそばに深紅の旗が揺れている。こうなっては、僕は赤の隊に放り込まれるのは間違いなさそうだ。

 幕舎のすぐそばまで来て、炊き出しの匂いがした。そんな時間か、と思ったけど、夕方というにはまだ早い。もう時間の感覚さえも失われている。

 リフヌガードが幕舎の一つに躊躇いもなく入っていくので自然と僕もついて行ってしまった。

 三つの幕舎のうちの一番小さいそれで、中は広い空間が贅沢に使われている。ように見えたけど、単に物が少ないだけだろうか。

 奥にある簡単な作りの椅子に一人の女性が腰掛けている。

 赤の隊の由来でもないだろうけど、真っ赤な髪の毛をした女性で、その眼差しには苛烈なものがある。鋭すぎる視線は、リフヌガードに向いていた。

「リフヌガード、珍しいな」

「きみが駆け回っているせいだよ、カスミーユ」

 リフヌガードの言葉で、赤毛の人物が剣聖カスミーユその人だとわかった。

 しかし若い。三十代、もしかしたら二十代かもしれない。

 彼女は僕など眼中にないように、首をかしげてリフヌガードに言葉を向ける。

「いやにみすぼらしい従者を連れているな」

 僕のことか……。

 リフヌガードは意にも介さないようだった。

「訓練中だ。そちらで数日、預かって欲しいのだが?」

「初心者をか」

 やっぱり僕に視線を向けない赤毛の剣聖は、あまりにもそっけなかった。僕が初心者なのは事実だけど。

「そちらでも新人を迎えたと聞いている。二人を一緒に調練させればよかろう」

 堂々とリフヌガードが嘯くのに、カスミーユは不愉快そうだった。バカめ、と小さく罵った彼女が椅子から立ち上がる。僕が驚いたのは、ほとんど音がしなかったからだ。どういう魔法を使えば、そんなことが可能だろうか。

 彼女は僕たちの横を抜ける時に「ついてこい」と低い声で言った。そのまま幕舎を出て行ってしまう。リフヌガードは僕の肩を叩いてから、彼女について行った。

 三人で幕舎の外に出て、僕とリフヌガードはカスミーユの背後についた。

 何も起こらない。ただ冷たい風が吹き、残っている枯れ草がささやかに揺れていた。旗がはためく時に意外に大きな音が鳴るな、などと僕は思っていた。

 と、こちらへ歩いてくる人物がいる。上背があって、何かを肩に担いでいた。

 徐々に焦点が合っていき、姿が見て取れた。赤が配色された軍服を着ていて、肩に担いでいるのは、どう見ても人間だった。ぐったりしていて、動かない。不吉な感じに垂れ下がった両手足が揺れていた。

「あれがうちの新人だ」

 純度一〇〇パーセントの苦味の口調で言ったカスミーユにリフヌガードはおどけたように口笛を吹いた。

 僕がそんな二人と近づいてくる人物、全てに絶句している間に、目の前まで人が運ばれてきて、雑に放り出された。運んできた巨漢は申し訳なさそうな顔をして、わずかに頭を下げた。

「みっともないところをお見せして、申し訳ございません、リフヌガード様、カスミーユ様」

「気にしないでいい、ルルドくん」

 リフヌガードが先に応じると、「私の部下だぞ」とカスミーユが舌打ちの後につぶやく。

「で、死んだのか?」

 いきなりカスミーユが物騒なことを言ったので、僕は卒倒しそうだった。訓練で死者が出るのは想像できるが、さすがに目の前で訓練で死んだ人間が倒れており、自分が同じ訓練を課されるとなると、平静ではいられない。

 しかしルルドというらしい男性は「生きております」と答えた。

 僕はへたり込みそうだった。

「こいつも任せたぞ、ルルドくん」

 リフヌガードの言葉にルルドが頷き、僕に笑いかけた。

 優しそうな微笑みだったけど、僕としては笑えなかった。

 笑えるわけがない。



(続く)

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