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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
66/155

1-6 罪の行方

        ◆


 部屋の掃除は遅々として進まなかった。

 書籍は錬金術に関するもの、医学書、薬学書、その他科学全般、多岐に渡る。まずは分類して、次に書棚にそれぞれを振り分けていく。書棚にぎっしりと詰まっている、というか押し込まれている書籍も、一度、取り出す必要があった。

 五日目に、リフヌガードが戻ってきた。

 例のデスクの下の毛布を彼が寝床にすることはなかった。誰が寝床にしたのかといえば、僕だった。初日の夕方、緑のローブを回収に来たリフヌガードがそこで寝ろと言ったのだ。さすがに窮屈だったので二日だけにして、残りは長椅子で寝た。それくらいは許されるだろう。

 戻ってきたリフヌガードは部下を連れてきていて、「新しい書棚を手に入れてきたぞ」と分解されている書棚が四台、運び込まれた。彼らは手早く書棚を組み上げたけど、部屋の圧迫感は否応無しに上がる。

 しかし、これで少しは書籍を床に積まずに済む、と思った僕だけど、何か違うような気もするな……。

 書棚を用意してくれたリフヌガードだけど、すぐに去っていった。誰も手伝ってくれないとは、やっぱり何か違う。

 部屋に案内されてから一週間が過ぎ、十日が過ぎた。

 リフヌガードがふらっと戻ってくると「ふむん」と部屋を見回して頷いた。

「意外に手際がいいな」

「どうも」

 他にどう言えただろう。

 書棚がずらりと並んでいるので、部屋は最初より手狭になった印象がある。しかし整頓されて、風通しは良い。何より見栄えが良い。雑然とした無秩序はもう影も形もなかった。

「さて、イダサくん。剣聖騎士団について、少し話しておこう」

 綺麗になった長椅子に腰掛けて、リフヌガードは僕を見上げた。僕は膝を折るべきかと判断しで身を屈めようとしたところで、「そのまま聞いてくれ」と制止された。

「剣聖騎士団は四つの隊に分かれている。黒の隊、赤の隊、緑の隊、白の隊だ。それぞれを剣聖が率いる。剣聖については知っているかい?」

 子どもが好む物語に剣聖は多く登場する。だから僕も幼い頃から剣聖というものを知識として知っていた。まさか、実際の剣聖を相手に、剣聖とは何かを話す日が来るとは想像もしていなかった。

「聖剣に選ばれた、聖剣の使い手、ですよね?」

「その通り。聖剣は剣聖にしか抜くことができない。そして現存する聖剣は四振りとされる。それは今、ソダリア王国に揃っているということだ」

 聖剣。

 その存在は創作の中にも伝説の中にも多く出現する。曰く、古の時代に神が作り出し、聖剣は人間に超常的な力を与え、その時代、人間と争っていた魔物を打ち払うのに力を発揮した。

 伝説の武器、というものが実在するかどうかは、子どもはもちろん、大人でも疑うものはある程度いる。

 なにせ、聖剣も、使い手の剣聖も、その力を見せつける場面などないからだ。

 魔物はとうの昔に封印され、剣聖の立場は教導隊の隊長程度に過ぎない。聖剣の力より、科学技術の方が一般人には馴染み深いのは事実だ。魔法や錬金術でさえ、科学に場所を譲りつつある。

 僕は目の前にいる人物を改めて観察した。

 どこにでもいそうな柔和な人物。背丈はないけれど、鍛えているのがはっきりとわかるような体型。

 しかし、この人物が聖剣の使い手に見えるか、と問われると、僕には疑問符しかない。

 見えないのだ。

 どこにでもいる、ちょっと不思議な人物、でしかない。

「剣聖について疑念を持っているな?」

 目元に柔らかい笑みを浮かべながら、リフヌガードが言葉を向けてくる。内心を読まれたような形になり、僕は恐縮してしまった。それさえもリフヌガードには可笑しいらしい。

「気にするな。剣聖は少し変わり者が多いが、人間を逸脱しているわけではない。人なのだよ」

「それはそうでしょうけど……」

 思わず親しげなことを言ってしまったが、リフヌガードは聞き流してくれた。

「話を戻そう。お前は剣聖騎士団の緑の隊に加入したことになっている。緑の隊も他の隊とやることは変わらんが、個性はある」

「個性、ですか?」

「そうだ。緑の隊は、錬金術を扱うもの、医術を使うものが集められている」

 言葉の意味を理解して、自分がここにいる理由の一つがわかった。

「つまり、リフヌガード様、僕は、錬金術士としてここに呼ばれたのですか?」

「その通り。老師カーヴァインの弟子であり、異端の錬金術士の盟友である人物として、お前を呼んだのだよ」

 やめてください、と思わず声が漏れていた。

「僕は老師カーヴァインに破門されました。友人も、救えませんでした。何より、僕は罪を犯しました」

「どのような罪だ?」

「……命を、冒涜しました」

 ふん、とリフヌガードは鼻で笑って、僕の悲痛な声を否定した。

「命の冒涜など、錬金術士の日常だ。私でさえも錬金術士として、様々なものを生み出し、様々なものを処分してきた。命の冒涜など、日常だよ」

 救いがある、なんてことはなかった。

 僕が許されていると感じるわけもなかった。

 リフヌガードはあるいは、何らかの強靭さで精神的な負担、重さを無視できるのかもしれないけど、僕にはそんなことはとてもできない。

「いずれ、お前もわかる」

 リフヌガードは柔らかい笑みで言った。

「お前の罪も、お前の贖罪も、何もかもがわかるようになる。自分が本当に救いのない人間か、それとも少しは意味のある存在なのかがね。もっとも救いのない人間だろう、意味のある存在だろうと、死ぬまでは生きるものだ」

 遠回りだが、リフヌガードは僕に逃走を禁じたようだった。

 全てを受け入れ、その中で答えを探し、答えから逃げないこと。

 言葉では短く要約できる。感覚としても飲み込める。

 しかし実際には、厳しい戦いになるはずだ。

 僕はどれだけの苦痛、苦悩にまみれるだろう。

「イダサ」

 すっくとリフヌガードが立ち上がった。

 おや、と僕は思った。動きに不自然なものがあったからだ。しかしあまりにも些細な違和感なので、どこに違和感を感じたか、わからない。

 そんな僕に気づいた様子もなく、リフヌガードは腰にある短剣を鞘ごと抜くと、僕に放ってきた。受け取ってみると、見た目以上に重い。短剣なんて、手にした経験がない。

「馬と剣、どちらを選ぶ?」

 馬と、剣……?



(続く)

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