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剣聖の弟子の冒険  作者: 和泉茉樹
第二部 二人の男の数奇な関係
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1-3 出頭

       ◆


 俺は自分の足で剣聖騎士団が拠点としている剣聖府の敷地に踏み込んだ。

 堂々としていれば問題ないだろうとたかを括っていたが、あっさり門衛に止められた。可能な限り憮然とした顔を見せ、出頭を求める旨の剣聖の署名入りの書類を見せる。門衛は驚くようでもなく、俺と五分五分の憮然さで、無言で場所を空けた。

 建物に入ると受付があり、そこで赤の隊の事務室を教えてもらえた。事務室というのもおかしいが、剣聖騎士団はそれで一つの軍隊であり、戦闘だけすればいいわけではない。兵站も独立しているというし、そのための事務仕事も自前で行うという噂だ。

 事務室の場所はすぐにわかった。中に入ると、疲れた顔の中年男性が一人で書類に向かっていた。俺に気づくと彼は立ち上がり、いかにも億劫そうに俺の前へやってきた。

「どちら様でしょう。失礼ですが、お名前は」

「ファルスというものです。剣聖カスミーユ殿からの書状で出頭しました」

 ははぁ、と男性は困惑したようだった。書状のことを知らないのかもしれない。

「カスミーユ様は王国軍との訓練中でありまして、戻られるのは夕方になるかと思いますが」

 剣聖騎士団はソダリア王国軍の中でも教導隊、つまり仮想敵を受け持つことが多いのは誰もが知るところだ。その認識が、少数精鋭の剣聖騎士団の威光と言ってもいい。俺からすれば、剣聖騎士団は全部で一〇〇名程度しかおらず、いくら強者が集まっていると言っても一〇〇〇や二〇〇〇で押し包めば殲滅できる、という理屈を支持したいが。

 ともかく、これでは訪問は空振りだ。

「訓練はどちらで?」

 この質問を向けたのは、だから悪あがきだった。みっともなかっただろうが、事務員らしい男性はいとも簡単に口にした。

「王国軍第一軍野営地です」

 目と鼻の先だった。王都を囲む城郭のすぐ外だ。一般人は立ち入り禁止だが、俺は入れるだろうか。

 そんなことを考えているのを察したのか、事務員が「お待ちを」というと壁一面の戸棚の中から何かを取り出してきた。戻ってきた男性に手渡されたそれは、短剣だった。

 しかし鍔に独特の意匠がある。見たこともない文様だが、これと似たことをやっているところは多くある。俺に最も身近なのは、魔法学校だ。魔法学校卒業生には短剣が授与されるが、その短剣にも出身がわかるように紋章をどこかに刻む。

 鍔が丸ごと紋章というのも珍しい。特別なものではないのだろうか。

 男性の顔を見ると、柔らかい笑みがある。

「その短剣をお持ちなら、軍用地にも入れますので。では、お気をつけて」

 自分には自分の仕事があると言わんばかりの口調だったが、動きはいかにも億劫で、デスクへ戻る足取りは重い。

 どうも、などと言って俺は部屋を出た。短剣は腰に差し込んでおいた。不恰好だが、許されるだろう。そもそもローブを羽織っているので、一目見ただけでは腰に短剣があるなど気づくものは少ないはずだ。

 建物を出て、さて、と俺は頭の中で王都の周辺のことを思い描いた。

 第一軍の野営地は第二軍の野営地と隣り合わせで、王都の南東方向にあったはず。城郭にある八つの門のうちの最も近い場所を目指して、歩き出した。

 放射状に伸びる通りは整備され、石畳が敷かれている。その上で馬車が通る道と歩行者の道が分けられていた。

 すでに季節は冬を感じさせる。人々の服装も秋のそれから冬のそれへ移り変わっていた。

 城郭が見えてくる。まだ太陽は高い位置にある。見上げるほど高い壁にある、やはり巨大な門は今は開け放たれている。日が暮れると同時に閉ざされるが、人力で開閉しているのは、魔法使いである俺からすると想像しづらい。

 魔法を使えば、もっと容易に門を開閉できるのに。

 しかし魔法を使えるものは全体からすれば少数だし、門の開閉などというものに魔法を使うくらいなら、もっと別のことに能力を傾けるべきなのは自明だ。

 門をくぐり、街道をすぐに逸れる。野営地までの道へ入ったわけだが、すぐに見張りがいた。

 兵士というには小柄で、細い線の体をしていた。見習いだろうか。

 誰何されるのは明白だったので、俺はローブの下から短剣を鞘ごと外して突き出した。警戒したのだろう、見張りの兵士が慌てて腰の剣を抜こうとしたが、俺の手にある短剣を見て、はっとしたように動きを止めた。

 彼は恐縮した様子で直立して頭を下げる。別人のような態度の変化である。

 本当に短剣一本で軍用地に入れるのだ。俺が持っている短剣は、どういうものなのだろう。

 見張りの横を抜けさらに進む。また見張りがいたが、短剣を見せるとやはり俺を止めることはなかった。そのうちにガランとした原野に出た。丘が続き、遠くに幕舎がある。あそこを目的地にしよう、と歩き出した。

 と、何か地響きが聞こえ始めたので、そちらを見ると土煙が上がっている。

 地響きじゃない。馬蹄の響きが無数に重なり合っているのだ。

 そう思っているうちに丘の上に騎馬隊が現れた。旗が掲げられている。

 旗は深紅の旗だった。

 その騎馬隊が一気に丘を駆け下り、こちらへやってくるのが見えた。これにはさすがに慌てた。訓練に巻き込まれて、騎馬隊に轢き殺されるのでは笑い話にもならない。

 しかし、これは杞憂に終わった。

 騎馬隊は丘を回り込み、俺から離れたのだ。代わりに別の騎馬隊が丘の上に現れた。

 騎馬隊の駆け合いの訓練だと飲み込めてきた。

 とりあえず距離をとって、幕舎へ行こう。

 周囲に気を配りながら歩いていくが、どこで何がどう決着したのか、背後から激しい音を立てて騎馬隊が迫ってきた。先頭には例の深紅の旗がある。

 俺にどうすることができただろう。

 足を止めて、彼らを待ち受けるのは、正しかったはずだ。

 たぶん。

 立ち尽くす俺の前で、騎馬隊は徐々に速度を落とし、停止した。

 旗を持っている男が屈強な男性だということは見て取れる。しかしそれは旗手であり、隊長ではない。

 どれが指揮官だ、と思っていると、細身で長身の人物が馬を降りた。

 歩いてくる姿勢は凛としていて、しなやかで、優雅だった。

 俺の視線など気にしていないという態度で目の前に立った人物は、女性だった。

 そう、上背があるけれど、女性だ。

 つまり。

「それは剣聖騎士団のものが持つ短剣だが」

 高級な楽器のように麗しい声が俺を打ち据え、俺はしばし、呆然とすることになった。でも女性はそれを完全に無視して、言葉を続けた。

「お前の顔は知らないな。どこから来た?」

 ああ、ええ、などと珍しく言葉が出ない自分に呆れつつ、苦労して言葉をひねり出した。

「剣聖府にお留守でしたので、訪ねてきたのです」

「私をか? 知らんな」

「出頭を求める書状を受け取りました」

 その一言で、本当に目の前の女性は思い出したようだった。演技でもなんでもなく、本気で俺のことなど忘れていたのだ。

「お前は魔法学校のファルスか? 教授の弟子の?」

「ええ、はい。あなたが、カスミーユ様ですか」

 そのようなものだ、と女性が頷き、首を傾げる。

「馬には乗らんのか?」

 馬……?



(続く)

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