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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
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1-4 部屋

        ◆


 緑のローブ三人に囲まれたまま、僕は剣聖府の建物に連れて行かれた。

 これはいわば、連行というべきかもしれない。

 剣聖府はそれほど大きな建物ではないが、石造りで、いかにも時代を経ている。正式な名称は「剣司館」というはずだけど、ほとんどの人は剣聖府と呼ぶ。何せ、玄関の上の額にも、門柱にも、「剣聖府」と大書されているからだ。

 しかし、名前がいかに馴染み深いとしても、建物に入るのは初めてだ。

 もし僕一人だったら門衛を説得するのに一苦労だっただろうけど、幸い、僕の周りには三人も関係者がいる。

 ただ、おかしな反応もあった。僕の先を行く小柄な人物に、門衛が即座に直立したことだ。その視線は小柄な男性にだけ向けられているようだったし、ついでに言えば、彼は門衛に頷き返しさえした。

 明らかな上下関係。

 僕に書類を渡した男性は、高位の人物なのだろうか。

 疑念が拭えない僕を困惑させたのは、建物に入ったところの受付で、そこにいた係員の女性が「おかえりなさいませ」と頭を下げたことだ。女性は女性で、やはり小柄な彼にだけ声をかけたようだった。

 これはますますおかしい。

 直接、質問するべきだろうか。あなたはどういうお方ですか、というように。

 その質問が口から出ないのは、まだ痛む肩のせいでもある。あの握力は常識をはるかに超えている。全身であれだけの膂力が発揮されれば、殴られるだけでも僕が無事でいられる保証はない。本気で殴られたら、死を覚悟しなくてはいけないのではないか……。

 とにかく、穏便に済ませよう。

 剣聖騎士団に取り込まれつつあるけど、僕は錬金術士崩れの魔法使いで、重要な人材でもなんでもない。むしろ中途半端で、平凡すぎるほどだ。

 すぐに答えは分かるだろうけど、どうしても僕はここに呼ばれているのか分からず、その疑問は大きくなる一方だ。

 兵士としての素質もないはずなんだけど。

 緑ローブの三人の中央に位置したまま廊下を進み、一つの部屋に通された。しかし入ったのは上位らしい小柄な一人だけで、他の二人は一礼して廊下に残った。扉が閉められて二人が見えなくなるのはどことなく不安だったけど、僕には何をどうすることもできない。

 扉が音を立てて完全に閉まるを目視で確認してから僕は前に向き直り、ぎょっとした。

 とんでもなく雑然とした部屋だった。機材が大きなテーブルの上どころか、床にも並んでいる。さらに壁の棚は書籍が詰まっているが、もちろん、書籍も床に溢れている。

 空気はカビ臭く、どこか湿気っていた。

 小柄な男性がローブを脱ぐと、雑に長椅子の上に放り投げた。当然、長椅子の上には書籍が並んでおり、その上に放ったのだ。埃がもうもうと舞い上がり、僕は咳き込みそうになるのを無意識に我慢した。失礼なような気がしたからだ。本能的に。

 男性の露わになった顔は、精悍で、うっすらとヒゲが伸びている。目元は鋭く、髪の毛は短く刈られている。

 学者という感じではないのが、部屋の雰囲気と相反している。

 僕がそんな評価をしているのに気づくわけもなく、彼は身振りで周囲を示した。

「ここの部屋をお前に任せる。自由にしていいから、仕事をできるように整えてくれ。二週間は猶予を与える」

「この部屋を……」

 改めて見回してみる。

 気づいたことがある。

 それは、この部屋にある大量の機材は、老師カーヴァインの研究所や、友人の秘密の研究所と共通するものがあり、僕自身、使ったことがあるものが大半だ。機材は、錬金術士が使う機材なのだ。

 その一点で、一つ合点がいくことが生じた。

 僕は魔法使いとしてここへ呼ばれたのではなく、錬金術士としてここへ呼ばれたのだ。

 ただ、剣聖騎士団が何故、錬金術士を求めるかはわからなかった。もちろん、僕のような半端者を選ぶ理由も不明。

「書籍は貴重だから大事に扱うように。機材も予算が限られるのでな、壊すなよ」

 男性が淡々というが、書籍も機材も貴重だとして、一部の廃棄さえせずにどうやってこの部屋を片付けろというのだろう。

 僕が黙っているのを了解と受け取ったのか、食事の時には呼びに来る、と男性が言う。慌てて僕は声を発した。

「あの、あなたのお名前を知らないのですが」

 そう言葉を向けられた男性は、不意に人懐っこい笑みを見せ、堂々と答えた。

「俺はリフヌガードだ」

 リフヌガード……?

 ……リフヌガード!

 僕は膝を折ろうとしたけど、あまりにも部屋がごみごみしていてそのスペースがなかった。

「失礼致しました、剣聖様」

 気にするな、とリフヌガードは僕のすぐそばに来て肩を叩くと部屋を出て行こうとした。

「あの」

 部屋を出かけた彼に声をかけると、彼は不思議そうにこちらを見た。

「なんだ?」

「ローブを忘れてます」

 いいや、とリフヌガードは堂々と応じた。

「ここが私の部屋だからな、忘れているわけではない」

 私の部屋……。

 ついにリフヌガードは去って行き、僕は部屋にひとりきりになった。恐る恐る確認すると、部屋の一番奥にあるデスクの下に、毛布が丸まっているのを発見した。そこだけ、空間ができているのだ。あまり想像したくないが、ここが剣聖の寝床、ということか。

 僕は自分の境遇をどう判断するべきか、皆目、見当がつかなかった。

 剣聖騎士団の一員として迎え入れられたのか、それとも剣聖リフヌガードの世話係としてここに呼ばれているのだろうか。剣聖騎士団の団員としても不足なら、世話係としても見当はずれな僕が、どうしてここにいるのだろう……。

 しかしともかく、僕は上着を脱いで適当に丸めて書籍の山の一つに置くと、腕まくりをして行動を開始した。

 まず書籍を分類して、積み直すところから始めるとしよう。



(続く)

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